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566,偽物聖女は気にしない

 リルドが何を言ってきても、もう耳には入れたくはない。リティアが彼を映さないように俯いていると、オウカとシャーリーが傍まで近寄ってきて、

「虐めたんですか!」

足を震わせながらも勇敢に問い詰めるシャーリーをオウカが首根っ子を押さえた。そんな2人をリティアが見上げると、

「シャーリーは、黙ってて。リルド様、オウカ・テラに発言権を与えて下さいますか?」

「ここは正式な場ではないから、それは勿論。」

オウカが一礼して、リルドが微笑む。リティアの視線が下に戻ろうとすると、桜の花びらがテーブルから舞い上がって、オウカに顔を上げろ、と暗に言われているようだ。リルドが、その花びらを1つ摘むと、砂のようにサラサラと砕けていく。

「では失礼ながら。現在のリティア姫に関する事でございます。彼女の心は、酷く傷付いております。人間というのは限界まで追い詰められると、無気力状態になるか、幻覚や妄言が多発致します。今の彼女は、まさにそれです。」

オウカの言葉でキッと睨んだのは、リティアだ。彼女は、リティアを馬鹿にしている。リーフィを助ける気力はあるし、幻覚も見えていない。これからやる事は、妄言ではない。リルドが苦いか顔をして腕を組み、

「そうだとして、今すぐに何も行動は起こせないよ。ここの復興を急がなくては、結界の作用が弱体化してしまう。リティが学校に行く事が辛いのであれば、実家に1度戻すしかないし。」

ハルドみたいに、実家に戻れと言うのだ。いや、あそこに戻れば、リーフィも追いかけてくる?そうだとしたら、ハルド達も居ない中で確実性が上がるのではないだろうか。実家に戻る選択肢もあり、とリティアの思考が纏まり始めた時、

「私が言いたいのは、言霊について、です。妄言でさえ、条件が揃うと言霊を持ちます。要は、彼女の周りに浮遊する異常な量の精霊が叶えようと躍起になる状況を放置するのは、あまりにも危険です。」

「…精霊だけでは、何の作用も起こせないから。魔力しない限りは。」

突然オウカが屈んで声を潜め、釣られるようにリルドも小声になると、厨房からリファラルが顔を出した。こちらを気にしている彼の方へ向かうように、シャーリーに指示を飛ばすオウカ。シャーリーが頰を膨らませながら、屈んでいるオウカの頭を良い音で引っ叩いてから、厨房へと退散する。叩かれたオウカの鋭い視線が厨房に向けられると、シャーリーが下瞼を人差し指で引っ張って、べーっと舌を出していた。ぼんやりとシャーリーを振り返っていたリティアの肩を無理やり引き寄せたオウカが、

「精霊は、凝集すれば魔石になります。そこに注ぎ込んだら魔力になりますよね。折角、これだけの精霊が集まっているのですから、頑張ってもらった方が互いの利益の為ですよ。ね、リティア姫?」

にんまりと笑う。妄言の件からどうしてこうなったのかが理解できないリティアと、頭を抱えるリルド。彼が、リティアの冷めたカップに触れると、ゆらゆらと湯気が立つ。

「リティの傍に集まる精霊に手伝ってもらって、その見返りに彼女の要望を通せって事で良いかな?彼女の言霊で、精霊が暴走する前に。」

「流石です。そういう事ですよ。リティア姫が危ない所に行く時は、このオウカもお供しますからね。」

苦笑いをするリルドを見て、オウカは勝ち誇った笑顔でリティアを抱きしめる。彼女とハグをする程、仲良くなった覚えはない。ただ、オウカがどういう目論見であれ、リティアに都合がよいように事を運んでくれるのであれば、今はこのハグに耐えた方が良策かもしれない。

「君みたいな子に脅されるとはね。ケーフィスは、何で貴族達に引っ張りだこの君を送り込んだのかな~?」

リルドは苦笑いのままで、オウカとリティアが接している箇所に紫色の精霊を飛ばし、小さなスパークを連続的に発生させ、リティアは近過ぎる音と瞬間的な眩しさに瞼を閉じる。

「…っ!?あの方は、私の王子様が学校に在籍していると教えてくれただけですよー…」

リティアにはぶつけられなかったが、オウカは痛そうに手を振っている。リティアが痛がる彼女の手を軽く擦って、精霊達に痛みを軽減して欲しいと頼めば、精霊達も応えてくれた。にこーっと笑顔になるオウカに、

「その人は、リティと恋仲だよね?」

だったよね?と、リルドに確認されたが、交際している事を彼に言った覚えはない。情報漏洩したのは、恐らくハルドだろう。

「恋愛と結婚は別物ですから、ね?」

オウカからの笑顔の圧力が凄いが、リティアは最早気にしない。取り合って仲違いするつもりはないし、いずれのリティアの相手については、一族の掟に従うだけだ。

「オウカさん。あのですね。」

「目が笑ってないリティアさんって、皆さんから怖いって言われません?」

ディオンとの関係に関して伝えようとしただけだというのに、何故か彼女に身震いされる。リルドの大きな手がぬぅっと伸びてきて、リティアの頭を子どもをあやすように撫で始め、

「この目を長年見てきた人間から言わせてもらうと、リティの興味が他人に向いていないって事なんだよ。興味がないから顔を見上げない、他人を気にしない。」

「そんな事はありません。どうやったら、フィーさんを助けられるかを考えていますから。」

止めてと言っても止めない兄の手を抓るリティア。抓られて痛いだろうに、やはり撫でる兄との根比べになる。リティアの同じ目線を保つオウカが、プニッとリティアの頬をつつく。

「貴女を殺そうとした相手ですよ?」

「私は、フィーさんを信じてます。もし、本当に殺したいのでしたら、あの人が直接斬りに来ると思うんです。」

リティアは、容赦なく彼女の手も抓る。考える素振りを見せずに即答したが、本当は違う。殺しに来たという事実を直視する事が怖いから、信じたいだけ。助ける、という大義名分で自分の本心を抑え込んでいるだけなのだ。リルドの撫でていた手が、リティアの抓る手を握り、

「リティ。騎士団が来る前に手伝ってね。」

彼はそう言うと、こちらの様子を伺っているシャーリーの目の前を黒く染めた。シャーリーの身体は力なく崩れ落ち、リファラルに抱えられて席に座らせられる。リティアの前からカップが消えて、代わりに出てきたのは聖女の正装と仮面。ローブだけ外して制服の上から羽織り、ローファーからブーツへと履き替えた。そして仮面をつけると、

「髪型を弄りましょうねー。」

オウカが弾んだ声で、赤いリボンを外してしまうのであった。


 本来ならば休んでいる筈の男が、己の魔力を限界まで抑えて旧校舎を歩いている。壁に沿おうが、気配を消そうが、全てを見通しているレインには無駄な徒労にしか見えなくない。精霊達を震わせて、今いる空間の階層を変えてやる。空間と空間の狭間で、目が眩む程の精霊に足元を掬われる男の肩を抱いて囁く。

「何か楽しそうだな?俺も混ぜてくれよ。」

「レイン殿!?ここは、何ですか!」

こちらの顔など見えてないだろうに、声を頼りに名を呼び、答えが返ってくると信じている甘ちゃん。

「教えてやっても良いけどさ。対価くれるよな?」

「…。」

原型を留めていない窓枠に腰掛けて、ここに『居る』ように見せる。警戒する男の睨みを受けながら、

「そんな大した物は要求しないさ。お前が、女性から贈られた『花』が欲しい。」

「やはり、リティア狙いですか。」

男の拳が強く握られて、堪える事が出来なかったレインは腹を抱えながら転げ回るのだ。相手から目的の品を奪うまで、それほど時間を要さなかった。

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