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562,偽物聖女は追いかけ回す

 明日もリンノの看病で学校を休もうと思っていたリティアだが、

「若い女性が、男の部屋で夜を過ごして良いわけないでしょう!」

病み上がりのリンノにしつこく怒られた。寮に戻るにも既に22時を回っていて、ハルド達の家で歓迎してくれるカノンと一緒のベッドで朝を迎えた。

「リティアちゃんは、そういう前提すら教えられてこなかったのね。」

ハルド達の朝食をリティアもご馳走になり、カンノはふわふわなパンケーキを口に運びながら、昨晩の話を聞いてくれる。リティアにもパンケーキが振る舞われ、蜂蜜入りヨーグルトと一緒に頂く。

「精霊を簡単に例えると、小麦ね。パンケーキの材料より前段階。そこらの畑で生えている植物。それを収穫して粉にしたのが魔力。けれど一概に魔力と言っても、薄力粉、強力粉はごっちゃには使えないように、魔力にする前に色んな種類の精霊を選り分けて適した属性を魔力へと形を変えるの。属性の相性ってそこから来てるんだよ。相性が良くない精霊は呼んでも向こうから来ないけど、ハルドちゃんみたいに風属性の精霊が自然と寄ってくると、その属性に強い魔法士になる。人によって程度の違いはあるけどね。」

カノンの講義をスプーンを握ったままで聞いていると、隣のハルドからパンケーキのピースがテンポよく口に運ばれていき、リティアは頷く事しかできない。

「身体の治癒には全ての属性が関わるから、呼んでも来ない精霊がいる人は、魔法で自己治癒できる範囲が狭くなるの。リティアちゃんに全ての属性の精霊を入れられた事で、普段呼べない精霊も来てくれるから心臓が魔力に変えて治癒を進められる。その代わり心臓は、ものすごく疲れちゃう。パンケーキを作る為に、大量のタネを巨大なボウルで混ぜるようなものかな。だから、まだ寝てるかもね。」

なるほど。魔法士の一族でありながら欠如している知識だ。そうなると、心臓が魔力を作れない場合、どれだけ精霊に頼んでも傷は治せないという事だ。ゴクンとパンケーキを飲み込んだリティアは、ハルドからヨーグルトまでスプーンに乗せられてきてしまい、慌てて受け取って自分で食べる。これでは、昨晩のリンノみたいになってしまう。雛鳥ではない!と怒りながらも、リティアが差し出せば食べてくれるリンノに、ハルドも無理やり口にねじ込む。ハルドの悪ふざけが助長する前に、やめさせねば。

「心臓って言っても、一部魔石化してないと魔力に変換できないから、魔術すらも全く使えない人にはやっても、精霊が傷を隠す事しかできないと思うよ。それに、心臓に無理をさせすぎると、その負荷に耐えられなくなって、早死の可能性も」

「リンノさん!!」

カノンの言葉の途中だが、血の気が引いたリティアはヨーグルトの器を持ったまま玄関へと駆け出す。無知な自分のせいで、リンノが死んでいるかもしれない。最悪の事態が頭を過る中、

「あいつは、そんな事で死なないからー。リティ…、リティー!」

隣りにいないのに、耳元で聞こえるハルドの声を無視して家から飛び出すと、

「せめて、お顔を洗われてから家を飛び出して頂けますか?」

「リンノさんが…!」

ヒメの世話をしていたであろうラドとぶつかり、肩に担がれて家に戻された。担ぎ手がハルドに変わり、ヨーグルトのカップがふわふわと飛びながらついてくる。ソファに座らされたリティアを笑顔のカノンが迎えた。

「よっぽど大好きなのねー。こんな可愛い子に愛されて幸せ者だよね。」

「わ、わ、わたしは、その!」

彼女にからかわれて、顔がどんどん熱くなる。今すぐに冷たい飲み物で冷やしたいくらいだ。ふふふっと笑ったカノンは、すぐさま真剣な目つきになり、

「リティアちゃん、覚えておいて。もし、その精霊達を自分の中で魔力に変換させてから相手に渡せたら、どんな相手でも治癒が可能になる。けれども、それだけ大量の精霊が自分の心臓に負荷をかけるとなると、死に瀕している存在の治癒は、自分の命と引き換えになる可能性が高いという事よ。」

カノンの言葉で、先日の息を引き取った赤ん坊を抱えた女性に向けたリンノの発言を思い出す。敵と対峙していなくても彼に守られている、という事を自分の中で静かに納得していた。


 傷が完治した筈のリンノは大事を見て学校を休んだ。リティアは、まだ就寝中のセイリンを起こさないように鞄だけ持ち出して、調合室に向かう。学校へ向かっている間にハルドから許可は取ってある。授業時間までは居るつもりだ。ノックして入室するとハルド以外に先客が居て、セセリとディオンが向かい合って座り、センが机の上に立っていた。何故、そうなっているのかは分からないが、とりあえず挨拶してハルドの隣に座ると、センが飛び込んできた。壊れないように優しく抱き止めたら、

「リティア、何で!アテスラの恋人なのに、他の男の家で寝たんだよ!?お前の道徳心はどうなってるんだ!」

バカ!バカ!と泣きながら何度も叩いてくるセンに、リティアは首を傾げた。昨日の事についてなんだろうと、察しはついたので、

「えっと…?私は、カノンさんと同じベッドで仲良く休ませてもらいましたよ。朝食もカノンさんと同じパンケーキをハルさんに焼いてもらいました。」

簡潔に、けれど男性とは寝ていない事を強調する為に、カノンの名前を出す。ディオンの冷ややかな眼差しが、目を伏せるセセリへと向けられ、

「…セセリ殿?」

「わ、私は、男性のコートがかけてある狭い部屋のベッドで眠るリティア様のお告げが降りてきただけです。信憑性を問われましても…。」

ディオンにしては低音で、セセリにしては小さな声で、尋問を受けている光景が出来上がる。ハルドの口元が引きつっていて、リティアはセセリを助ける為に口を挟んだ。

「確かに、昨日の夕方はリンノさんのベッドをお借りして眠ってましたよ。私が寝ている間、病み上がりなのにチーズ入りのクリームシチューを作ってくれていました。」

「一緒に寝たわけではない…と?」

にっこりと笑顔を見せれば、センの目が丸くなる。ディオンの視線がセセリから外れ、

「リンノ先生の真面目な性格では、やはりリティアさんに勝手に手は出さないですよね。ハルド先生、楽しんでいましたね?」

「いやー、本当に楽しかったよ。顔を真っ青にした2人を心配したら、そんな事だったからさ。リティに手を出したら、彼女のお兄さんが怖いよ。例え、リンノであっても始末されるさ。」

リティアにではなくハルドに向けられ、静かにバチバチと火花が飛び散る。胸を撫で下ろすセセリに同情しつつ、

「ハルさん、ふざけるのは程々にお願いします。」

リティアが笑顔をやめて見つめれば、彼の目は泳いだ。センがぶーぶー言いながらリティアの首に手を回し、

「リティア。扉は開けちゃ駄目だろー?」

耳元で囁かれる。その時は何の事かと分からなかったが、放課後になる頃にはキラキラと輝く精霊の数が大幅に減り、コソコソと逃げるセンを全力で追いかけ回して、セイリン達を驚かせる。

「リティって、脚が速いんだな…?追いつけなかった。」

「まさか、と思いましたが、あれ程までに引き離される事になるとは…」

目を丸くした彼女と、感心するディオンの前で、ジタバタと暴れるセンを抱えるリティアは、唇を1本線になるまで力を入れてリンノの家まで連行する。

「俺もびっくりしたけど、鬼ごっこ楽しかった!」

2人の後ろをテルがスキップしながらついてきていて、ソラとは喫茶スインキーで別れた。

「…見るからに本の虫のリティアに捕まるとは、思わなかったよ。」

リティアに抱えられたセンが、ボソリと呟くのだった。

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