557,少年は見届ける
スズランを喫茶スインキーで留守番させている内に、セイリンと手伝いを必要としている場所を探す為に住宅街を歩いて、外に出ている人に声を掛けていると、
「こちらの被害は、市場程ではないな。物は散乱しているから家の中もだろうけど、市場の復興時には耐震性がある組み方のテントを用意した方が良さそうだ。」
「それはそうですが、形としては寄贈となります。彼らに、購入するだけの余裕はないでしょう。」
セイリンの感想通り、プランターが砕けていたり、木柵が傾いていたりはするが、窓ガラスが割れている家は多くない。昨日の市場周辺の方が酷い有り様だった。向こうの揺れが大きかった事に加え、簡素な作りが多かったのであろう。これならば、向こうに手伝いに行くべきかもしれない。ディオンが考えたように、セイリンの足も住宅街から市場に向かう道へと向き、
「そこらは、カルファス殿に相談して予算を組んでもらうさ。あの財力をひけらかし、他の貴族よりも目立ち、王女様とお近づきにもなり、あの男の思い通りなんだろうな。」
「セイリン様、思っても口にしないで下さい。」
ハッと笑う彼女を注意すると、彼女はリティアみたいに頬を膨らませて不満顔になった。こちらが話に夢中になっている中で、他の町の人に聞き込みをしていたテルが、ソラの手を引っ張りながら追いかけてきて、
「ねえ、セイリンさん。こっちよりも農地の方に行ってみない?聖女様の姿をそっちで見たって、向こうのパン屋のお姉さんが言ってたよ。」
今から向かう方向と反対方向を指差す。農地が多い地区は、恐らく揺れは大きくなかった筈だ。急いで行く理由はあまりなさそうで、
「テル。こちらは、聖女様を追いかけ回しているわけではないんだ。折角だからお会いしたい気持ちはあるが、それよりもリティを全然見つけられない。本当に採取に行ってしまったのだろうか?シャーリーの様子を見るのではなかったのか?」
セイリンが諭しながらも話を逸らした時、
「きゃあああ!!人攫い!!!」
住宅街にある広場の方面から女性の悲鳴が響き、
「ディオン!先に行け!」
セイリンの指示と同時に、弾けるように駆け出して金剛剣を手元に出現させる。人々の表情の一つ一つを見ている暇はない。角を曲がって悲鳴が響き続ける広場へと足を踏み入れた時、首がもげたオギィスがぶら下がっていた。街灯の魔石が床に転がり、その隣に死んだオギィスの顔。街灯の装飾部分の反しに胸から突き刺さった胴体。その死体から離れた所に、白い装束の2人組。男は白銀の髪を揺らし、少し小柄な女性を抱き上げると、ディオンの前から姿を消した。仮面の下の顔を見るに叶わず。ディオンは被害女性の元へ駆け寄りながらも、死んだ筈のオギィスの事が気になった。遅れて来たセイリン達と合流して、死体を遺体として安置所に届けた際には、多くの人の嗚咽と共に焚き上げる遺体達。その炎を見ていた管理を任されている町長代理がディオン達に駆け寄り、
「聖女様のご指示だ。大切な遺体が、魔獣に乗っ取られて悪事を働く事案が発生している。別れを惜しみたい気持ちは分かるが、女神へ繋がる聖なる炎へと捧げて欲しい。」
告げられた事実に、自身の叔父まで魔獣に利用された怒りが込み上げる。恐らく、昨日の遺体の発見をしたのは聖女で、先ほど暴徒と化した叔父を倒したのも聖女。彼女は、変わり果てた彼をどのような思いで見ていたのだろうか。セイリンに背中を擦られながら、たった1人の叔父が燃えていく様を、涙の流し方さえ忘れて見届けたのであった。
テルが忙しなく聞き込みをする中、昨日救い出せなかった人達の遺体を運び出すラドの姿をディオンとセイリンは目撃したが、仏頂面の彼に向こうへ行くように、と追い払われて、ただ傍観していたソラと共に一礼して離れる。市場へと足を進めると、団服姿で仮面をつけたハルドが目に飛び込んだ。スティックを振ってみせて、あたかも魔術を使っているように、本当は魔法だろうが、骨組みに使われた木材だけを1箇所に集めて、出店の店主達が荷物を取りに行きやすくしている。訝しむセイリンが足音を消して慎重に近づくが、テルがスキップしながら彼の背中に飛び込んでしまった。と言っても、彼もこちらに気がついていて、テルが反動で転ばぬように背中に手を回したのだが。
「昨日は、ありがとうございました。」
他人行儀で礼を言ったセイリンに、テルが首を傾げる。ソラすらもセイリンよりも彼に近づいて、
「先生、何してるんですか?」
「見ての通りだよ。」
当たり前に話し始めて、セイリンの眉間にシワが寄った。そして、彼女は瞼を閉じて小さく唸ってから、
「そうですか。そうですよね。ラド先生がそうなんですからね。ハルド先生だって可能性はあったんです。けれども、わざわざ飾緒を外す必要はありましたか?」
テルをハルドから引き離す。ディオンは、何も言わずに彼らを見ている事しかできない。
「あんな物があったら、でっぱりに引っ掛かるよ。魔獣を退治する生業だからね。不要物は、とことん減らす主義だよ。」
「…そうですか。という事は、リティのお兄さんも王国魔術士団関係ですね。幼少時のお披露目会たるもので、カルファス殿達と知り合った事も納得できます。」
ハルドが尤もらしい理由をこじつければ、セイリンも何度も頷くのだ。彼女なりの憶測を口にするが、ディオンは口を出さない。下手に出せば、ハルドに首を落とされかねないのだから。魔法士の彼らは、何処までの情報開示を許しているのだろうか?その境界線が分からない中で、うっかり足を踏み入れる危険性は大いにある。だから後ほど、セイリンに注意を促さなければいけない。いつの間にか、ディオンの手の中が湿っぽい。しかし、セイリンの前で拭く素振りは見せられない。彼女がディオンを怪しめば、それはそれで面倒な事になる。
「他人が言わない事は、詮索しない主義ではなかったのかい?」
「ええ。しませんよ。思った事を口にしただけ…ん?先生にそんな話をした事はありませんけど。」
ある程度片付けを終えたハルドからの切り返しに、セイリンの背筋に力が入った。これは、遠回しの圧力。
「見れば分かるよ。ソラ君は気になる事は誰にでも聞きに行くし、テル君は聞いて良い相手かどうかを見極めているし。セイリン君は気になっても、リティ自身の生い立ちを聞いていないだろう。もし聞いていたら、こちらにリティから相談が来るからね。」
「そういう事ですか。そ、それで、リティはどちらですか?先生と一緒にスインキーを出たらしいじゃないですか?」
双子に分かりやすく説明するハルドから、不自然に目を逸らし、話題も逸らすセイリン。彼の言わんとする事を理解してしまう彼女。ソラは興味なさそうに欠伸をして、テルはキョロキョロと探すが、
「ああ。今頃、リンノを手伝っていると思うよ。シャーリーさんに会いに行ったら、オウカさんと口喧嘩しながら市場に行ったって聞いて、元気そうだからさ。こちらは、やれる事を探しに行ったからね。」
リティアはここにいないとの事でテルの背中が丸くなり、ディオンも彼女に礼を言いたくても機会を得られていない。
「私達と一緒ですね。撤去の手伝いをしようと街を回っているんですが、今のところは死体を利用した魔獣騒ぎに出くわしただけです。悪趣味ですよね。」
セイリンは軽くため息を吐くと、
「…セイリン君、君はもう目にした筈だ。」
ハルドが声を潜め、テルとソラが聞き耳を立てるが、
「なるほど。ラド先生が仰っていた死人の賊ですか。」
セイリンだけが納得して、先生の手伝いをしますと、散乱した角材を素手で拾い始めるのだった。




