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544,教師は呼びつける

 不服そうなリティアを見送ってから、彼女の傘をカノンに渡す。

「必死で可愛いよね。」

「リティアちゃんは、自分の力量は分かっていても飛び込むから。」

彼女と笑い合っていると、

「リティアの話をしに来たわけではないのですが。」

ボソッと呟くリンノが、扉を少しだけ開く。

「あら?呼びつけたの?」

カノンが不思議そうに首を傾げられる中、リンノの脳内に指令を送って、

「宜しくね。」

ニッコリと笑顔を向ける。リンノの瞳は軽く見開いたが、すぐに踵を返した。ハルドは開いたままの扉を風で閉めて鍵もしてから、革鞄から団服と鱗のベストを取り出して、

「さて、黒髪の長身な女性って嫌な予感しかしないなー。」

カノンに背を向けながら着替えていく。飛龍牙を異空間から取り出して、その本に触れた。

「知り合いなの?」

「恐らく…ね。ケーフィスの従兄弟くらいしか思い浮かばないよ。ディオン、覚悟しておけよ。近々、リティに現を抜かせなくなるからな。」

目をパチクリさせる彼女に、微笑みながら一番隊としての仮面を付けて、本を開く。グッと身体が引き込まれていき、

「…嫌って言った割に楽しそうね。」

フフフと笑うカノンの声が聞こえた。そうかもしれない、と思いながら物語のスタート地点に降り立った。何故リファラルが物語の中に入ったのか、が分からない。それでも踏破しなくてはいけない。リティアが、飛び込んでくる前に。彼女は、自分だけ安全な場所で待たされる事が好きではない。皆の役に立ちたいと願う子だ。鼻を掠める戦場の匂いと、何種類もの血の匂いが充満する疲弊した大地を歩く。血すら水分の1つとして欲する枯れた地面の上には、人間と魔獣の死体が転がっている。その1つ1つを目視で確認しながら、2人を探す。魔獣になってしまっていても、恐らく見分けはつく。物語の風景と生きた人間の解像度が異なる。顔がはっきりとしていれば、物語の人物ではないのだ。生きた存在はなく、戦場が移動したのか、この戦いが終結したのか、そのどちらも聞く先がない中、この情景に不釣り合いな桜の花びらがハルドの目に留まる。まだたっぷりと水を含んで綺麗な花びらを拾い上げて、フッと息を吹きかけて飛ばすと、その花びらは己の意志を持って何処かへ飛んでいくのだ。ハルドは花びらについていく。この物語の登場生物を刺激しないように、極力魔法を使わずに。力技でねじ伏せたとしても、自分しか出る事が出来ないだろう。それでは意味がない。この本は、どのような物語を紡ぐのだろうか。どんな駄作でも魔法罠を敷く事ができる。シャーリーの物語のように。魔法罠の本と普通の製本をジャックに作って貰ってからは、魔法罠は出掛ける時だけ携帯するように伝えてある。あの終わりのない願望に満ちた平凡な日常の物語は、1人の観客として読み終われば開放される仕組みだ。それでも時間稼ぎはできる。リティアにも紡がせても良かったが、彼女だと冒険物が出来上がり、完成までにかなりの時間を要してしまう。あとはテルに書かせる事も考えたが、彼の深層心理の歪み方を読めなかった。だから、比較的安全なシャーリーを選んだ。いずれはシャーリーが書き上げた物語の中から出来の良い物を魔法罠として量産する。守るべき存在に持たせる為に。この戦地を歩けば歩く程、小型魔獣の群れの死骸から中型、大型、と群れの強さが変化していく。まだ息がある大型が吼えた瞬間、氷の礫が降り掛かり、その熊系の魔獣から氷の花が咲いた。命を吸い取って美しく咲き誇る。ハルドが追いかけていた花びらを巻き込むように熊は倒れ、ドドン!と破裂する音と共に土埃を起こした。もう近くにリファラルが居る。

「聖女を守れ!」

若い男の声が轟く方向に、黒髪の女性が魔獣に囲まれていく光景が目に映った。さて、魔法を使っても大丈夫な場面だろう。ハルドが飛龍牙を飛ばし、己も大空へと飛び上がる。舞い上がる桜の花びらが突発的に爆発を起こし、魔獣達の頭を飛ばす。肉片が飛び散るものだから、ハルドも躱しながら空を闊歩する魔獣を相手にする。

「ケシオンさんのところの娘さん!助太刀するよ!」

「ありがとうございます!ケーフィスさんからお話は聞いてます!」

飛龍牙で降下する鳥の翼を斬り落とし、ハルドの風の刃が虫達を八つ裂きにしていると、見上げている彼女は礼儀正しく一礼した瞬間から、また花びらを爆発させていた。リファラルのナイフも空を飛び、ハルドは彼にも声を掛けた。この戦場は、魔獣侵略戦争の1場面と見た。であれば、聖女を守りきれば踏破できるだろうと、この時は楽観的に考えていた。


 喫茶スインキーに連れてこられた時には既に満席になっていて、バタバタとテル達の手伝いに行く。シャーリーの指示を受けて、配膳をしているセイリンの手伝いをするリティア。ソラとディオンは、厨房でテルと一緒に料理担当だ。シャーリーは注文されたドリンクを用意しつつ、会計も担当した。常連の客に店主の事を聞かれると、シャーリーの表情が固まってしまって、セイリンが助け船を出す。

「学食で店主の美味しい料理を出して欲しいとお願いしていまして、今は寮母と配膳担当の婦人達との話し合いで学校に行っているんです。」

ニコニコっとセイリンが笑顔をリティアに向ければ、リティアも応えて微笑みながら頷いた。

「そうだったのか。そりゃあ、大変だ!」

酒が入った客達はその話で盛り上がって、店を後にする。次の客が入店する前に、食べ終わったテーブルを片付けていると、

「いらっしゃ…リンリンさん!」

「ジャックを真似た呼び方は止めて下さい。ハルド先生に、監督するよう遣わされてます。困った事があったら、頼って下さい。」

シャーリーが嬉々として飛び跳ねた。苦笑いするリンノなんて珍しくて、リティアは彼をまじまじと観察してしまう。彼の視線がこちらへと向き、ほんの少しだけ目尻にシワが寄ったように見えた。目が回るように忙しい時間が過ぎていく。会計計算でシャーリーが戸惑えばリンノが会計を代わり、セイリンがマナーの悪い客に苛立てばリンノが厨房に引っ込めて彼が代わりに配膳し、ソラが下ごしらえに手間取ればリンノがすかさず隣でやり方を教えていた。この数時間だけでも彼の存在は大きかった。最後の最後に、酔っ払った客がリティアの腰に手を回してきた時には、

「私の妹に触れないで下さい。」

絶対零度の眼差しが客を震え上がらせたのだ。閉店の時間を過ぎ、ある程度の片付けが終わったというのに一向に現れないハルドとリファラルの姿。扉を見つめるシャーリーが、顔をぐちゃぐちゃにして大泣きする。

「くっそ!うちがあんな本を貰ったせいで!リファラルさんが本に喰われちまった!」

「誰から貰ったんですか?」

リンノが彼女にハンカチを渡しながら、今回の騒動の核心に触れに行く。前のめりになったテルとソラの肩をディオンが押さえ、セイリンとリティアは、静かに互いの手を握り合う。シャーリーがこちらに気を取られないように。

「くすんだ水色の髪を三つ編みしているお爺さんが、本屋で本を選んでいる時にくれたんだ。」

「何て言われて渡されたんですか?」

リンノが屈んでシャーリーの目線と合わせて、尋問みたいな質問を重ねる。

「あ、有り難い教本だって言われた。聖女ルナの存在意義について書いてあるって。」

「それを家で開こうとしたと?」

シャーリーは彼の圧力に気が付く事はなく、素直に質問に答えていき、

「そう…ページを捲ろうとした時、普段ならノックしてから入ってくるリファラルさんが、そんなもんなしに飛び込んできて本に…うわあああん!うちのせいだ!」

泣き崩れて床を叩いた。リンノの視線がセイリンに向けられ、彼女はシャーリーの肩を支えに駆け寄る。リティアは皆の注目を集める為に、パチンと両手を叩いた。

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