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543,少女は追い出される

 放課後の調合室で、カノンからソラの怒りの理由を耳にしたリティアは、ハルドの肘をつつく。

「所謂、過去問をやらせたんだよ。そうしたら、点数が伸びなくてね。歴史は満点で褒めたけど、数学は大問2ついかずにお手上げ。理科も歴史的に利用された地形の特徴は答えられるけど、作物の大まかな生育環境ですら書けなかった。本人も傷心したくらいだから、改めて叱る必要はないんだけどね。」

ペラペラとシャーリーの欠点を話してくれるハルド。リティアは、すぐに図書室で調べる事にした。シャーリーは、大好きな歴史上の人物が関わってさえいれば覚えられる。だったら、無理やり関連付ければ良いのだ。届かない高さの棚は、ハルドに取ってもらおうと彼へと手を伸ばした時、その手はディオンに掻っ攫われ、

「リティアさん、図書室で良さそうな本を探しに行きますよね?」

「あ、はい…」

笑顔の圧力が怖いディオンに強引なエスコートを受ける。セイリンの冷めた眼差しと、笑いを堪えたハルドの視線、羨ましそうにディオンとハルドを見比べるカノンを視界に入れながら連れ出された。3階への階段を昇って図書室へ入る前に、

「リティアさんは、リンノ先生が1度解消した婚約の再度の打診をした事をご存知ですか…?」

小声だが手を強く握られて、取っ手に触れられないリティア。リンノから聞いていなかった話ではあったが、今の彼ならば誰と結ばれても喜べる。ディオンに笑顔を見せて、

「そうなんですか!リンノさんが、心に決めた女性がいたんですね。私なんかの婚約候補から抜けられてきっと」

「リティアさんですよ。」

喜びを体現していたら、彼の低めの声が覆い被さってきた。瞬きが止まらない。口が閉まらない。数拍の沈黙の後、

「…はい?」

リティアは首を傾げる。彼が目を伏せれば、リティアを見下ろしている形になる。

「本人に伝えずに、外堀から埋めて雁字搦めにして逃げ場を奪うつもりだったようですね。リティアさんのお父さんに話をしているそうです。」

「そう…なんですね。リンノさんが…私を。明日の授業前にリンノさんから聞いてみます。教えて下さりありがとうございます。」

ディオンから飛び出す言葉を懸命に咀嚼しながら、リンノの糸を読み解こうとしたが本人に聞いた方が手っ取り早い。リティアは小さく何度も頷いて礼を言うと、彼の笑顔が引き攣り始めた。

「率直にどう思いました?嬉しいですか?」

リティアは、その質問に首を傾げるしかない。ここに、リティアの個人的感情は存在しないのだから。

「彼と結婚したいですか?」

「そこは私の意志では何とも。今のリンノさんと一緒に居ても辛くありませんし、沢山教えてもらえますから楽しく過ごせると思います。」

彼は更に一問一答で終わる質問を重ね、リティアは眉を下げて微笑む事しかできない。リティアと反対に笑む事をやめた彼の口角が下がり、

「俺達の関係は、いずれ終わりが来るという事で宜しいですか?」

先程までの力強さが嘘のように手を離した。そんな彼を見つめるリティアは、

「…センさんに言われたんですね。私はいずれ自分がどうなろうと、今の時間を大切にします。ディオンさんは嫌ですか?それでしたら無理はなさらないで良いですよ。」

彼の意志を問うと、

「なるほど。センが言っていた事が分かった気がします。俺はまだ、貴女に触れられていなかったようですね。精進します。」

リティアの手を持ち上げて、その手首に口吻を落とすと、流し目でこちらを見つめるディオン。その強い意志を秘めた彼の瞳に、一気にリティアの顔が熱くなる。

「時間を無駄に割いてしまいましたね。本を探しに行きましょうか。」

ニコニコと再び笑顔を浮かべたディオンに、リティアの口はパカパカと開くが声にならなかった。カルファスといい、ディオンといい、何故指や手首にキスするのか。理解が出来なくて問いたいのに、聞けない自分。ただ分かるのは、今凄く心臓の音が煩いという事だけ。カルファスの時はこうならなかったというのに。


 避ける、飲まれる。自習に来ている生徒の人混みを避けて本を探せば、すぐに離れ離れになってしまう。まだ顔が熱いリティアだが、シャーリーの勉強を手伝う事に集中して、余計な事は考えないように気をつける。歴史の本は魔獣関係の本よりも人気があり、なかなか本題に手が伸ばせないくらいに人の壁が立ちはだかっていた。どれでも良いから1冊でも、と懸命に手を伸ばすが、生徒の壁は厚い。本を取らせて下さい、と声を掛けても場所を開けてくれない生徒達が、唐突に一点に注目した。リティアも釣られて見上げれば、

「ラド先生?」

珍しい人が図書室の中を歩いていて、他の生徒達も興味津々だ。その隣にはディオンがついていて、リティアと目が合った。ラドの冷めた視線が、彼へと向いて肩を竦める。

「あそこにおられるではありませんか。」

「御迷惑をおかけしました。」

踵を返して図書室から退出する。ラドに深々と頭を下げたディオンは、ラドが扉を閉めてからリティアの方へ歩いてきて、どの生徒も興味を失って本に視線を戻した。少しだけできた隙間に上半身を入れ込んで、本を手に取ったリティアの頭に他の本が置かれる。ディオンによって。

「リティアさんが迷子になったと思って、通路を歩いていたラド先生を呼んでしまったではないですか…」

「私には、ディオンさんが居る場所が見えてましたよ。」

なるほど、ディオンが呼んだから珍しい人が居たのか。別れた後は本棚に夢中で彼を見ていなかったのだが、リティアはニコッと笑顔で答える。

「そうでしょうね…。私には見えませんでしたよ。」

ため息を吐いた彼は、1冊、2冊、とリティアの頭に本を乗せていくのであった。


 2人で借りられる上限まで本を借りれば、リティアの分までディオンが運んでくれる。調合室に置かせてもらおうと2階に戻ると、血相を変えたセイリンが扉を開いたところだった。こちらに緊張が走る。

「ディオン!リティ!その本を置いたらすぐにスインキーだ!良いな!」

セイリンが数段飛ばしで階段を駆け降りて行った。ディオンとアイコンタクトを取ったリティアは、調合室に本の山を置きに行くと、居なかった筈のソラが凄い剣幕でハルドに迫っている。珍しくハルドの表情からも笑顔が消えていて、彼の傍に置かれた見覚えのない本に目が行った。その瞬間、大きな音を立てて本を叩くハルド。剣幕のソラだけでなく、ディオンもリティアも身構える。カノンは、気にせずにクッキーを頬張っていた。

「リティ。絶対に触っては駄目な部類の本だ。この中にリファラルさんが閉じ込められている。」

「助けに行くなって事ですか?」

ハルドをじっと見据えると、彼もこちらから目を離さない。真剣な表情の彼の目の前で傘を呼び出せば、

「君には絶対に触らせない。絶対に本の中に入るからね。ソラ君もディオン君もリティをスインキーまで連行して欲しい。」

ハルドに傘を取り上げられ、ソラとディオンがリティアの手を掴む。

「とりあえず、店の手伝いに行きましょう。セイリン様の事です。首を長くして待ってますから。」

「この前の本と同じようなものらしいから、ハルド先生なら助けられるらしい。スティックを渡されないのならば、今は帰りを待つしかない。」

リティアは、2人にズルズルと引きずられるように調合室から追い出されると、

「後で、ラドかリンノをスインキーに行かせるから。」

室内のカノンとハルドに笑顔で手を振られたのであった。

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