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541,少年は抜かされる

 今日は採集と魔獣討伐に、旧聖教会跡地がある森へと行く事になっている。テルはお揃いの香水を作る材料、ソラは魔術薬の材料、セイリンは新調したランスの試し使い、ディオンは彼女を守る為に…。いつもならば喜んで採集に行くリティアだが、

「カノンさんとハルさんと、会いに行かないといけない方が居るんです。」

彼女が参加しない事に、セイリンは残念がっていた。そして引率は代わりにラドではなく、リンノが来る。ハルドが不在の場合はラドだと思っていたが、彼は長らく1人にさせたマテンポニーの散歩があると言って、更にセイリンを落ち込ませたのだった。

「リンノ先生は、馬車を使わないのですね。」

「話している暇があったら、しっかり魔術陣を描きなさい。たかが補助魔術と侮っていると、足が潰れますよ。」

ハルドならば何処に行くにも馬車を出してくれたが、リンノの場合はスティックを学校にいる間に渡してきて、街を出た途端に補助魔術を教授したのだ。テルはすぐにできるようになって誰よりも先に飛んでいく。1回の跳躍で誰よりも遠くへ移動していた。この風を使った長距離移動魔術に1番苦戦したのが、ディオン。リンノは、上手く出来ている3人を遠目に確認しながら、ディオンの傍で補助魔術の更に補助をしていた。距離が伸びないディオンの足元に風の精霊を集め、ディオンが飛ぶと彼も続くように飛ぶ。魔法士である彼が魔術を使う必要はないというのに律儀に使うのだから、普段の言動と変わらず真面目な性格である。

「以前、リティアさんに攻撃に特化しているとは言われていまして、土の防御壁も満足に発動できなかったのです。」

「それは言い訳になりません。ある程度は努力で補填できますからね。貴方は、単調に魔術陣を描いているだけです。何故、どういう形になるのかを想像しないのですか?恐らくテル殿は、その想像力に長けているのです。だから、精霊も応える。貴方の貧素な想像に精霊が応えているだけです。」

軽い雑談のつもりで言ったディオンが後悔する程のお小言が飛んできた。良く似ていると、脳裏にちらつく顔に笑いが出てくる。

「キリン様にも言われそうな気がしてきます。」

「彼から飛び出すのは、文句と不平不満ばかりです。改善案なんて出して来ないでしょう。」

ディオンの口から出た存在は、リティアは知らなかった相手ではあったが、平然と彼に対する評価を話すリンノ。どうも、キリンと知り合いであるようだ。王国魔法士団の上層部でもあるキリンとも繋がりがあるハルド、ラド、リンノ。リーフィに至っては家にまで来ていたのだから、魔法士達はかなり狭い交友関係の中にいる事が分かる。

「日中眠そうにしていたソラを叱ってましたよ。就職後にそれだと困るぞ、と。」

「スケジュール管理のコツくらい、教えられるでしょう。彼は他人に興味ありませんから、そこまでする必要がないという判断ですね。」

少しだけ飛距離を伸ばす事ができたディオンが笑うと、彼は補助魔術の補助を止めて、同じ魔術でディオンを優に越えた。思いっきり抜かされたディオンは、慌てて追いつきに行く。テル達は、既に魔術を止めてこちらが来るまで森に入らずに待っていた。

「結構ずっと、リティアさんと魔獣の棲息地や様々な魔獣の知られざる特徴等の談義で盛り上がっていたので、他人に興味がないわけではないかと…。」

キリンとリティアが夢中になって話していた光景が思い出され、傍にはいたが入っていけなかったディオン。あのリティアの楽しそうな表情を自分が引き出せる気がしなかった。

「おや、嫉妬ですか?彼女の性格は、あの通りです。自分だけ見てもらおうと思わないで下さい。彼女の兄もあんな感じで、御令嬢泣かせなんですから。まあ、そこらの一般人と結ばれる事はあり得ませんがね。」

リンノは余裕な笑みを浮かべ、ディオンが飛ぶまで次の魔術を使わずに待機する。

「そういうリンノ先生も、リティアさんの扱いが他の女子生徒と異なるではありませんか…」

リティアが他の男性とも仲が良い事に怒ると思っていたディオンからしたら、リンノの表情は想定外だった。1度スティックを振る事を止めて、彼を見据える。本当は、嫉妬心が渦巻いているだろう、という意味を込めて。

「私は、彼女のお父上に再度の婚約について申し出てますから。」

「…なっ。」

動揺を隠せないディオン。彼の余裕は、勝ち誇っていたのだと理解した。確かに外堀を埋めていくる性格に思える。彼の後方に見えるセイリンが、様子を伺うように首を伸ばしていた。彼女に怪しまれている事に気がついたのか、

「彼女に触れる権利があるのは、貴方だけではありませんよ。」

彼はそう言って、ひとっ飛びでセイリン達に追いついた。ディオンのスティックを持つ手が震える。魔術を諦めて全力で駆け出せば、リンノの怒号をぶつけられるのであった。


 久々にカノンと一緒に校舎内を歩く。アリアで買ったマニキュアをポケットに入れたリティアは、ハルドに導かれてプールから旧校舎へ移動する。ぐるんとひっくり返る身体の違和感と共に、天井を歩くような不思議な感覚を覚えながら音楽室を目指す。カノンの表情は堅いが、レインはこちらの来訪に気がついている筈だ。魔獣を寄越しては来ないと信じている。リティアの予想通りに奇襲はなく、音楽室の扉は独りでに開いた。

「レインさん、お久しぶりです。」

「あー。カノンを何で連れてきたんだよ。おい、飛龍の。」

小走りでピアノを弾いている彼に駆け寄れば、彼の視線はリティアの胸元から後ろのハルドへ動く。リティアには、カノンの頬が膨らんだように見えた。軽く笑うハルドは、

「名前は教えたんだから、それで呼んでくださーい。」

扉の鍵を閉めて、リティアのすぐ後ろに控える。げんなりした表情のレインが、乱暴に頭を掻いた。

「くっそ。ハルドもリティアもだ。起爆剤になりかねないカノンを連れて帰れ。この街から離せ。」

「私は、自分の意思で来たの!お兄ちゃんと話がしたくて来たんだよ!」

シッシッと犬でも払うような仕草をするレインに、声を張り上げるカノンの両拳が挙がった。その姿に、レインはため息を吐き、

「カノン。俺は、お前をアリシアから離したいんだ。あんな形だったとはいえ、ここを離れた事で安堵したというのに。」

彼女の額を、トントンと扉を叩くかのように手の甲で叩き、彼女の頬はリスの頬袋並みに肥大化した。

「お兄ちゃんは何も分かってない!私は、私の生きたいように生きる!貴方のお人形じゃないの!」

リティアの腕から飛び出したカノンは、空間を浮いてレインの胸ぐらを掴みにいったが、

「俺の所有物だとは思っていない。ただ、兄として妹達を危険な目にこれ以上遭わせたくないだけだ。」

彼は指を弾いただけで、カノンをリティアの腕の中に戻した。勝手に動いた身体を不満そうに叩くカノン。リティアは、いつでも彼女が動けるように軽く包むだけにすると、

「私は、お兄ちゃんに守られなくても戦える!一時はその背中を任せてくれたじゃない!1人であの龍に立ち向かわないで!」

もう1度飛び出したカノンは、彼とリティアの間で泣きじゃくった。

「生前と今は異なる。」

「だったら戦える器が欲しい!一緒に戦わせてよ!」

小さく息を吐くレイン。カノンが彼へと手を差し出した時、彼は指を鳴らしてカノンを精霊で包み込んでこの教室から消してしまう。ハルドと顔を見合わせるリティアに、

「あいつが戦わないで良い形で過ごさせてやってくれ。」

レインは深々と頭を下げたのだった。

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