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538,少女は散らかす

 久々の授業を受け終えた後、リティアは寮室から2つの木箱を抱えて調合室に運ぶ。セイリンも、サンニィール家から贈られた大きな木箱を机に乗せた。

「しかし、リティも同じような物をもらっていたなんてな。そちらもリルド隊長からの贈り物か?」

セイリンに微笑まれ、リティアも頷く。セイリンは、リティアとリルドが仲が良い事を知っている。だが、兄妹である事は知らない。本当は父からの贈り物だが、それを言うと面倒になる気がして話を合わせる。木箱を開けると、ひんやりとした風が上がってきて、素材の鮮度が守られている事がよく分かる。先に来ていたソラが身を乗り出し、彼が溢しそうになったカップを守るテル。ディオンは、長身である事を利用して誰よりも後ろから、上から覗き込む。リティアは、この前の岩砕き水牛の蹄も木箱の隣に置いた。ハルドが、他の机に私物の本を数冊積んで、

「好きに読んで良いし、その魔獣素材は調合室に置いておいて良いよ。ただ、かなり高価な素材も入っているみたいだから、まずは比較的採集しやすい植物から練習した方が安全かな。」

その1冊から、素材の照らし合わせをしてくれた。説明を聞いているソラがキラキラと目を輝かせる。

「近郊に棲息してない魔獣の素材でもあるんですか?」

「あるよ。ね、リティ。」

ハルドがリティアに視線を向けると、全員に注目された。リティアだって全ての素材が分かるわけではない。リティアの知識は、森に棲息している魔法植物や魔獣が殆どなのだから。

「はい。セイリンちゃんの箱の中央に詰められた蝙蝠の羽は、活火山の傍の洞窟に棲息する溶岩蝙蝠の物ですし、私が今回頂いた物では深海に埋もれているという噂くらいしか情報がないパールシャークの眼球と牙がありますし…」

とりあえず知っている知識だけ口にすると、

「た、高値で売れそう…」

テルが口をぽかんと開き、セイリンから頭を叩かれる。ソラの睨みが彼女へ向けられたが、勝てるわけがなかった。セイリンからの冷ややかな眼差しの圧力に、すぐにソラが項垂れる形になる。

「本当にお金に困ったら、その手はありだと思いますが…価値が分かる人に買ってもらわなければ、大した足しにはならないと思います。そのぐらいに、あまりお目にかかれない素材だと思います。だって、これは…」

「良いよ、リティ。そこらの狩人では、討伐が難しい魔獣達の素材なのだから。ケッチャならば、妥当な価格で買い取れるだろうけどね。これは、そんな価値で言い表せるような代物じゃない。」

懸命に言葉を捻り出したリティアを遮るハルド。父からの贈り物を売るという仮の話といえど親不孝的な思考からリティアを守ってくれたのだ。無意識に胸を撫で下ろすと、

「何か、ごめんなさい。」

気まずくなったのであろうテルが、頭を下げて謝ってきた。ハルドがポンポンとテルの頭を撫でると、

「とりあえず、どんな薬に使われる素材かくらいは教えてあげられるよ。実際にやるなら、ケッチャの工房ではないと難しいけどね。」

楽しそうに笑った。


 木箱は、ハルドの厚意に甘えて教室の棚に仕舞わせてもらい、自前の植物や虫素材を机に広げて、ハルドの本も3冊開きながら紙に魔術陣を描く。これにはソラも手伝ってくれ、2人で魔術陣と用途を書いていく。セイリンは後ろから覗き込むだけで、テルもソラの邪魔にならない距離から見守っている。ディオンに至っては、

「燃え広がった時の為に、水を汲んでおきますね。」

儀式かの如く至る所に水がたっぷり入ったバケツを置いていくのだ。そんな様子を見守るハルドは、追加の珈琲を淹れて冷ましていた。

「で、では、まず魔女茸を変質させてみます!」

乾燥して粉末状になった紫色の茸をサラサラと魔術陣の紙の上に乗せ、ハルドから渡されたスティックで魔術陣に触れる。パンっ!と弾けるように輝いた魔術陣の上で、紫色の粉末は水と風の精霊の力を得て、コロコロとした丸剤に姿を変えた。魔術をかけたリティアよりも先にソラが丸剤を掴み、指先で潰そうと力むが、

「か、硬い…」

「口に入れたら、溶けますかね?」

壊れない丸剤に眉をひそめるソラの代わりに、魔術陣の上に転がる丸剤を口に放り込んだリティアは、血相を変えたセイリンに口をこじ開けられる。じんわりと溶ける感じがあるというのに、彼女の乱暴な指に掠め取られる丸剤。ディオンから水が入ったカップまでもらい、うがいするしかないようだ。少しだけ舌がヒリヒリとするが、粉末そのものが変質していない。あの魔術は、見た目を変えただけという事か。戦闘時に使えると思うリティアは、いくつも量産して瓶に詰めていく。蒼茸も同じように丸剤にして、持ち歩きに便利な形に変えた。蟻酸やラズベリーてんとう虫のエキスも皿に乗せて丸剤にしていくものだから、遂にセイリンが後ろに張り付く事をやめてハルドの隣で珈琲を嗜み始めた。テルは、リティアの量産作業に自分の物を混ぜてくるので、2人分の携帯薬が出来上がる。

「この魔術は便利ですね!」

「リティアさんは、さっきからそれしか作ってないのに、何で机の上が散らかっていくんだ?」

機嫌良くポーチに小瓶を戻しているリティアを目を見開きながら見つめてくるソラ。改めて手元を見下ろし、魔術陣を描く前にハルドから借りた本が1冊増えていて、ポーチの中から薬と毒の瓶を全て出していて、いつの間にか羽根ペンも3本ある。自分は1回に1本しか使えないというのに。全く記憶がない。答えを求めてハルドに視線を送ると、彼は笑いを堪えていて口元が上がり始めていた。

「リティは集中すると、あまり遠くに手を伸ばそうとしないから、どんどんポーチから取り出すし、面白がってディオン君が渡した本も、普通に受け取ってページを開いていたよ。何の為に開いたかは分からなかったけど…」

「…」

要は、無意識に散らかしたのだ。1冊増えていた見覚えのない本も、魔術陣の絵が書かれたページが開いている。頭を捻っても、何故そのページを選んだのかが全く分からない。岩と石を分離させる魔術なんて、何に使う予定だったのか。我に返ったリティアは、慌ててポーチの中身を仕舞う。そして水牛の蹄を魔術陣の上に置いて、

「固形物は、どう変化するのでしょうか?」

砕いて形を再形成したかった物だが、水と風がどう作用するのかも気になるのだ。トンっ、とスティックを置いた瞬間、ハルドの風の守りが教室中に張り巡らされ、リティアの血の気が引く。蹄の踵部位の柔らかい部分が水分を含んで膨張し、先端の硬質部分を圧迫した。咄嗟に机の下に屈んだリティア。踵部分が弾けて、その力で矢のように一直線に飛ぶ先端。とりあえず、ハルドに守られた窓ガラスにぶつかって、事なきを得た。誰かにぶつからなくて良かった、とだけ安堵する。

「当たってたら、大怪我しましたね。」

凶器的な蹄を拾い上げるディオンに、リティアは必死に頭を下げて謝った。


 黒い髪を纏める桃色の桜があしらわれたバレッタ。長身でありながら厚底の黒いブーツで歩けば、男達が道を開けてくれる。大好きな男性は、これ以上に背が高いのだ。白いロングコートを靡かせて、約束の店まで急ぐ。カフェでも、レストランでもない。そこは、小さな小さな工房を構えた薬屋。裏口を叩けば、独りでに扉が開き、

「あいつなら2階に居る。」

黒髪を団子結びの若過ぎる叔父に家の中へと招かれ、スキップ混じりに密会の部屋へと駆け上がれば、

「オウカ。忙しいのに時間を割かせてすまない。」

黒いマッシュヘアの大好きな人は、紙の束に埋もれるように調べ物をしていたのだった。

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