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53,少女は保護される

虫回ここまで。

 ディオン・ラグリード、この名を聞いて知らない王国団は殆ど存在しないほどに有名な少年である。幼い頃に漆喰の狼『クレイジードレインウルフ』から逃げることができた唯一の子ども、ラグリード家の養子となって本来の跡継ぎすらをも凌ぐ実力を持ち、10代前半には愛剣ファルシオンを携えて騎士達に共に討伐任務を請け負うこともあった。彼の一声は、騎士達を動かすに十分すぎるほどの価値がある。

「ディオン・ラグリードが参ります!道を開けてください!!」

ディオンの剣は、ヌシの頭を真っ二つに叩き割り、ファルシオンを持ち上げられるだけの腕力でカエルの大きな鼻を掴んで、陸地の上へと引き上げる。カエルが湖へと落ちていかないようにと他の騎士達も手伝い、ディオンが割った頭の間から心臓部へと斬り進む。魔石を奪わなければ死んだことにならない、時間をかけてでも再生するのが魔獣だ。小物は斬ると一緒に魔石が壊れるケースも多く、あまり気にならないがヌシレベルとなると話は別だ。ディオンは、魔石の心臓を胴体と切り離して、空へと掲げると、騎士達が一斉に歓声を上げて、ディオンが傍まで戻ってくるのを待った。ディオンから隊長らしき人に魔石が渡ると、戦っていた騎士達がディオンに近づき、皆が皆顔を綻ばせて、長身の彼の頭を撫でたり、背中を叩いたり、抱きしめたりと、称賛の意を示していた。盛り上がっているところに汗も拭いきれないセイリンがリティア達と合流することができ、騎士達には目もくれず、テル、ソラ、リティアの順番に抱きしめてきた。ソラとテルは、カチーンと固まったがセイリンはそのようなことは気にしない。

「無事で良かった。」

と涙を流し、2人の背中をポンポンと軽く叩く。リティアをこれでもかというくらいに強く抱きしめ、テルが慌てて間に入ったくらいだ。

「セイリン姫まで!ご無事で何よりです。騎士団の拠点がすぐそこにありますので、どうぞこちらへ!」

ディオンの傍に集まっていた騎士達に連れられて、旧聖教会の跡地へと向かった。


 木造建ての教会の内部は、祈りを捧げるに相応しいほど神秘的な空間を醸し出す。教壇の後ろの壁はステンドガラスになっていて、キラキラと様々な色の光と共に精霊達が浮遊している。リティア達がここにいる理由は全てディオンが説明をしたため、騎士達からの叱責を受けることなく、椅子に座らせてもらって温かい珈琲をご馳走になる。ヌシとの戦闘時に小瓶を投げていたテルは、騎士達に囲まれて質問攻めになっているが、終始楽しそうに笑っていたし、騎士達も

「格好良い戦い方だな!」

とテルを褒める声も聞こえた。セイリンとディオンはここにいる隊長クラスの騎士と話し込んでいるようで、リティアの耳には届かなかったが、遠目から2人が怪我をしていないことを確認できるだけで、心の荷が下りる気がする。隣に座るソラが小声で、

「リティアさん、そろそろ教えてほしい。どうしてあのような動きが出来たのか。あのコオロギの生態を知っていたのか?」

「はい、あれは郡民コオロギと言います。彼らは」

珈琲を味わっているリティアは、求められた説明に淡々と答えていき、ソラはリティアと目を合わせながら、それを真剣に聞いていた。

「小さな子供が保護されたと聞きましたが。」

ステンドガラスと反対側にある木製の扉が独りでに開くと、頭から足まで白い装束に身を包み、顔には紋章入りの仮面をつけた男性らしきスタイルの人が足を地面につけることなく、騎士達の中に入っていく。

「聖者様!こちらの者達です。街道を走っていたら郡民コオロギ達に追われて、この森まで迷い込んだそうで。人数も揃っているとのことで、魔獣の餌食には」

「小さな子供ではないようですね。先日出会った魔術士養成高等学校の学生達です。貴方達、スティックは?」

聖者は、説明を始めた騎士の言葉を最後まで聞かず、リティア達に声をかけてきた。ソラは背筋をピンと伸ばして答える。

「まだ1年生なので貸与されてません。」

リティアの視線は、聖者の仮面に釘付けになっていて、騎士達から開放されたテルが不思議そうにソラの隣から覗き込んでくる。

「リティちゃんどうしたの?」

「…レスさん?」

「とりあえず、無事で何よりですよ。私が使っていた馬車で街へ帰りなさい。」

リティアの聞き取りづらい呟きを拾ったのかは分からないが、聖者はリティアの頭を柔らかく撫でて、持っていたカップを浮遊させて、空いているテーブルへと運んでしまう。

「ヌシの魔石をこちらに。私を死体のところまで案内してください。」

騎士がリティア達を馬車へと促し始めると同時に、聖者は己の仕事へと戻っていく。セイリンとディオンも深く頭を下げ、リティア達と合流して聖者の使用していた白馬に引かれた純白の馬車に乗り込む。天井も、カーテンも、壁も床も、そしてソファも、全て白。セイリンもディオンも自分自身の汚れを気にしながら腰掛けると、ゆっくりと馬車が動き始めて、森の中でも石畳の道が敷かれているところを進んでいく。テルは窓の外を眺め、ソラはぐったりとテルに寄りかかる。ディオンとリティアに挟まれているセイリンは、

「リティ、聞かせてほしい。どうして3人で走り出したのか。そしてお前たちの方では何があったのか。」

「郡民コオロギの戦力分散の為に、お2人と共に走りました。森の中でお2人と分かれて、こちら魔獣寄せ笛で魔獣達を引き付けました。」

リティアは、ベルトのポケットから縦笛を4人に見えるように出して、もう一度仕舞う。

「それがあのピィィって音か。襲ってきたコオロギ達が突然森へと跳んでいったから何事かと思ったぞ。」

「お一人であの軍勢を退治したのですか?」

なるほどと納得するセイリンの隣から、目を大きく見開いたディオンがグイッと覗き込んでくる。

「いえいえ、他の魔獣達に捕食してもらったり、湖へとコオロギ達に入水してもらったり」

「ん?コオロギが水に飛び込んだのか?」

リティアの説明に眉をひそめるセイリン。先に説明を受けていたソラも真剣に聞いていた。テルに寄りかかったままではあったが。リティアもできるだけ分かりやすく短い言葉を意識しながら説明をする。

「はい。野生の場合、身体の中に寄生虫を飼っていることが多く、コオロギに寄生するハリガネムシは、水の中でのみ繁殖行動ができますので、宿主であるコオロギを入水させるのです。それを利用しました。」

「…。」

「リティアさん、凄いですね。その豊富な知識と、それを行動に移す決断力、感服しました。」

険しい顔で黙り込むセイリンに代わって、ディオンが微笑みながらパチパチと控えめな拍手を送り、リティアの顔はボワァと熱くなってどんどん俯いていく。

「そ、それは…皆さんが食べられるのを見たくなかったからで…」

「リティ…お前のおかげで助かった…ありがとう!」

セイリンは再びリティアを強く抱きしめ、今度はディオンが止めに入り、無理やり引き離す。セイリンがディオンを振り返りながらムスッとして、開放されたリティアは安堵している。

「街に入ったよ!俺、すごくお腹減った!」

「同感だな。何処かで軽く食事を」

ホッとして声が大きくなるテルに、大きく頷きながらセイリンが共感しようとして、

「リグ、帰ってくるの早くない?」

外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。馬車がその場で停止して扉が開かれ、

「え?何で君達が乗っているの?」

ライトグレーのボーダーシャツの上からベージュのジャケットを羽織り、黒のスキニーパンツ、ハイカットの黒い靴を履いているハルドが、何度も瞬きをしている。首にかけている獣の牙のネックレスが正午の日光に照らされて反射していた。


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