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520,少女は爪を立てる

祝!520話!リティアの家庭事情と、ラドの色恋沙汰が徐々に動き始めました。学年が上がるまであと3ヶ月。どちらかが、大きな進展を起こします。


 ハルドが離してくれないリーフィを捕らえに行くリティア。今ここで逃がすわけにはいかない。ハルドが作ってくれた機会だ。会いたくて、お礼を言いたかった彼女が、この場に居るという奇跡。どうやって誘ったのかは分からないが、リティアからしたら些細な事だ。他の女性と踊るカルファスの傍を軽く会釈しながら通り抜けて、ハルドのアイコンタクトを取る。彼女が逃げられないように、ハルドは彼女の腰に手を回して踊るのだ。頬を染めたリーフィの眼差しは、微笑のハルドだけを見ている。ハイネックで長袖のオフホワイトのレースドレスは、リーフィのボディラインを隠し、王国団として鍛えている事が分かりづらくしていた。ハルドと踊っている可憐な姿は、女子生徒の羨望の眼差しの的となる。曲が切れるタイミングを狙って、ハルドの手と挟むようにリーフィの手に自分の手を乗せると、彼女は大きく瞬きをした。ハルドがもう片方の手を離し、リーフィとリティアが触れていない手同士を繋がせ、

「可愛い2人の踊る光景を楽しみにしてるからね。」

リーフィにウインクしてから、丁度手が空いたセイリンと踊りに行く。リティアは、リーフィを見上げて微笑み、

「寂しかったんですよ!早く、一緒に美味しいケーキを楽しみたいです…」

彼女の手の甲に頬を擦り寄せる。猫のように。彼女が揺れて、

「ど、どうして?貴女を傷付けたのですよ?」

「あの後、フィーさんが居なくなってしまって大泣きしたんです。リーズダンさんにお仕置きして下さり、ありがとうございました。」

足を止めた。リティアは、彼女が動かなくてもリズムに合わせて軽く揺れて、ダンスを催促する。彼女は、根負けしたかのようにゆっくりとステップを踏み始め、

「こんな私なんぞと踊って下さるのですか?我が最愛の主。」

「こんなって何ですか?フィーさんは仕事帰りに家にわざわざ寄って下さって、私の布団をかけ直して下さる優しいお姉ちゃんですよ?」

卑下している彼女の手の動きに合わせて、くるくると回る。ドレスを着ながら男役をやってしまうリーフィが、どれだけ男である事を強いられてきたかがよく分かる。この一族で高等学校に通っているのは、恐らくリティアだけ。15,6歳では、魔法士団に入団または鍛錬をしているものだ。兄やリグレスがそうだったのだから。リーフィは、親の離婚があって話が異なるが。

「…あの時の事を憶えていらっしゃるのですね。」

「フィーさんの事が大好きです。そして、沢山お礼を言いたいんです。」

彼女の唇が震える。ハルドの隣までステップを踏むリティアは、彼にも聞こえるように、

「何もできない癖に足掻きもしなかった私に、愛情を注いで下さりありがとうございます。」

少し大きな声で感謝の言葉を述べる。彼の細められた目と視線を交わし、セイリンの優しい瞳がこちらを見ていた。2人とは対照的に、今にも泣き出しそうなリーフィ。ステップの都合上でハルドから離れていく時、

「そんなわけないよ。あの囚われた環境で懸命に抗っていた事、僕は知ってるから…」

コツンと額と額を合わせ、リティアの頬に雨を降らせた。敬語から砕けた口調に戻った彼女の潤んだ瞳と見つめ合い、

「ありがとうございます。私の大好きなお姉ちゃん。」

「お兄ちゃんでも良いんだよ。君の為なら、紳士としても生きていける。」

リティアが微笑んでみせると、彼女は顔を綻ばせて言葉遊びを始める。リティアが一生懸命考える前に、この声は彼女へと飛び出し、

「そこは、フィーさんにお任せします。だって私は、フィーさんがフィーさんだから好きなんですから!」

ダンスを放棄してリーフィの胸に飛び込む。彼女も、リティアの気持ちに応えてくれるように抱きしめてくれた。そして、リーフィがこめかみに唇を触れてきたので、こちらも彼女の頬にお返しする。2人で笑い合っている間に曲が終わると、彼女の手をディオンが掬い上げて、リティアにはハルドが手を差し伸べてきて、ここで女性でのペアは解消となる。ハルドとは他愛もない話をしながら音楽を楽しみ、女子生徒に引っ張りだこのカルファスの手を取った。女子達の残念がる声が聞こえたが、

「この後によろしくね。」

なんて彼が微笑むと、黄色い悲鳴が上がる。ハルドが、手持ち無沙汰と言わんばかりに両手を軽く広げてみせると、カルファス待ちの女子生徒がハルドに流れていく。テルが元気に手を挙げれば、テルと交友関係がある女性が笑顔で彼の手を取るのだ。セイリンはマグルと踊っていて、目を疑った。

「リティ、君が起こした奇跡に感謝をしているよ。もう、君を傷つける必要がなくなる筈だ。」

「いえ、私は何もしてませんよ。カルファスさんの怪我が治って、本当に良かったです。」

他の誰とも違う高度なステップを踏むカルファスに、リティアは首を横に振る。剣に吸い取られた先祖達の力だ。自分は、剣に頼んだに過ぎないのだ。

「そうやってすぐ謙遜するのも、君の魅力だね。マグル伯父様が、君に感謝していると仰っていた。まだ、命令の正式な取り下げはされてないけれど、感謝した相手を殺そうとするとは思えないし。」

柔らかい笑みを浮かべた彼にリティアは何も言う事が出来ず、沈黙の時間を作ってしまった。気まずい空気が流れて、リティアは俯きながらステップを踏む。リティアを亡き者にしようとしているのは、マグルだけではないのだ。殺さない、と口約束をもらうよりも、リティアはその真意を知りたいと考える。だから、

「カルファスさん。私、マグルさんに聞かなくてはいけない事があるんです。ただ、凄く怖くて…」

「マドン達と一緒に傍に居よう。だから、話してきて欲しいな。」

曲が終わる間際にカルファスの手を離さずに彼を見つめると、彼は快諾してくれた。その言葉を信じて、セイリンとのダンスが終わったマグルへと足を踏み出す。セセリの視線と一瞬だけだが交わり、ハルドとリーフィの唇がきつく結ばれた。皆が、リティアの動向を気にしている。リーフィとのダンスが終わったディオンが、血相を変えてリティアに駆け寄ってくるが、こちらを見下ろしているマグルが差し出した手の上に自分の手を置いて、

「マグルさんとダンスなんて、生まれて初めてです!」

気合を入れて笑顔を作った。震えそうになる足に力を入れて、震えないようにする。彼の力強いエスコートによるダンスが始まると、約束通りカルファス達が視界に入る位置で踊っていた。

「私もだ。まさか、あの時の娘と踊るなんて思いもしなかった。人生とは何があるか、分からないものだ。」

その手をリティアは強く握り返し、懸命に彼と目を合わせる。逃げたくなる気持ちに、何とか打ち勝つ。すぅ~と深呼吸をして、

「私、厄災になるつもりはありません。私には、リゾンドさんやリダクトさんとも向き合うつもりです。だからこそ、教えて下さい。何でですか?何故、私を殴ったのですか?」

どんな世辞も言わずに本題を切り出した。彼は片眉のみ動かし、

「暴行した本人によく聞けるな。感心してしまう。あの娘が、このように育つとは…な。」

「私は、貴方の行動における理由を聞いています。」

勝手に1人頷くものだから、リティアの眉間に力が入ってしまう。その顔を見てか、マグルの表情が緩む。リティアは、暫くその口が開く事を待っていたが、曲の終わりが見えてきてしまい、

「言う気はない、という事ですね?」

彼の掌に爪を立てた。

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