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518,少年は押さえる

 セイリンが馬車を降りた瞬間から、歓声が上がる。彼女が微笑めば、黄色い悲鳴が広がる。彼女が治める領地の人達とは、全く異なる反応だ。

「セイリンちゃん、人気ですね…」

リティアが、ディオンの後ろに隠れるように降りて、その後ろにテルとソラも続く。大人はハルドだけが降りて、あと2人はそのまま馬車に残った。

「セイリンじゃない!?」

「凛々しいわね!」

「型破りな御令嬢って話だけど」

あちらこちらからセイリンを噂する声が届き、当の本人は涼しい顔で薬屋へ入っていく。間を開けずにぞろぞろと入店して、ハルドが内側から鍵を閉めた。馬の足音が遠くなる。また後で迎えにきてくれるのだろう。店内に店員の姿が見当たらない。挨拶する先がなかったテルは、色々な香りが混じり合う狭い店内の陳列棚を気になる所から見ていく。背伸びをして頑張るリティアに手を貸そうと思った瞬間、彼女はディオンよりも先に手が伸びたハルドによって抱き上げられる。腕に乗せられて、まるで子どものように。

「ハルさん…」

小首を傾げるリティアにハルドが笑顔を向ける。

「細かい事は気にしない。思う存分、観察して良いよ。」

テルからしたら、羨ましい光景。ディオンとハルドは、そうやって自然に彼女に触れる口実を作れるが、非力のテルにはできないのだ。プニッと自分の上腕を触ってからディオンに熱い視線を送ると、彼は眉をハの字に下げてしまった。ドンドンと扉が叩かれたので、テルが開けようとしたが、それよりも先に扉が開く。黒い髪を後ろで団子結びした青年が乱暴に扉を閉めてから、ハルドを睨んで仁王立ちする。

「お前の店じゃないだろ。何で店主ぶってんだよ。」

ハルドよりも背が高い彼は、自分達と年齢があまり変わらないようにも見えた。セイリンが少し下がると、彼はズイズイと前に出てカウンターの奥に入っていくのだ。どうも、店の方だったようだ。

「怒らなくても良いだろう、けっちゃん。」

「ケッチャだ。ジャックでもあるまいし、変な呼び方はやめろ。」

リティアを丁寧に降ろしたハルドが、カウンターに肘ついて笑顔を向けると、店員は青筋を立てた。慌てたリティアは、ハルドと店員の間に割り込む。と言っても、ハルドの隣にくっつく形だが。ディオンの視線が、ハルドの背中に刺さっている。

「は、はじめまして!私、リティアと言います。ジャックさんとお知り合いなんですね!」

「あ、ああ?んー?耳のソレを外せ。話はそれからだ。」

パチンと手を鳴らすリティアを見下ろして、彼女を指差す。セイリンの瞳が獣のように鋭くなった瞬間にディオンの腕が彼女を遮るように前へ出て、彼女が意見する前に止めに入った。

「…すみません。」

キラキラと反射するイヤーカフを外したリティアは、ペコッと頭を下げる。店員は、客を前にして腕を組み、

「君が、リティアね。ジャックなら、ここで喜びを体現するって言って踊ってた。母親の店でやれば良いのに。」

盛大にため息を吐いた。テルは知らない人だが、どうも店員とリティアの共通の知り合いらしい。

「ジャックの事だから、やったと思うよ。」

「くっそ!ただの迷惑野郎だな、おい!」

ハルドが笑いを零し、カウンターの物が浮く程の力でカウンターを叩く店員。これで商売が成り立つのか…?テルは、まじまじと彼を観察する。

「それで?ハルド、今日は子ども達を引き連れて何しに来た?」

「調合部屋を見せてやってほしいんだ。薬作りに興味があるみたいでね。ああ、リティとテル君は、ある程度の経験者だよ。」

店員が、若干位置ズレを起こした小物を直しながらハルドを睨むが、ハルドは笑みを浮かべたままだ。ハルドに引き寄せられたテルは、元気に挨拶をする。腰に右手を当てた店員は、

「仕方ない。今日は卸も来ないからな。あがりな。」

そう言うと、カウンター奥にある扉を開けて行ってしまう。ハルドが扉を指差し、

「セイリン君から、部屋の中に入って。やたらめったら触っては駄目だよ。」

「はい。」

彼の指示通りに、セイリン、ディオン、テルが棚を眺めているソラの手を引っ張り、作業部屋にお邪魔する。リティアが何度も背伸びをしながら、前を見ようと頑張り、その後ろからはハルド。薄暗い部屋だったが、店員が人差し指を上に立てるとキラキラと光が輝く。セイリンの誕生日会のように。テルの腰くらいまである大鍋、テーブルの上には大きな乳鉢、保存瓶が所狭しに並んでいる部屋だった。

「魔法士の方なんですね。」

セイリンが開いた口を隠すように、口元に手を当てる。

「ああ、それ程強くないがな。俺は、ケッチャ・テラ。魔法士の中では弱小一族の出だ。」

ケッチャが、青い液体が入っているガラスポットを揺らしながら答える。リティアが彼の隣に駆け寄って、その中身を興味深そうに覗いていると、

「今、テラって仰りましたか?もしかして、ケーフィスさんの御親戚ですか?」

「如何にも。俺の甥に当たる。まあ、4つしか歳が変わらないから、兄弟に近いけれど。あんたは?」

ディオンが前のめり気味に、彼との距離を詰める。それ程の身長差がない2人だ。ディオンの方が肩幅は広めなので、ケッチャは小さいように錯覚してしまうが。

「申し遅れました。ディオン・ラグリードと申します。」

「あー。おい、そこの長髪は紐で縛れ。やった事あるなら分かるだろう。」

ディオンが貴族らしく、片足のみ半歩下がってお辞儀すると、ケッチャは興味なさそうな返事を1つと、テルを指差した。突然怒られたテルは、慌てて髪を上の方で止める。

「こっちの小さいのは、魔術で変化起こす前だから近づき過ぎるな。飛び跳ねて出てくるぞ。」

「はい、小菫に付着する蒼アブラムシが泳いでますもんね。」

眉間にシワを寄せたケッチャに注意されたリティアは、名残惜しそうにテーブルから離れるのだ。ソラは、ぼんやりと眺めているだけ。テルが触れるような薬はなさそうだ。というのも、見た事ないし、弄った事がものばかりで、リティアみたいには目を輝かせられない。ぼんやりとしていると思っていたソラが口を開く。

「魔術で変化を起こすと、どうなるんですか?魔法ではなく魔術が良い理由って何ですか?」

「見せてやるから見やすいところまで…あ、小さいのは、ハルドに押さえてもらえ。」

ケッチャは、リティアの名前を覚えられないのか。彼女がイヤーカフをつけていたから…と思っていたら、ハルドの足がテーブルを蹴った。ガタガタッと調合器具が動いて、咄嗟にセイリンとテルで落ちないように押さえる。やった本人は笑顔のまま、

「リティを名前で呼べよ。」

「…雪兎。」

圧力をかけたが、それを面白がるケッチャからは渾名をつけられてしまうリティア。ハルドの拳が徐々に高く上げられた時、

「別に名前は何でも良いですから、早く見てみたいんです。」

リティアの瞳はいつも以上に輝いていて、瞬きを数回したケッチャはハルドを見る。

「勉強熱心で良い子だろ?」

ニィっと引き上がるハルドの口角。ケッチャは、その口の悪さからは考えられない程、丁寧に教えてくれた。実践交えての説明では、魔法で生態が劣化する原理や、魔術の扱いやすさをアブラムシではなく、蛙を2体使って解剖して、毒腺の発達具合と毒性の高さを教えてくれる。気がついた頃には、テルよりもソラの瞳が少年のように輝きを見せていた。

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