510,少女は乗せられる
祝!510話!
if話はシャーリー達でしたが、夢オチは止めておきました。あの中だけでも、幸せであって欲しいと思ったので。
前髪が触れられる感覚で、リティアは瞼を持ち上げる。ぼんやりとした視界に映るのは、大好きで大好きでずっと会いたかった人。
「おばあちゃん…!」
「可愛い私のリティアちゃん、会いたかったわ。」
大好きなシワだらけの手に抱きしめてもらう。祖母の肩から見える視界には、涙ぐむシェクレ、必死に涙をハンカチで拭うリルミーがいた。
「大変な思いをさせてごめんなさいね。」
「ううん、何も大変じゃないよ。」
頬擦りをすると、祖母の頬には冷たい涙。心配させてしまったようだ。色々訊きたい事があるが、そんな事よりも祖母が怪我していないか、が気になる。彼女の顔を眺めて肩をポンポンと触れたが、別段嫌がる素振りも痛みに耐える素振りもなかった。
「リティアちゃん、絶対にその剣を他人に渡しては駄目よ。それは地下神殿の鍵。地下神殿のある場所を開く為の物。持つ者にしか分からない鍵穴があるの。」
「わかった。」
辛うじて耳に届く小声で話す祖母に、リティアは小さく頷く。勿論、誰にも渡さない。下手に使われて、自分の中に住む先祖達を奪わせるものか。だから、隠し方が知りたかった。
「おばあちゃん、どうやったら隠せるかな?ハルさん達みたいに空間は曲げられないから、今のところ、部屋に隠すみたいな原始的な方法しかないの。」
「おばあは、物置に置いていたわよ。ガラクタと一緒にね。」
改めて彼女と顔を向き合わせたリティアは、祖母のやり方に大きく頷いた。価値を本当に知った者以外には奪われる危険が格段と下がる。
「そっか。如何にも大切そうに隠す別の物と、放られた物だったら、普通の盗人は前者を取るかもしれないもんね。」
「おじいは、他の人の身体の中に隠していたけど、リティアちゃんには難しいわね。」
けれども、価値を知っている存在ならば簡単に奪えるのでは?そんな疑問に答えたのは、祖父の隠し方だった。リティアは何度も頷き、自分が殺されなければ隠せるその方法が最善だと思えた。
「なるほどね。じゃあ、おばあちゃんに私の中に隠してもらえば良い?」
「できないわ…。その場合、継承者の血肉を余す事なく食べてしまうのよ。」
祖母の唇が震えた。特にリティアの中には宝玉があるのだから、皆が喰われてしまう危険性を考えていなかった。この剣は、空間中に存在する精霊を糧にするのではない。魔石から力を奪うのだ。その方が効率が良いのだろう。
「…わかった。少しだけ、良さそうな方法を考えるね。」
リティアは、祖母から手を離してベッドから抜け出す。そしてリルミーに、
「そういえば、リノマリーさんが亡くなっていました。恐らく人の形を模した土の塊に襲われていたのかもしれません。」
「そ、そうですか。魔石の回収はなさいました?」
あれだけ怒っていた相手の事を伝えると、彼女は険しい表情になった。あの炎の中で魔石の回収はできるわけがない。リノマリーは、魔獣の魔石を所持していたという事か。リティアは、フルフルと軽く顔を横に振る。
「いえ…」
「では、恐らくまた現れる事でしょう!あんな事ができてしまう人間が、落ちている魔石を利用しない手はありません。今度は私の手で、必ず!」
リルミーが唇を噛み、血が滲んだ。彼女とここまで関わる事は今回が初めてだが、リティアの幼い頃には見せなかった顔だ。苛つく事もあっただろうに。どれだけ抑えていたのだろう。彼女の忍耐力を見習わなければ、と密かに思っていたら、
「そろそろ…駄目ですか?」
扉の向こうからセイリンの声が聞こえてきて、シェクレがドアノブを指差した。
「リティアさん、どう?」
「あ…。おばあちゃんも一緒に…」
久々に祖母がいるというのに、ここで別れるのは嫌だった。子どものように祖母の袖をクイクイと引っ張ると、
「勿論よ。夕方にハルド君が迎えに来てくれるから、それまではシェクレちゃんの家でお茶を頂くわ。」
シワが深い温かな手が、リティアの頬を包むのだった。
ソラには、リティアが目覚める前に釘を差しておいた。彼女が言わない事について根掘り葉掘り聞くなんて、今の関係を壊しかねない。リティアが起きるまでリビングで待つように、シェクレに言われたセイリンだが、馬車の中でぐったりとしていたリティアが心配で仕方がなかった。彼女をベッドに運んだハルドが、
「リティは、ゾンビの群れの中に放り込まれたみたいで、魔術を連射して酷く疲れているからね。」
だから起こすな、とそう言われたと思う。キリンとラドの監視下で、リビングでレポートの続きを進めていた。しかし、ベッドが軋む音が聞こえた気がして、ペンを弾いてソファの背もたれに足をかけ、跳ねるようにリビングから逃走する。数段飛ばしてリティアの部屋の前に来たが、ラドの大きな手に襟ぐりを掴まれてしまった。部屋から引き離される前に扉の向こうに声をかければ、セイリンが階段を引きずり降ろされる前には部屋が開いて、シェクレ達が出てくる。そしてその後ろから、リティアが何度も振り返りながら階段へと近づいて、
「おばあちゃん。階段、気をつけてね。」
敬語が外れていた。初めて聞いたリティアの砕けた口調に、セイリンの心は大きく揺さぶられる。それは家族だからか?親友である筈のセイリンにも、恋人であるディオンにも、彼女は『敬語』で話す。セイリンは滲み出そうになる涙を堪えながら、少し首元が苦しいが、ラドに振り返った。
「せ、先生。リビングに行くので、離して下さい。」
少し上擦りかけた声で彼に訴えると、まるで不可解な事象でも目の当たりにしたかのように眉を潜めたラドの手から解放されたのであった。
リティアは、楽しそうに彼女の祖母と話す。その笑顔は、今まで見てきた物と比較にならない程に別物だった。セイリンは何度か話に入ろうと試みたが、彼女の視線は全くこちらへ向かないのだ。明らかな壁を感じる。ムスッとしたソラに、レポートの紙を押し付けられるセイリンだが、今は手につかない。そこに、キッチンでシェクレの手伝いをしていたテルが戻ってきて、
「セイリンさん、買い物手伝ってー!」
「ん?俺じゃ、駄目か?」
まさかの名指しをされて、ソラの首が傾げられた。テルは、ソラにもディオンにも手招きする。ああ、これは邪魔者だから此処を去れ、と言っているのだ。
「ラド先生、同行お願い致します。」
「分かった。キリン。」
セイリンはその場を逃げるかの如く、壁に寄りかかっているラドに声をかけて、玄関を出ていく。キリンが鍵を閉めについてきて、
「言われなくても。大聖堂には近づかないようにだけ、お願い致しますね。」
ラドに釘を差してから扉を閉めた。雪が降り始めた午後の街を歩きながら、テルは頼まれ物のメモ書きを見せてくる。ラドにも見せたが、
「…大聖堂を見てから行くぞ。」
「近づくなって言われましたよね!?」
買い物をそっちのけにする発言に、セイリンがいつものようにツッコミを入れる。ディオンの視線が背中に刺さるが、そこは気にせずに。
「ああ、お前達が考えなしに近づかないように、先に見るんだ。酷い有り様らしいからな。」
ラドは、丸い目をしているテルに視線を流して、暗に誰と言っていた。そして、その視線はディオンへと向けられ、
「ディオン。その目に焼き付けておけ。魔法士の戦闘跡を。それが自然災害ではない、その違和感を覚えておくんだ。いずれ、魔法士との戦いにお前は巻き込まれる。」
セイリンには、注がれない彼の視線。その戦いに自分は不要と言われているかのようだ。リティアにも、ラドにも、除け者にされている。その事実を突きつけられて、俯いたセイリン。歯を食いしばって絶望に只管堪えていると、
「セイリン、その時はリティア様を頼むぞ。」
大きくて体温が高い手が頭に乗せられた。




