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507,少年はおかしく思える

 セイリンのレポートをする手が止まった。血相を変えたシェクレが、サキに泣きついた。ディオン、テルが、キッチンへ急いだ。自分は、その場を傍観するだけだった…。

「あの剣に、転移する力はありません!ですから、何者かに拐われたと見ております!」

今にも玄関を飛び出そうとするリティアの侍女をサキの腕が阻止する。センを抱きかかえたシェクレも、何振り構わず窓から飛び出そうとするセイリンを叱る。

「魔法士が関わっている可能性が高いから、単身で行っては駄目よ!ラド君が帰って来るまで待ちなさい!」

育ちが良いセイリンは、シェクレが手を使わずとも窓にかけた手を離す。彼女の独り歩きしている評価から考えると、ここは反対を押し切って駆けていきそうに思えるが、本来の彼女は貴族令嬢の枠に収まる『良い子』なのだ。とりあえずは、テルの隣に立っているソラだが、これ程に冷静になれない人が多い事は困りものだと、密かに考えていた。

「このディオンが探しに行きます!金剛剣が、先程の戦闘のように全く機能しなくなってしまう場合があるかもしれませんが!それでも!」

「わ、私だって、リティを…助けに行きたいんだ!何も戦う武器がない事くらい、理解している!それでも!騎士団に掛け合えば、彼らの助力を得られるかもしれない!」

ディオンがセイリンの代わりに探しに行くと言えば、従者をライバル視しているセイリンが身を引くわけがない。以前、ソラに言った『自分が目立つ事』で民を守る。それは、こういう場面での発言や声の大きさが計算されたものであるかのようにも取れる。だが今の彼女は、駄々をこねる子どもに見えてくるのだ。

「相手は、魔法士だよ!?セイリンさんを推薦した魔法士の人達には頼めないの?」

「サンニィール家は、本来であれば雲の上人だ。彼らは宗教的意味が大きい存在。人によっては、王族よりも上と認識するお相手だ。フレイ家については、何故推薦してくれたのかすら分からないが。」

テルが震えながら縋った瞳でセイリンを見つめると、彼女の激しさは1度大人しくなる。であれば、あの駄々は『演技』なのか。ソラだけは輪の外にいて、彼らの芝居を見ている気分になってくる。だからなのか、黙っている事がおかしく思えてきて、

「リティアさんは魔法士に命を狙われたり、拐われたりするような事をしたのか?」

「おい、ソラ!」

1番引っかかる点を口にすると、セイリンの猛獣の如く鋭い睨みをぶつけられる恐怖を味わった。窓から離れた彼女は大股で迫ってきて、ソラは殴られる危険性を孕んでいたが、シェクレが2人の間に立ってセイリンを宥める。

「後継者争いに巻き込まれているのよ。紅一点の彼女は誰とも異なる存在で、危険視されているから…。だから王都での滞在では、彼女を守る為にキーちゃんに声がかかったの。」

「わざわざ、魔法士を使わなければいけないのか?」

事情を知っていそうなシェクレは、分かるようで分からない曖昧な表現で述べ、ソラの眉間に力が入った。

「そこは私には分からないわ。彼女の護衛を頼んだのは、彼女のお兄さんだもの。」

目を伏せて首を横に振る彼女の後ろから、セイリンの強い視線が動いた瞬間をソラは捕らえた。彼女も彼女なりに、何かしらの違和感を覚えているのだろう。演技を交えてくるセイリンは、計算高いというべきか?

「お嬢様の元に行かせて!!私のせいで!私の!ああああ!リノマリーなんぞに、リコ様だけでなく、お嬢様まで渡してしまうとは!」

「場所の見当は、ついているのかな?」

玄関でも声を荒らげる女がいて、セイリンとの相違ははっきりと分かる。玄関の女は、今にも卒倒しそうな勢いなのだ。軽い口調のサキとの温度差が激しい。玄関の様子を見に行くセイリンが、向かう途中でソラの頭を軽く叩く。彼女が顎で指示を出し、仕方なくソラもついていく。疑問を口に出そうと口を開けた瞬間に、この唇はセイリンの指でつままれてしまったが。目が血走っている侍女の迫力に押されたソラが、一歩後退りする。これは演技ではない、本気である。セイリンとの対比が容易く、今更に彼女の凄さに気が付かされた。血走る瞳でサキを見上げる侍女。

「ええ!リコ様を閉じ込めた拷問部屋に連れて行ったんだと考えます!」

「そう。母さん、ラドが来るまで子どもを待機させて。俺が探してくるよ。」

何処にある拷問部屋かも分からないが、何か納得した表情のサキ。王都内にあるのか、別の場所なのか。それすらも今の発言で理解できるという事なのか?本当は、彼らもこの件に関わっているのではないか?リティアを罠に嵌める為に。そんなソラの思考を妨げるように、

「私も行きます!」

ディオンが眩しい金剛剣を出現させ、ソラの視線を奪う。テルも行きたそうに熱い視線をサキに送っていたが、誰が何も言っていなくても肩を落として諦める。

「君の剣と俺の魔法は、相性が悪いから止めておきなよ。さっきみたいに剣にロックがかかって、持つ事がやっとな程の重量になったら致命的。龍の身体の一部を握っているんだから、重いのは当然。」

サキは言っている内容と噛み合わない無邪気そうな笑顔を振り撒き、侍女の腕を掴んだまま玄関を出ていく。その隙間を狙って飛び出そうとするセイリンは、剣へと視線を落としたディオンに簡単に捕まってしまった。


 センがテーブルで腰に手を当てて、リビングに残されたソラ達を見渡す。

「ほら。良い子なんだから、こちらにおいで。」

あたかもこのメンバーのトップかのような彼の額をセイリンが指で弾いた。彼は、踏ん張る事なくテーブルから転がり落ちて、ディオンの俊足がソラの視界を横切った。

「セン。リティが何処かで危ない目にあっているというのに、何も出来ずに閉じ込められているんだ。武器になる物を何処かで調達するしかないかが、扉が開かなくなっていてな。」

ディオンに抱き上げられたセンを見下ろすセイリン。センは冷めた視線を彼女に向け、

「それはそうさ。君達が勝手な行動を取って、リティアを助けに行っている魔法士の邪魔をしないように、結界を張り巡らせたんだから。」

「セン!貴様!」

喧嘩を売って、セイリンの顔が一瞬で真っ赤になる。これは演技ではない。顔面蒼白なテルは、メモ帳を何度も捲っては最初のページに戻るのだ。何かを必死に考えている弟に、今は声をかけずにいる。

「セイリン様、そう熱くなられないで下さい。私達が未熟である事は、承知の上でございましょう?」

「ディオンまでっ!その場まで助けに行く意味にどれだけの価値があるか、分かるだろう!?怖い思いをしているリティを安心させられる!それは、民の救済に繋がる事だ!」

センを背中に隠して守ろうとするディオンの抑えた声をねじ伏せる程ではなかったが、セイリンは涙ながらに声を荒らげた。センは、ディオンの肩から顔を出し、心底面倒そうに頬杖をつく。

「あのさー、セイリンはリティアを何だと思っているの?まるで、伝い歩きも覚束無い赤ん坊のように見下してないかな?」

「そ、そんなわけあるか!私が守るべき友だ!」

ディオンという盾を良い事にセンが再び喧嘩を売るものだから、セイリンの怒鳴り声が格段と上がる。それに驚いたのは、ソラが寄り添っているテルだった。可哀想なくらい丸い目で彼女を見つめている。センは1度ため息を吐いてから、

「セイリン。リティアは、君なんかよりも強いからね。忘れちゃ、駄目だよ。彼女は、生死と隣り合わせに生きてきた。その肝の据わり方は、戦士と変わらない。」

ここのメンバーのトップ、いや、教師であるかのように、セイリンを叱るのであった。

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