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504,従者は拳をぶつける

 昨日の会食会を経て、団長室へ招かれたカルファスの後ろにマドンと共に控えるセセリは、すっきりとしない頭と格闘していた。

「予想外な策ではあったが、あれで一族の評価も上がったであろう。庶民を巻き込むだけではなく、あのメルスィン嬢までその気にさせたとは、やはり我が甥は有能だな。」

「伯父様にお褒め頂き光栄で御座います。騎士団の紅一点になり得る姫の華やかさを利用したに過ぎません。」

ソファに座るマグルと、向かい合いながら談笑するカルファス。にこやかな笑顔の裏では、腹の探り合いをしているのだろう。

「しかし、あの女は一筋縄ではいかなかっただろう?」

「伯父様が危険視している少女の親友でしたので、そこから付け込みました。箱入りにお似合いな程に警戒心が薄くて、それがどれだけ命取りかは理解できていなさそうでした。後は、できるだけ多数の生徒をこちら側へ引き込んで…。」

マグルの眉間にシワが寄る様を無心で視界に映すセセリは、演技をするカルファスに感心していた。あたかもその後の惨劇を思い浮かべて恍惚な表情をしているように見せる彼。マグルの口元が一瞬だけ引き上がったが、すぐに元の形に戻った。

「この場ではそれ以上やめよ。だが、その成果が実る事を楽しみにしているぞ。」

団長室にはマグルとカルファス達しか居なかったが、扉の向こうには警備の魔術士達の存在がある。あまり、具体的な話は控えた方が安全なのだろう。そう考えなくてはいけないような事を最初からやるべきではない、と密かに考えるセセリ。リティアはサンニィール家の娘であり、彼女の兄がとても大切にしている存在。一族の誰もが彼女を疎んでも、次期長の力が彼女を守る。この重怠い頭が団長室から離れた時、視界が一変した。本の世界でしか知らない筈のゾンビが、白銀の髪を揺らす少女に襲いかかる。その瞬間、目が眩む光が彼女から放たれ、転がるゾンビ達。彼女が立っている白い石造りの大広間に、酷く見覚えがあったセセリの口が、

「聖女様!!?」

「どうしたというのだ?」

予期せぬ言葉を放ち、マグルの怪訝そうな顔に睨まれてしまう。ああ、やらかした。逃げられない。最近は、未来視しても表情にも出さずに耐えていた筈だったのに。けれど振り返った彼女は、絵画から出てきた聖女ルナだった。現実的なところでは、リティアだと思いたい気持ちはある。けれども、彼女にしては気が強そうな表情だった。それに、彼女には『魔法』が使えない。

「お、お告げが…ありました。」

「そうなのかい?セセリ、神は何と?」

未来視したとは言えないセセリの精一杯。以前、ハルドがリティアを含む1年生のグループに使った誤魔化した言葉を使うと、すぐにカルファスも乗ってくれたのだ。マグルが腕を組んで、こちらを凝視している。セセリは唇が震える感覚を覚えながらも、

「大聖堂の中に蔓延るゾンビ。それを薙ぎ払う聖女様のお姿がございました。」

「それはどういったお告げなのだ?」

マグルの眉間に跡が付きそうな程のシワ。お告げと言うにはあまりに、セセリが見た物がどれだけのメッセージを含んでいるのかは不明瞭だった。セセリは手に汗を握りながら、

「恐らく、お迎えにあがらねばいけないかと…」

「ふむ。魔法士に奪われる前に保護せよ、という事なのか。そのお告げにどれだけの信憑性があるのかが分からぬが、いつ頃から受けるようになった?」

苦し紛れに都合の良い形で伝えると、マグルは顎に手を当てて思案し始める。カルファスの視線がこちらを捕らえる。緊張から呼吸が浅くなる感覚に襲われたセセリ。

「…が、学校に入学してから、頻度が増えまして。カルファス様が、街1つ巻き込んだあの戦闘中にダイロ様の部下に狙われた際も、その前にお告げが降りてきました。」

カルファスの首を取る存在である彼の未来視や、ディオンの魔法士団の格好に触れないで良いように、マグルが既に報告を受けている夏休暇時の戦闘を例に挙げれば、

「そうか。そのお告げで甥を守れたという事は、悪くないものなのだろう。では、ルナ様の元へ急ごう。」

マグルは、大きく頷いて立ち上がった。一蹴されるか、カルファスから離さられるか、と思っていたセセリから呆けた声が漏れる。カルファスが素早く立ち上がり、セセリを背中で隠しながら首を傾げてみせ、

「…と言いますと?」

マグルの注意を己に引き付けた。マグルが壁にかけてある団服のジャケットを引き剥がすと、

「私も行くのだ。案内せよ。」

誰よりも先に部屋を出る。残された3人は静かに顔を見合わせて、拳を軽くぶつけてから動き始めた。


 腐臭が充満する拷問室。老いた身体は、何人も触れる事が出来ぬよう結界を己の身体に張り巡らせていた。

「母上、もうやめましょう。聖龍様にあの身体を差し出せば、我々は幸せに生きていけるのですよ。何故、古き人間の躯を守るのです?」

「あのご遺体は、聖女様の物ではないのよ?それすらも区別がつかないのかしら。」

死人が蠢く部屋の中で、ここに姿を見せない息子と話す。ここに生きた存在がいるとするのであれば、自分だけ。暫く息子の声が返ってこないと思いながら、襲ってくる死人を結界で弾いていると、

「命だけは!命だけはどうか!」

リコを大聖堂へ誘拐した侍女の悲鳴じみた声が響いてきた。その悲鳴に眼球を転がした死人や、歯をボロボロと落とす死人がこぞって扉に張り付き、美味しい獲物を心待ちにするのだ。扉がガタガタと音を立てる。死人の胴体が扉に寄りかかっていても尚、その扉の呻き声は強さを増すのだ。リコの前髪が揺れた瞬間、扉が死人を巻き込んで吹き飛んだ。扉と対角の壁へと打ち付けられた死人達の身体は脆くも分解していく。

「ウインディアの一族が、わざわざ命乞いを聞いてやるとでも?本当、サンニィール家は堕ちたね。こんな恥晒しを生かしている理由が理解出来ないや。」

知り合いの男の笑い声が聞こえてきたと共に、縄で手脚を縛られたリノマリーが死人の海に放り込まれた。大歓喜する死人達に群がられた女の絶叫と、肉が引き千切られる音。そして死人の咀嚼音が、冷たい壁で反響を繰り返す。リコは彼女の縋る瞳を見下ろしながら、拷問室を自分の足で出ていく。死人が力なく転がる通路には、見知った男が立っていた。とても良い笑顔を浮かべて。

「ハルド君、世話になるわ。」

「いえいえ。助けが遅れてしまい、ご迷惑をおかけしました。地上へ向かいますかね。リグ、そっちはどう?」

彼に一礼をして微笑むと、場違いな笑顔が消えて手を差し出してくる。その手を取りながら、もう1人の孫とも呼べる男性が空間内で死人を水圧で崩壊させる姿を見つめる。水と踊るリグレスは、彼の祖父の現役時代を想起させる美しさを兼ね揃えていた。

「芳しくありません。追い込まれる形を取られてます。」

「敢えて相手の思惑に乗るか、力技で飛び出すか。どっちが良い?」

三叉路の2つを死人の群れで塞がれた形は、リコでも容易に理解できる。2人の相談を聞きながら、少しでも近づこうとする死人達を構成する土同士を付着し合わせて、動きを鈍くさせる。土属性の精霊達が老いぼれの言う事を良く聞いてくれていた。リグレスが自ら、死人が押し寄せて来ない分岐へと歩みを進め、

「乗りましょう。ハルが居るのですから、どんな罠でも突破可能ですし。」

こちらへと微笑んで、それにハルドも応える。

「任せておいてよ。最悪、建物ごと大空へと舞い上がらせてあげるからさ。」

彼の自信げな風は、リコの足を浮かせて風の椅子を作り上げていた。

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