500,【IF】姉と共に過ごせたら。
祝!500話!今回は、メインメンバーではない子のif話となります。
600話にはメインメンバーに戻る予定です!
市場の一角で子ども達と一緒に落ち葉を掻き集めて焚き火をした夕方。戦利品を両手に抱えて、店が忙しくなる前に帰宅する。
「ただいま!」
裏口から入って、仕込みをしている優しい笑みを見上げた。
「シャーリーさん、おかえりなさい。楽しめましたか?」
今みたいに、リファラルの目尻にシワが寄った顔が大好きだ。シャーリーも笑顔で応え、
「店でも出せるだけの量をもらってきました!」
熱々の焼き芋が入った紙袋を見せびらかす。1本だけ取り出して、それ以外はリファラルに押し付けて、店内を掃除しているであろうもう1人の大好きな人に会いに行く。シャーリーの予想通り、彼女はせっせとテーブルを拭いていた。テルが来る前に食べて自慢してやろうと、顔がにやけたシャーリーに、彼女も優しく笑顔を向けてくれた。
「シャーリー、お帰りなさい。美味しそうな匂いね。」
テーブルに立てかけた杖をつきながら、こちらに歩いてくる姉。シャーリーは慌ててテーブルから椅子を引き出して、座るようにお願いする。シャーリーが、ハルド達と共に姉を助けに行ったあの日。巨大な鎌切りの攻撃をリティアの傘が防ぎ、黄金の剣がトドメを刺した。隠れていたもう1体をハルドのブーメランが斬り伏せ、見事姉を救出したのだ。そして、穏やかな日常に戻った姉は立っていられない程に衰弱していた。その面倒をリファラルが買って出てくれて、日々リハビリをして、今みたいに動けるようになったのだ。
「お姉ちゃんと食べたくて!もらってきちゃった!」
彼女が座り次第、自分も隣に椅子を動かして腰掛ける。そして、彼女の前で焼き芋を2つに割った。見るからにホクホクした黄金色に、姉から感嘆の声が漏れる。そこに、
「シャーヌさん、シャーリーさん。紅茶でも如何でしょう?」
気が利くリファラルが、カップを置いてくれた。ふわっと広がる茶葉の香りと、焼き芋を頬張る姉の顔。ハルドに感謝してもしきれない、と密かに考えていた。
大欠伸1つ。焼き芋をお裾分けしたテルが、兄弟に食べさせてあげたいと足早に帰ってしまって、気が抜けたシャーリー。その欠伸を見て笑うのは、テルと入れ替わりで入店してきたハルドだった。
「何だよ!ヘンタイ!」
恥ずかしさが爆発したシャーリーはハルドを殴るが、簡単に彼の大きな手に包みこまれてしまう。女の手とは異なる硬い皮膚は、シャーリーに異性である事を意識させるには十分過ぎた。顔が熱くなる。ハルドに直視できなくなり、俯きながら押さえられていない左拳をぶつけにいくが、それも捕まえられた。杖の音が猛スピードで近づいてきたと思ったら、後ろから頭を叩かれる。
「シャーリーが失礼な発言をしてしまい、申し訳ありません!」
「いや、大丈夫さ。前から、こんな関係だしね。ほら、シャーリーさんは勉強に戻りなさい。」
シャーリーの代わりに頭を下げるシャーヌに、ハルドはシャーリーから手を離して、姉妹の頭を優しく撫でる。耳まで熱さを感じ始めたシャーリーは、地団駄を踏む。
「教師面すんなし!」
「教師だよ。」
勢いに任せて出た言葉に、ハルドが楽しそうに笑うのだ。もう何を言い返せば良いのか、全く分からないシャーリー。
「うわああああ!」
「こんな至近距離で絶叫するとは、予想外だねー。元気な事は良い事だ。シャーヌさん、体調はどうだい?」
感情が昂るままに叫ぶと、ハルドが目を丸くした。シャーヌに、また頭を叩かれてしまったが。姉の柔らかい手は、叩かれても痛くない。それでも姉を怒らせているという事実は、シャーリーを落ち込ませると同時に、どうしようもない幸せに包まれる。あれだけ会いたかった姉が、『ここ』に一緒にいるのだ。痛みが、それを証明してくれる。
「おかげさまで、お店の中を歩き回れるくらいまで回復致しました。」
「そう。それは良かった。」
2人が話している中、シャーリーの頬は緩んでいき、
「お年頃のお嬢さんが、だらしない顔になっているみたいだけど?」
ハルドに指摘されて、再度殴りにいったのだった。今度はリファラルに未然に防がれてしまい、気を取り直す暇なく夕食の時間が始まる。シャーヌの眼差しが、終始ハルドに注がれている事にシャーリーが気がつかないわけがなかった。自分もハルドを見てしまうのだから、どうしても姉の表情が視界に入る。彼が帰ると、姉妹でため息1つだけ吐くのであった。
魔石ランタンをベッドの上に置いて、布団の上でシャーヌと向き合う。
「おやすみ、シャーリー。また明日。」
「うん。お姉ちゃん、おやすみなさい。絶対また明日も会おうね。」
ランタンを消せば、2人共、互いを抱きしめて瞼を閉じる。会えなかった時間を必死に取り戻すかのように。月が隠れると、漠然とした不安がシャーリーを襲うのだ。次、目を開いた時には姉は居ないかもしれないと。けれども、そんな不安は杞憂に終わる。カーテンの隙間から朝日が差し込み、シャーリーが目を擦ると、
「シャーリー、起きて。起きよう?」
「むー。」
肩を揺すられるのだ。大好きな声を耳に入れながら。眩しさを直視しないようにゆっくりと瞼を上げれば、大好きな姉が笑顔を向けている。彼女の頬に触れて体温を感じれば、こちらの頬が軽く抓られてしまう。
「ほーら。起きるよ。」
「はあーい。」
間抜けな声で返事をして、また平穏な日常が始まる。ピザトーストを3人分焼いて食べながらリファラルが淹れた珈琲を飲んで、店の外回りを掃除しながら近所の人に挨拶して。早朝の市場で、今日使う食材をリファラルと一緒に買いに行く。シャーヌはあまり遠くまでは歩けない為、店番をしてもらっている。シャーリーが今日こそはと手にしっかりと抱えるバスケットを、店の人と談笑しているリファラルがいとも簡単に掬って持っていってしまう。
「返して下さいよー。」
慌てるシャーリーを見て、目尻にシワを寄せる彼。ぷくっと頬を膨らませて抗議をしたが、彼には通用せず。今日も買い物の手伝いをさせてはもらえない。彼と一緒に歩いていると何となく顔馴染みを増やして、以前シャーリーが盗みを働いた店にはリファラルが頭を下げて代金を支払ってしまう。これは、給料から引かれずに彼の財布から出るだけだ。申し訳なさと有り難さが一気に押し寄せる。毎日店を出しているわけではない店主もリファラルの顔を見れば、お咎めせずに飲み込んでくれる。今後、彼の代わりに市場で食材を調達する日が来た時に、シャーリーが普通に買い物を済ませられるようにしてくれているのだ。
「シャーリーさん。さつまいもを買って帰りましょう。」
いつもの食材が積み上がっているバスケットとは別に、紙袋にさつまいもを入れていくリファラル。シャーリーに紙袋だけは渡されて、中を覗き込む。ぎゅうぎゅうに詰められた芋から土の香りが戻って来た。
「え。昨日、沢山食べたじゃないですか?」
「シャーヌさんと一緒にお菓子作りしましょう。」
彼が微笑むと、シャーリーも自然と笑みが溢れる。お菓子に必要な小麦粉や砂糖は店にある為、さつまいもだけを抱えて帰路についた。店の扉を開ければ、シャーヌが本を読んでいる。シャーリーが彼女の手を取って厨房へと誘えば、
「リファラルさん、妹を甘やかし過ぎては駄目ですよ。」
「甘やかしているわけではありません。充実した時間を過ごして欲しいだけですから。」
眉を下げる彼女と、楽しそうに微笑むリファラル。姉は『母』で、店主は『祖父』か何かか。そう思うと、シャーリーの頬はまた膨らんでいく。
「本日もハルド殿はいらっしゃるのでしょうから、夜に残るくらいの量を作りましょうね。」
「いや!食わせてやらない!」
本来ならば賛成するべきリファラルの言葉に、衝動的に拗ねたシャーリーの頬は、むにーっと『大好きな姉』に引っ張られたのであった。




