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47,少年は見舞いに行く

 昼休みにディオンと合流したソラとテルは、朝から欠席していたアギーの見舞いに医務室の扉を開いた。この時間は先生が不在となる為、テルが元気よく挨拶をしても返って来なかった。

「アギー君いるー?」

数あるベッドの中で1箇所だけカーテンで囲まれていて、テルは軽く声をかけながら、カーテンの切れ目から覗く。ベッドに鎖がかけてあり、その鎖は、真っ赤に目を充血させたアギーをベッドに貼り付けにしていた。

「あ、テルくンおはヨウ。」

その赤い目をギラつかせ、テルへ顔を傾ける。最後に会ったのは昨日の朝方。それから1日くらいしか経っていないが、アギーの頬は痩けて、深い隈が浮かび上がっている。笑顔が上手く作れないテルの頬をツーっと汗が伝わる。

「アギーさん、大丈夫ですか?」

「アギーさん…?」

ディオンに続いてソラも覗くと、アギーはニカッと歯を出して笑う。それはもうミイラでも見ているようだった。ディオンは瞬時に笑顔をシールのように貼り付けて、ソラを背中に隠すように前に出て、

「倒れたって聞いて心配したんですよ。」

と声をかけると、テルが機転を利かせて話に乗った。

「本当に!心配したよー!元気そうで良かったよ!」

「ごメんネ…心配かケてシマっテ。」

アギーの口から吐き出される言葉は、異常に抑揚が少なく聞き取りづらい。ディオンに一度隠されたソラは拳を握り、意を決して変わり果てたアギーと向き合いにいく。カーテンを少しだけ開け、光が入りすぎないように配慮する。

「アギーさん、今の調子はどうだ??」

「ンー、歌が、ウタガ、聴こエなくテ、気持チワルイかもシレナイ。」

ソラの質問に答えたときはまだ聞き取れたが、その次の瞬間には叫び出した。

「ウタ…ウタ、ウタウタウタ!ドコいっタの!?」

「落ち着いて!それは俺達にも分からない。けれど、アギー君にとっては大切なものなんだよね…?」

「アタマイタイ!!アアアアア!?」

できるだけ刺激しないように優しく話すテルの努力も虚しく、アギーは鎖で繋がれた身体で暴れ始める。テルはその姿を見て臆することなく、スボンのポケットから、小瓶を取り出して、

「少しだけ熱く感じるかもしれないけど、すぐ楽になるから我慢してね?」

小瓶の中に入っていた微量の紫色の粉を暴れるアギーの口の中に落とした。アギーは、その粉を口に含むとすぐに白目をひん剥き、全身が硬直する。ディオンが慌てて口をこじ開けようとしたところを、ソラがベッドとディオンの間に入りこみ阻止する。

「ソラまでどうしたのですか!?」

「いいから、見ててくれ。」

ソラに制止されながら、ディオンがアギーの様子を伺うと、硬直していた身体の力が少しずつ抜けていき、ひん剥いていた瞳も瞼の中に仕舞われて、静かな寝息が聞こえてきた。ディオンは何度も瞬きをする中、テルは目頭を押さえ、ソラは空いているベッドに腰掛けて頭を抱えた。

「テル、一体何をしたのですか?」

「これ、入眠剤になるんだよ。この色、見たことない?」

ディオンの目の前でテルが小瓶を振ると、紫色の粉は太陽の光を反射し、パチパチと火花を散らすような音を立てた。

「まさかと思いますが、魔女茸ですか?扱い方を誤ると火傷をするという。」

「そう、轟牙の森での余剰分を分けてもらって粉砕したの。ソラはこの粉自体は扱ったことあるけど、原料までは知らなかったみたい。」

テルは、粉が先程から小さく燃えている小瓶をポケットに戻して、ソラの隣に座ったが、ディオンはテルには続かず、生きる屍のようなアギーの寝顔を見て、

「…分かるように説明をお願いします、お2人とも。」

「今のアギーさんの症状は、正しく『魔石依存症』なんだ。不治の病と言われているため、暴れたら寝かせることが安全なんだ。」

ソラは片手で頭を押さえながら、隣に座るテルの背中を擦る。

「話には聞いたことありましたが、これが依存症なのですね。」

本物を目の当たりにすることはこれが初めてのディオンにとってはかなり衝撃が大きかった。貼り付けた笑顔を外し、目を伏せながらカーテンを引いた。テルの目からは徐々に涙が溢れ、瞼は赤く腫れぼったくなり、言葉に詰まりながらも説明を試みる。

「飲み食いもできないから、このまま衰弱死するのを待つだけになる。本当にこれを助かったって言うのかな…?」

「…。」

テルは、手の甲で溢れ出す涙を拭いながらしゃくりあげる。その中で、ソラもディオンも言葉が出なかった。暫く誰もが話せなくなり、予鈴の鐘が医務室まで響いてきた。

「…ひっく。も、もし…リティちゃんが以前、言ってた、ことが本当だったら。助けられるのかな…?」

「そうだ…、彼女は強い魔石があれば依存症も中毒症も治せるって言っていた。」

ソラはまだ泣き止まないテルの肩を抱き寄せて、持っていたハンカチで手で拭いきれない涙を拭き取る。

「…。」

魔石を手に入れることは容易ではないと知っているディオンは、下手に口に出せなかった。目の前で傷ついている2人の微かな希望から突き落とすほど酷いことは言いたくなかった。

「ああ、君達も来ていたのかい?」

ひょいと扉から顔を出したのはハルドだった。ボールが弾けるようにベッドの上から飛び出した2人は、ハルドの手を片手ずつ握り、同時に同じことを話す。握りしめた手からは、絶対に逃さないという強い意志を感じた。

「ハルド先生!強い魔石を手に入れるにはどうすればいいのですか!?」

「2人ともくっつきすぎだよ、少し離れて。『聖者』様がご到着になったから。」

ハルドの後ろから、ハルドよりも背の高い細身の男性がぬうっと前に出てくる。白いフードを深く被り、更には何かしらの紋章が前面に書き込まれている仮面を着けていて、素性が分かったものではなかった。ソラもテルもその存在が自分達の方へ仮面を向ければ、その場ですくみ上がる。少し離れたところに立っていたディオンは、スマートに左足を半歩後ろへ下げて、右手を胸に当て深く頭を下げる。

「では、聖者様。あちらのカーテンの中に救っていただきたい生徒がいます。何卒よろしくお願いします。」

「…。」

ハルドを振り返り、無言で頷けば、足を動かすことなく、床の上を浮遊する。独りでにカーテンが持ち上がり、彼がその中へと入っていくと、ハラリと降りてきたカーテンは彼らを隠してしまう。青ざめたテルが慌ててカーテンを捲りに行くと、

「うわあ!化け物!」

誰もが驚くほどのアギーの大きな悲鳴が医務室内に響いた。


 医務室での用事が終わり、5限目には調合室へ戻ってきたハルドは、いつもの席で2人分の珈琲を淹れる。フードを被っていた男性は、仮面と共に外し、適当な机で畳む。右目の下瞼にある泣きぼくろが印象的な男性、リグレスは淹れたての珈琲を立ったまま馳走になる。

「フフ、ハハハ…聖者様が化け物扱いされるとはね。」

腹を抱えて声を抑えながら笑うハルドに、リグレスは何も言わずに、まだ熱い珈琲を飲み干す。

「リグ、こんな早くに来てくれてありがとうね。助かったよ。最悪、リティに協力を仰ぐしかないとは思っていたからね。」

ハルドは、笑いすぎて涙が出てきて指で軽く拭った。コトンと、ハルドの前に空になったカップを置いたら、

「何も分からない彼女にさせるなら、私が来ますよ。まだこちらでの仕事も終わっておりませんし。」

では、と来たばかりだというのに踵を返すリグレスに、

「あ、いつも通り、これにサインをお願いするよ。」

ハルドの引き出しから、リグレスがリティアに贈った小説が出てくると、慣れた手つきで裏表紙に『スインキー』とサインを入れる。ハルドがその本を仕舞うのと入れ替えに、2枚の目撃情報の紙をリグレスに手渡した。リグレスは受け取り次第、記載された内容に目を通す。鬼、蝙蝠、頭、ルナの文字が飛び込んでくる。

「これは彼女の字ですね。既に巻き込んでいるんですね?」

「今回はリティが被害者ではないよ。偶然、彼女から情報をもらっただけ。」

ハルドが軽く顔を横に振ると、リグレスは興味を失せたように次の紙へ目を移す。

「もう1つは今回の件ですか。魔石は奪えましたか?」

調合室内を見渡すが、魔石らしき輝きは見当たらない為、珈琲を揺らすハルドに確認すれば、闘志に燃えた瞳を返される。

「残念ながら。恐らく本体は旧校舎にあるんだと思う。」

「では、引き続き討伐をお願いします。くれぐれも彼女を悲しませないように。」

頼みましたよ、と今度こそ調合室を後にした。


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