45,少年は語る
カルファスは皿に盛られた料理には手を付けず、1枚の紙を見せてきた。紙に白い蔦が何方向にも伸びていて、その蔦に見合わないほど大きい花弁をつけている。
「この植物を見たことはあるかい?」
カルファスからの問いに、テルが元気よく手を挙げる。
「あ、俺あります!森の中でよく歌っている花だ!」
「お、すごい、よく逃げられたね。通称、魂喰いセイレーンと言うんだよ。これが温室植物園に居るわけだけど、獲物をすぐには食べないんだ。少しずつ弱らせつつ、歌に誘われて他にも餌を持ってきてくれることを期待している、『魔獣』だよ。」
カルファスは、穏やかな表情で説明をしているが、それと反対にディオン達の表情は固くなった。ディオンが盛ってくれた料理を指さしながら、更に質問を重ねるカルファス。
「この目の前にあるご馳走を食べないで待つと、更にご馳走が増えるってどういうことだろうね…?」
「歌声に惹かれた奴が他の人間を引き連れてくるってことですか?」
今度はソラが、恐る恐る答えると、カルファスはニコッと笑いながらサラッと怖い発言をする。
「そう。それで旅商人の一族を滅ぼしたりするわけだ。昔は結構な被害になったようだよ。」
「…何でそんなもんがこの学校に。」
ソラは膝上で握り拳を作り、テルは瞳が揺れたが、ディオンは真剣な眼差しで説明を咀嚼していた。
「ここはそういう学校なんだよ。一昔前までは生徒が行方不明になることも多かったと言われている。」
1つの皿にそれなりの数を盛られているサイコロステーキの1つにフォークを刺して、そのフォークを立てながら、目の前の3人に見えるよう軽く動かして、
「魔獣を倒せない魔術士なんて、不要だからね。」
パクンと口に入れた。それからカルファスは、3人に促す。
「さあ、皆もお食べよ。折角のご馳走が冷めてしまうよ。」
「い、頂きます…」
ディオンの料理を楽しみにしていたテルは、たった今生徒に見立てられていたサイコロステーキを口に運ぶ。味を感じるのに美味しいと思えなかった。ソラは口に運ぶことすらも躊躇してフォークを手に持てない。
「2人とも!このディオンが作った料理に人肉は使われていません!それに今までがそうであったとしても、これからがそうであるとは限らないのです。セイリン様と共にこの学校の生徒をお護り致します!」
ディオンはフォークを持つ前に、明らかに動揺している2人の顔を覗き込みながら、力強く言い切ると、ソラの瞳に微かに光が灯る。
「ディオン…」
「ディッ君かっこいい!!弟子にしてええ!!」
「あああ…テル、くっつかないでください!まだ完治していないので、貴方の馬鹿力で折れるかもしれない!」
獣が飛びつくようにテルがディオンの首にしがみつき、ディオンが悲鳴のような声で対応する。それでも頬擦りまでするテルはとても良い笑顔だ。彼らの表情の変化を目の当たりにしたカルファスは、顔を綻ばせる。
「…あはは。仲が良いのは良い事だね。そう、ディオン殿の言う通り、これからも捕食されるとは限らない。王国団がそうならないように動いているんだ。」
「王国団が…?」
ディオンは、テルの顔を手のひらでぐぐっと退けながら聞き直す。カルファスはニコニコと口元は笑っているが、目は真剣そのもので話す。
「そう。いずれ分かるよ。既に数人、教師として紛れ込んでいるし。これからもここに配属になるらしい。」
「王国団がそのように動くということは、この学校は相当酷いんですね。」
顔を退けられたテルは、明らかにしょぼくれているが、ディオンは気にせずにカルファスと会話している。
「そういうこと。では、そろそろ話を戻そうか。君達の学友が倒れていたのは、放課後の植物園の中だ。」
更に一口と唐揚げを口に運びながら、語り始めた。
次回の授業まだに魔法植物からの成分抽出実験で使用する植物を持ってくるようにと、授業終了後に配られた手紙に書いてあり、カルファスは、放課後に組の異なるマドン、セセリと共に植物園に向かう。大雨の中、背の高いマドンは傘を差してカルファスが濡れないように気を使っていた。
「先生の意図からすれば、恐らく休日に森に採取しに行くようにということではありませんか?」
雨の中でも声が届くくらいの音量でマドンはカルファスの方に身体を傾けながら話す。
「マドン、そんなことに時間を要するほど暇ではないんだよ。さっさと終わらせるに越したことはない。」
「大変失礼いたしました。」
傾けている身体で更に頭を下げるマドン。雨で滑りやすくなっている階段の手すりをセセリが先にタオルで拭いてくれたその後ろで使いながら、降りていく。泥濘んでいるグランドの水分をマドンとセセリが魔術で数秒間干上がらせ、カルファスはその乾いた地面を歩いて植物園の扉をくぐった。もともとあまり生徒が立ち入らない施設ではあるが、研究用の魔法植物は管理が行き届いていて、観賞用の庭園でも見ているかのように美しく咲いていた。
「魔術での成分抽出に使えそうなくらい大人しい植物でも探そうか。」
植物達を見比べながら、奥へと進む。セセリが適当な花を切り分けるために小型ナイフを取り出して、棘がなさそうな茎に手を伸ばした。
「カルファス様、みながマンドレイクのようには叫びませんので、あまり気にさらなくても…。」
そう言うセセリの手を軽く掴み、カルファスが首を横に振ると、慌てて植物から手を離す。
「セセリ、ただ叫ぶだけが能じゃない。切り落としてから数時間で猛烈に異臭を漂わせる植物もいるんだよ、しっかり選別しないと。」
「勉強不足で申し訳ございません。」
とセセリが頭を下げる。アレがいいと指差して教えたところ、
バタン
何か大きなものが倒れる音がした。スティックを構えたマドンが誰よりも早く音が聞こえた奥へと急ぐ。カルファスもセセリもスティックをポケットから取り出して、慎重に音の原因へ近づいた。
「少年、大丈夫か!?」
マドンが倒れている桃色の髪の男子生徒の肩を揺らすが反応がないため、身体を横向きにして気道の確保をさせる。先に行ったマドンに歩み寄りながら辺りを警戒するが、他に誰も居る気配もなく、セセリは念の為と植物園の見回りをするためにカルファスの傍を離れた。
「マドン、その子はどんな状態だい?」
「とても脈が遅くて…衰弱しているような…。」
異常なほどに顔が白いんですと、説明してくれる。カルファスも男子生徒の顔を確認するために屈むと、彼の額に、ある魔獣のマーキングが施されている。すぐさま声を張り上げて指示を飛ばす。
「セセリ!すぐ戻って!魂喰いセイレーンにやられている!マドン、彼の体が動かないように押さえて!」
「はっ!今すぐ!」
マドンは馬乗りになり、大きな左手で彼の両手を掴み、スティックを右手で構え、眼球を大きく動かして敵を探す。走って帰ってきたセセリが別の道から合流しようとした瞬間、その道の上に人の人差し指程度の太さの白い蔦が落ちてきた。
「セセリ!それをまたいではいけない!足に絡まれて空中に投げ出される!」
「承知いたしました!」
セセリの前に出る筈だった足は、蔦に絡まれないよう数歩後ろへ下がって、スティックで落ちてきた蔦に向けて魔術陣を描き始める。
「すぐ蔦を燃やしますので、カルファス様の見える範囲に本体がありましたら、マドン頼みましたよ!」
スティックの先端からブワッと炎の雨が発動して、蔦を燃え上がらせた。蔦は導火線のように燃えて、花壇の中へと火を誘う。他の蔦がタコのように動き始めると、意識のない男子生徒の身体が独りでに立ち上がろうとするが、既にマドンが乗っているため、その場でジタバタするだけとなった。
「あそこだ!マドンから見て10時の方向!」
「承知いたしました!」
カルファスが指差す先に、人間を1人飲み込めるほどに大きい花弁を持つ花が顔を上げて、カルファスに向かって投擲のように伸びてきた。カルファスとマドンは、ほぼ同時に魔術陣で炎の槍を投げ、セセリも、他の蔦に向けて火の粉を降らす。魔獣の口内を炎の槍が焼き尽くし、悶え苦しみながら炭と化した。四方八方と伸びていた蔦も燃え、地面に残骸がバラバラと落ちていく。カルファスは、バッとマドンを振り返る。
「少年は息をしているかい!?」
「はい、今回は助かったようです!」
良かったと、胸を撫で下ろした。退治後はセセリが男子生徒を背負い、医務室まで運んだのだった。




