400,【IF】聖女として生きていたら。
祝!!400話!今回はリティアのIF話を書かせて頂きました!しかし内容が明るくはないので、それだけよろしくお願いします…。
明日からは本編に戻ります。気が向いたらまたIF話を書くつもりです。
6歳のお披露目会を無事に終えてからは、親元を離れて大聖堂の中で暮らして1年目を迎えていた。今朝も『お務め』を終えて、礼拝堂から居住棟へと戻る。ここからは家庭教師とマンツーマンレッスンが待っているのだ。早く終わらせて、兄代わりの『あの人』に甘えたい。行き交う人々から挨拶をされれば、リティアも求めに応じて足を止める。こうしている度にレッスンの時間がズレ込み、会える時間が減ってしまう。やっと部屋に辿り着いた時には、裕に1時間経過していた。涙目でレッスンを受け、王国魔法士団での『仕事』を終えた『あの人』に会いに礼拝堂へ急いだ。同じ白銀の髪を持つ彼は、ハーフアップの兄よりも短髪の男性だ。次の仕事までの休憩時間は、ここで静かに座って本を読んでいるのが彼だ。
「リーキーお兄様っ!」
彼の隣に座ろうと長椅子によじ登ると、彼の逞しい腕がリティアの小さな身体を抱き上げてくれた。そのまま膝に乗せてもらう。わくわくして顔を見上げると、いつもと雰囲気が異なる彼に目を奪われる。
「リティ、今日も元気そうで何よりです。」
「それよりも、お兄様のお目々が真っ赤です。どうしました?」
いつも通り微笑む彼を見上げながら、リティアはふるふると顔を小さく横に振った。彼の手がリティアの目を覆い、
「君には隠す事が本当に難しい…。私の親友が任務中に命を落としましてね。午後はここで葬儀を執り行う事になります。」
「…泣いて良いんですよ!お兄様、辛いの我慢しては駄目です…」
その震えた手に触れた途端、リティアがしゃくり泣き、彼が優しく抱き締めてくれる。その身体は震え、リティアの髪を大粒の雫が湿らせるのだった。彼が落ち着きを取り戻した後は、共に王国団の葬儀に立ち会って顔を失った魔法士の棺に花を添える。焦げ茶の短い髪が目の穴にかかっていたので、指で退けてあげた。リーキーが傍に来て、
「ハルドの事を気にかけてくれてありがとうございます。」
潜められた声は震えている。彼に連れられて『聖女』の席に戻ると、精霊を自分に集めて棺の中に眠る人の身体を燃やして、天へと戻した。
夕方に差し掛かる頃に大聖堂の中庭を散歩していると、今日もまた泣いている少年が居た。ライム色の髪が印象的な少年で、リティアは屈んで声をかけた。
「ダイロさん。お手隙でしたら、私の護衛をお願いしても宜しいでしょうか?」
「…聖女様、喜んで。」
彼は袖口で乱暴に涙を拭ってから、リティアの隣を歩く。庭師が手入れした中庭には稀に野生の花が紛れ込んでいて、リティアはその新芽を探したり、咲き誇った花を探す事が大好きだ。ダイロも一緒になって探してくれる。リティアが蹴躓くと彼の細い腕が支えてくれて、彼が思考の沼に落ちるとリティアが肩を叩いて幼い笑顔を見せる。ダイロは何度も、
「こんな屑に微笑んで下さり、ありがとうございます。」
そう呟いていた。リティアがベンチに座ると、彼も隣に座って2人で手遊びをして遊ぶ。
「何故、聖女様はそんなに気にかけて下さるのですか?」
「私は、ダイロさんと遊びたいんです!」
彼からの不思議な質問に素直に答えると、
「自分、民を自殺に追い込んだ事が数え切れない程、多くあるんですよ。あ、聖女様に出会ってからは、やってません!」
「うーんと、ダイロさんが自分のした事を悪いと思っているんでしたら、その悪い事よりもいっぱいの良い事を頑張れば良いと思うんです。私は、ダイロさんが遊びに来てくれて嬉しいんです。ここには同じくらいの年の子が居ないから…。」
ダイロがまた泣き始めて、リティアは困り果ててしまう。リティアからしたら、唯一の友達だ。できれば笑顔にしてあげたい。
「…貶してくる大人の為に何かをしてやるのは嫌ですが、聖女様の為ならばいつでも駆けつけます。」
「わあ!ありがとうございます!」
涙を溢しながらも真剣な眼差しを向ける彼に、最大級のお礼を言う。そのマメだらけの手をぎゅっと握った。どっぽんとお陽さまが海に落ちるまでには、彼の手を握りながら居住棟に戻ってきた。聖職者しか入れない建物の前で手を振って別れると、珍しい人が扉から出てきた。リティアは、しっかりと頭を下げて挨拶をする。
「リダクト叔父様、こんばんは!」
「ええ、こんばんは。この後の聖女の予定は、夕餉でしょうか?」
リーキーの父親であるリダクトが、沢山の本を腕に抱えていたので、少し手伝おうかと手を伸ばす。しかし彼は軽く手を振って、リティアの横を通り過ぎてから振り返る。
「はい!ご飯は、具沢山の野菜スープと聞いてます!」
「そうですか。それではお食事が終わりましたら、礼拝堂にいらして下さい。お見せしたい物がございます。」
リティアは好物の野菜スープを思い浮かべると心が踊り出して、今の気持ちをジャンプして表現すると、リダクトの表情が穏やかになった。
「分かりました!早めに食べてきますね!」
「死に急ぐ必要はありませんよ。」
食事も楽しみだが、リダクトから見せてもらえる物も気になって仕方なくなる。スキップしたくなる足を抑えて笑顔を向けると、彼の口角が引き上がった。
「どーいう意味ですか?」
「いえ、何でも。また後でお会いしましょう。」
理由が分からずにリティアは首を傾げるが、彼はリティアが追いつけないくらいの速さで何処かへ行ってしまった。1人ポツンと残されて、消化しきれないモヤモヤを腹に抱えながら、部屋へ帰って行った。
日が昇る前から大聖堂が慌ただしくなる。魔法士団を中心に魔術士団、騎士団が集合した礼拝堂には、幼い子どもの死体が天井に張り付いていた。
「リティ!リティ!俺の可愛いリティ!目を!目を開けて!」
魔法士団一番隊隊員リルドが泣き叫びながら浮遊して、その死体を天井から引き剥がす。隊長リーキーに指示をされて、彼女を魔法士団長であるリデッキに引き渡すと、
「…あれ程、身内を信用するなと教えておいたのに。」
リデッキは唇を噛んだ。あまりの騒ぎにダイロも屋敷から駆け付けていて、彼女の亡骸を目の当たりにする。ダイロは居ても立っても居られなくなり、
「これだから大人は信用ならねーんだよ!!聖女様が何をしたんだよ!!ふざけんなよ!」
「ダイロ!この出来損ないの馬鹿息子!出てけ!」
怒鳴り散らすと、騎士団長である父親に罵声を浴びさせられる。ダイロはもう我慢がならない。
「お前のせいで!俺は出来損ないなんだろ!お前が!邪魔で殺した人間を俺に責任押し付けたから!今こうなってんだよ!俺が死ねと命令したのは、狩人のオヤジだけだ!その後からいくつも押し付けてきやがって!」
「黙れ!人殺しを厭わない神経を持つ貴様なんぞ居なければ良かったのだ!」
ダイロが父親を殴ろうと駆け出し、父親も剣を引き抜いてこちらに歩み始めると、
「愛娘を失った私の前で、そのような罵り合いをやるのですか…?」
リデッキの牽制するような低い声が、礼拝堂内で反響した。
「うっ…。申し訳ない。」
「リルド、リーキー。葬儀の準備を。」
父親が慌てて謝罪をするが、リデッキはもう父親に一瞥すらしない。その代わり、聖者と息子に指示を出して、他の魔法士達が空の棺を何もなかった空間に出現させた。リデッキが棺に彼女を寝かせると、誰もが棺に向かって黙祷し始める。それは、ダイロもだ。これから彼女の騎士としてとダイロが意気込んでいた時に起きた悲劇は、これで終わらなかった。嗚咽していたリルドが突然吐血し、その場に倒れ込む。リーキーが彼に駆け寄ると、目が潰れる程の光が礼拝堂内を埋め尽くし、目を開けるようになった時には…
礼拝堂は消え去り、棺を大切そうに抱えた巨大な白い龍が大空へと飛び立つ。棺があった位置には魔法士達の肉塊が転がっていた。