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4,少年は笑みを振りまく

 セイリンに言われた通りにするほど、従順ではない。6:50には、女子寮の扉の前で待機する。彼女は大体先が読めるほど、きっちりと同じ生活リズムで行動する。一見見ただけでは、大胆、大雑把などの先入観に囚われやすいことは同意できる。しかし、実際は大がつくほどの真面目で、慎重なお方だ。勿論、それを知っているのは自分だけで良いとも思っている。必ず6:30には朝食を取るだろうし、身支度をする時間は20分である。貴族でありながら、自分で自分のことを出来る人は少ないため、日々頑張っておられると感心している。

「次に会うのは昼休みと伝えたはずだけど?」

「おはようございます、セイリン様、リティアさん。ささ、向かいましょうか。」

「お、おはようございます…」

セイリンから挨拶は返って来なかったが、おどおどとリティアが挨拶してくれた。挨拶をする前から微笑んでいるディオンは、2人より半歩先をリードするように歩く。いつもならば、一般的な女性より歩く速度が早いセイリンは、隣のリティアの速度に合わせていて、ディオンもそれに合わせるように歩く。

「今日の2組は、採取における注意事項と、魔術採取のやり方の講義が1,2限続けてあるみたいです。6組は、1限は魔術の扱い方の座学、2限は魔術の基本的な発動実習でしたね。どちらのクラスも3限から6限までは、一般教養科目のようです。7限は、遠隔魔術による全クラス一斉講義と記載がありました。」

教室に向かいながら、流れるように予定の確認をしていくディオン。コクコクっといちいち小さく頷くのはセイリンではなく、リティア。ムスッとしているセイリンに微笑み、その後リティアにも笑みを向けると、ギョッと目を大きく開いている。取って食べたりしないのだけれども…と苦笑してしまう。

「おはよー!昨日はありがとう!そこのイケメン君!」

ドタバタと階段を駆け上ってきたのは、昨日の放課後に小貴族に迫られていた瓜二つの2人の男子。昨日顔を合わせなかったテルさんはフレンドリーな人間なのか…と観察しつつ、平等に笑みを作り、

「おはようございます。また絡まれないようお気をつけくださいね。」

自然な受け答えをする。元気ハツラツな男子の後ろからは、肩で息をしているもう片割れ。昇りきって、膝に手を当てながらも、自分を見つけて深くお辞儀をされた。

「テルがすみません。ご貴族様になんて態度取っているんだ。」

ソラが、テルの背中を力強く叩くが、テルの体はびくともしない。

「…。私は一向にかまわない。よければ、笑顔を貼り付けたこの従者と仲良くでもやってくれると良い。」

セイリンは、昨日の昼休みを思い出してやり返す。

「良いっすよ!よろしくなー!俺、テル!落ちこぼれ確定な感じなんだ!」

太陽が迫ってくる。ディオンの荷物を持っていない手を両手で握り、ブンブンと大きく上下に振られる。少し驚きはしたが、笑顔は描かれたまま。

「私はディオンと申します。これからよろしくお願い致します。しかし、入学早々から落ちこぼれ確定とは一体…?」

「ほら!馬鹿は一生直らないから!」

自分は馬鹿である。にぃぃと大きく口角を上げながら、そう断言した。

「重ね重ねすみません。ほら教室入るぞ。」

ソラは深くため息をつき、テルの左耳をグイッと引っ張り、そのまま教室の扉を開ける。痛いー!痛いー!と叫ぶ声が扉の向こうに言ってからも廊下側にも届いた。セイリンは、彼らを見送りクスッと笑った。

「あれを等式にしてしまうのは如何なものかと思うけど、あそこまで元気に断言されると呆気にとられるものね。」

「なかなか個性的なお方で驚きました。彼らの件を報告した記憶はございませんが、驚かれないのですね。」

「終始やり取りは教室まで聞こえていた。」

ディオンの肩くらいまで手を上げ、2回だけ横に振る。2人の隣からグスンと声が聞こえてきて、同時にカッと目を見開いた。

「リティア、どうした?」

目を擦るリティアを、昨日のように引き寄せる。

「…出来損ないも一生そのままです。」

ブラウスに染み込まない雫は、1粒、2粒と落ちていく。2人のやり取りを見ていたディオンは、ゆっくり瞬きをしてから、リティアの前に片膝をついた。見上げる形となり、下を向いているリティアと目を合わせて、優しく微笑む。

「リティアさん、それは悲しい誤解ですよ。そのように称される人間なんていないのですから。貴女はその言葉に囚われてしまっているのです。」

「ふざけんな。」

「セイリン様…?」

慰めようとしているところに、怒りをあらわにしているお嬢様。何故なのか。ディオンは、リティアより上に顔のあるセイリンを見上げ終わるより早く、セイリンが両手でリティアの顔を荒々しく掴み、無理やり目を合わさせる。

「この学校まで来られる輩が、卑下するんじゃない!通えるだけ恵まれていて、学がある!欲しくても手に入らない奴は大勢いるんだ!何もやる前から喚くな!やるだけやって、それでも駄目なら喚き散らせ!」

こんなにも至近距離で、セイリンが怒鳴った。何事かと、あとから登校してくる生徒達がこちらを注目して立ち止まったり、横目に見ながら足を進める。ディオンは静かにその場で立ち上がり、興味を示している生徒と目を合わせるように微笑むと、皆が皆慌てふためいてこの場から立ち去る。

「…っ!」

涙の洪水を起こしているリティアが、セイリンの瞳をしかと捉える。グリグリっと、下斜め前に顔を動かし、両手の拘束から自由になった瞬間、膝を深く曲げ、体を思いっきり反らせてバネのように跳ねあがりながら体をひねって、全力で2組の教室へ走っていく。リティアの顔があったセイリンの両手の隙間は風が抜ける。セイリンとディオンは、何度も互いの目で確認し、

「リティアさん…身体の使い方お上手ですね。」

「ディオン、違うそうじゃない。」

ディオンの心からの感想に、ひたすら顔を横に振るセイリンがいた。


 昼休み。出会って数日で今朝のあれはきつかった。噴水のベンチに腰掛け、リティアに借りた本を読み進める。精霊人形…特殊な土で形作り、焼き物の要領で窯に入れる。そうすると意志を持って動くんだとかどうとか。そう記載されている。この本をどう返そう、二度と口聞いてもらえないかもしれない、などと読書の途中でも思考が遮られる。まだ半分も読み終わっていない本に栞を挟んで閉じてしまった。はぁーと大きな溜息をつき、従者を待つ。

「お嬢様お待たせしました。リティアさんには断られてしまいました。」

「すまない。私のせいで。」

「お嬢様は悪くありませんよ。勿論、リティアさんも。考え方の相違ですし、お嬢様も通った道ではありませんか。」

セイリンの横に座り、籠の蓋を取り外す。きれいに敷き詰められたサンドイッチの具がカラフルだ。セイリンは、迷わずスライストマトとレタスの入ったサンドイッチに手を伸ばした。

「…だからこそ、なんだろうな。昔の自分見ているようで腹が立ってしまった。」

「リティアさんは、お嬢様みたいな考え方にはなれないかもしれません。けれど、お嬢様が引っ張り上げることは出来るかもしれませんね。」

ディオンもハムとチーズのサンドイッチを手に持ち、微笑みかける。

「まずは、どう話しかけるかが問題だ。嫌われてしまったのだから。」

「嫌われたかどうかわからないのでは?」

「猛獣に睨まれて怖かっただろうに…。」

怒ったのは、お嬢様本人ではありませんか!!とツッコミを入れたくはなったが、ここは耐え、眉を下げ力なく笑む。セイリンの食事速度が通常より早く、ディオンのお昼分がなくなるのではと危ぶまれた。

「ディオン、とりあえず変な虫がつかないようにだけはしておけ。」

「お嬢様は、リティアさんの保護者とか婚約者でしたか?」

「あ"?」

何言ってるんだと凄まれたが、これに関してはニコニコニコと笑顔対応。

「お嬢様の良き学友の身の安全はしかとお守りいたします。」

「頼むぞ。」

そう言うと、最後のサンドイッチもセイリンが食した。


 6限が終わり、7限目までの休憩時間。カーテンの間から溢れる夕日が、血のように赤い。教師が7限の遠隔魔術に使用する魔術陣が描かれた木板の上に白濁した親指サイズの魔石を乗せている。まだ見慣れない光景に多くの生徒達は、席を立たなくても首を伸ばし凝視していた。リティアから見れば、教室の中を浮遊している色とりどりの『精霊』が魔石に吸い込まれている。これは魔法士の間でも、魔石が力を吸収している為であるという共通認識だ。朝から泣き疲れ、眼精疲労が溜まった状態では、精霊の大移動は目への暴力でしかなかった。ぎゅっと目を閉じては数秒経ってから開き、精霊の動きが落ち着くのを待つ。1,2,3,4と頭の中で数え、もう一度目を開くと、黄色い精霊が目の前まで迫ってきていた。ぎょっとしていると、精霊がしきりにバッグの中に入っては出てを繰り返す。

「開けてってこと?」

隣の席に聞こえないよう出来るだけ小声で呟く。ヒョイッと抱えて開けてみせる。数冊の教科書と茶色の無地のノート、隙間に白い水筒と昼休みに食べ残したクッキーとパンが袋に包まれている。その袋の上で跳ねるような仕草で精霊が浮遊する。小さな手で袋を机の上に置くと、一緒についてきた黄色い精霊が、通路側のディオンに一直線で飛んでいく。リティアがぱちぱちと瞬きをすると、目の前まで飛び込んできて、またディオンの方へ。

「ディオンさんに食べ物あげてってこと?」

リティアの質問に答えるようにディオンの机で跳ねる。あまり関わりたくないのだけど…と思いながらも、席から立ち上がり、彼の元へ。

「リティアさん、先程からどうしたのです?ちらちら見られていたようですが…。」

ふわっと微笑んでくる。表情の柔らかさとは反対に、袖から見える腕は引き締まって見えた。

「これ、クッキーと…パン。良かったら食べて下さい。」

精霊にぶつからないよう机の端っこにちょこんと置く。精霊は透明なので触れることも出来ないのだけども。

「え、良いのですか…?」

はい。と頷く。若干、ディオンの瞳が輝いているように見えた。ぐぅ~とお腹の音が聞こえる。おやっと小首を傾げると、彼の頬が赤く染まっていた。

「あ、あの。有り難く頂戴致します。」

頬を染めたまま、リティアとしっかり目を合わす、はにかみながら。次に赤くなるのはリティアの方だ。耳まで熱くなるのを感じる。

「〜っ!」

耐えきれず、バタバタと席に戻るのだった。

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