390,少女は胸に手を当てる
祝!390話!リティアが無表情のままで歩き回っているのと、リンノと同じで不機嫌に取られかねないなと思いつつ…仮面で隠して頂きましょう(笑)
400話らへんで、if話を挟みたいなと思ってます!
黙り込んだセドロンは、ソファへともう一度腰を下ろす。それを見てからセイリンも座ると、スズランが膝に手を乗せて見上げてきた。彼女の可愛い頭を撫でて、
「お父様、民を喰らう魔獣という存在は許すべきではない存在であります。けれど、スズランのように私達と共に生きようとする魔獣いるという事を、このお2人の先生方から教わりました。」
「…そうか。マルタの町で生徒が魔獣を連れていたと聞いた時、真っ先にお前ではないかと考えていたよ。昔から魔獣を引き連れているお前だからな。」
彼へと向き合えば、額に手を当てて息を吐き出すセドロン。この面会で父親の評価が暴落している事ぐらい、セイリンも理解できる。普通の親ならば、目の前で魔獣を撫でる娘を見て、その口を閉じたくはなるだろう。
「多眼鼠の件でしたら、ついこの間まで魔獣である事を知りませんでした。ただ言えるのは、ラド先生が忍耐強く教えて下さらなければ、きっとこうやってスズランと過ごせておりません。」
キキョウはモルモットだと信じていたセイリンとしては、キキョウとスズランでは違うのだと父親に伝えたかったが、
「この体育教師に、良いように洗脳されたのか。」
この吐き捨てた一言で、セイリンは彼が親として娘を理解する努力を辞めた事と判断した。であれば、
「いえ、己の中にある先入観や偏見と向き合う機会を頂いただけでございます。私の女友達も、私と異なる魔獣への考えを持っておりました。彼女の言葉もまた私の糧となりました。」
真っ向からぶつかってやる。口喧嘩に発展しても、意見を引っ込める気はない。己の胸に片手を当てて、この考え方に胸を張って言葉を紡ぐセイリン。父親から、汚物でも見るかのような軽蔑の瞳を垣間見る。
「お前に同性の友人なんぞ、珍しい事もあるものだな。くれぐれも、その娘とスキャンダルを作るのではないぞ。」
「不祥事が起きる関係ではございません。そろそろ、娘へのその偏見を是正なさったら如何ですか?」
故意に話を逸らした父親を睨みつけた。この口から魔獣についてなんて、聞きたくもないという事だろう。
「…」
教師2人を残して、睨み合う親子。スズランがキュウキュウと鳴けば、セイリンは頭を撫でるがこの目は父親から離さない。
「セイリン君。」
「あ、はい!ラド先生、如何致しましたか?」
仮面を被った柔らかな声のラドを、セイリンは目を輝かせながら見上げた。今セイリンに向けられたものは、ハルドから制止されるでもなく、ラドからの厳しい眼差しでもない。この状況打破に期待が膨らむと、
「戦いに身を置く者なれば、その正しさは勝ってこそ意味を持つ。」
ラドの爆弾発言に、セイリンの血の気が引く。父親と決闘しろと!?スズランに添えた手に汗を握ると、
「冬季闘技大会への推薦状をどうぞ。サンニィール家のあの方が貴女に推薦状を贈ったとの事で、炎の魔法士貴族フレイ家も期待を寄せているそうですよ。」
彼がずっと握っていた茶封筒から、サインと金箔混じりと印が押された推薦状が出てきた。セドロンに見せつけるように、彼の横を通してセイリンに手渡してくる。
「ありがとうございます!!お会いした事もない一族から推薦状を頂けるだなんて、夢のようです!」
あまりの嬉しさに受け取ってすぐにスズランにもハルドにも見せてしまう。スズランは不思議そうに首を傾げ、ハルドはニコニコと笑顔で「良かったね。」と共感してくれた。これで、ハルドの方からも推薦状が更に頂けるのか。何としても結果を残さねば!
「ど、どういう事だ?」
「目の前で繰り広げられたやり取りの通りです。セイリン君は、闘技大会に出場する為の推薦状を得たのです。」
怪訝な表情を浮かべるセドロンを愉快そうに笑うハルドは、セイリンの頭を優しく撫でた。これは、相手に言わせる前にこちらから宣言しなくてはいけない。スズランを隣に下ろして、セイリンは立ち上がる。
「お父様!私は、私の生き方に誤りなんてないと証明してみせます!ですからどうか、決勝戦の日は闘技場へお越し下さい!」
「…娘がどんどんおかしくなっていくな。」
声高らかに主張した思いは虚しく、セドロンにため息を吐かせた。拳を握りたくなる衝動を抑え、綺麗な推薦状を死守する。するとハルドも立ち上がり、セイリンに微笑んでから、
「おかしくなんてありませんよ。茨の道を己が為、そして後続する者の為に強く突き進む騎士ではありませんか。」
セドロンを見下ろす。その眼差しには圧力を感じて、セイリンの背筋が自然と正されただけでなく、セドロンの肩に力が入った。
「貴様に私の娘の何が分かる!」
テーブルを殴ってハルドを睨むセドロン。捲し立てようとする父親を止めるのは、娘である自分の役目だ。だから、
「それこそ、お父様は私の何も見ていないではありませんか!私は、子どもを産む道具ではありません!民を守る騎士になるのですから!」
入学前にも口論となった己の志を再び、この口から勢いに任せて放つ。セドロンの歯軋りの音を聞いても怖気づかない。今の自分は、負ける気も折れる気もない。偏見という凶器を仕舞うのは父親であるべきだ。教師の前で繰り広げる親子喧嘩の中、何かが足元に落ちた気がするが、見ている暇はない。
「そんな出来もしない事を喚くな!ルーシェ家の名に泥を塗るつもりか!」
「ルーシェ家を陥れる事は、何もやっておりません!」
セドロンが怒鳴りつけて押さえ込もうとしたところで、セイリンは更に声を荒げてやる。ハルドの微笑みがこちらへ再び向き、セイリンは勇気づけられていた。
「女が男に力で勝る事は、有り得んのだ!こんな戦える者もいない学校に在学して、強くなれるとでも本気で考えているのか!一人娘でありながら、恥晒しとなるか!」
「お言葉ですが、セイリン君はとても素質があるのですよ。こちらとしても教え甲斐があります。」
セイリンに手を上げようとしたセドロンの腕を叩き落としたのは、ラドだった。貴族相手に、この2人はあまりにも無礼過ぎるが、
「ラド先生!!では、今すぐにでもご教授をお願い致します!」
ここから今すぐにでも飛び出して、こちらを評価してくれたラドに鍛えてもらいたい。セイリンが頭を下げると、
「あっははは!ラドが君の親御さんを蹴り飛ばす姿を見たいなら、すぐいけるんじゃない?」
「…はい?」
失礼を通り越した売り言葉をハルドが笑いながら言い放ち、セイリンは困惑する。ハルドの視線がラドへと向けられ、セイリンも釣られて見てしまった。ラドは、最早セドロンを冷たい瞳で見下ろしていて、
「私達は、魔獣退治を生業にしていた者。目の前に腕に自信がある者が居られるのであれば、一戦願いたいものです。」
ハルドが直接的に喧嘩を売ってからの、更なる挑発を重ねる。ここまでくると、セイリンの件で既にヒートアップしていたセドロンの鼻息が荒くなり、顔まで赤く湯気が上がっているかのようだ。セドロンは剣を握ると、
「どんな経歴を持っている教師だとしても、現職騎士が蹴り飛ばされるものか!良い機会だ!セイリンを下らない夢から醒ますためにも、お前ら纏めて相手してやる!」
ハルドの首に鞘ごと向けて宣戦布告をした。それに合わせてラドが扉を開き、
「ラドがお相手しますから、外に出ましょうか。」
大らかに笑みを浮かべるハルドに良いようにセドロンは応接室から追い出された。セイリンに何の用事があったのかは、全く分からない。夏季休暇の終わり際に出した、町の警備の依頼についてであれば聞きたかったのだが、あの調子では難しいだろう。セイリンはスズランを抱き上げると、ラドに促されるままに部屋から出ようと足を進める。
「推薦状は、こちらで預かっておくぞ。」
ラドの一言で、己の手から落としたらしい大切な推薦状の存在に気がついたのだった。