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39,少年は不審がる

 今日の放課後は、ディオンが怪我をしていたらしく、女子2人がディオンを引っ張る形で薬を貰いに行ったから、グラウンドのトラックを走っているのは、ソラとテルだけだった。いつも通り、ソラは周回遅れになるが、それでも諦めずに走っていた。7時間目終了の鐘が、グラウンドまで聞こえてくる。テルがそれを合図に、走ることをやめて歩きながら、まだ走っているソラに声をかける。

「ソラはまだ走るの?」

「ああ、メンバーの中で1番出来ないからな。テルは先に帰っていていいぞ。」

テルは分かったーと軽く手を振って、グラウンドの長い階段を昇っていく。そのテルを見送ると、ソラはもう少しとトラックを走ることを再開した。運動嫌いだった入学前よりは身体が動かせるようになったのは、毎日放課後からの走り込み練習のおかげだろう。夕食時間の最後くらいに滑り込めれば大丈夫だろうと思いながら、夕日が沈み続ける中で足を動かしていた。

「ソラ君お疲れ様ー!」

それなりに汗ばんで走っていたら、グラウンドの向こう側、確かに温室植物園だかなんだかの奥からアギーが手を振って近づいてくる。走りながらアギーの方へ向かって、ソラが声を張り上げないで良いくらいまで近づく。

「アギーもお疲れ様。何で向こうから出てくるんだ?授業でもまだ使っていないのに。」

「そ、その。最近、はまってて。」

もじもじとするアギーは、何だか歯切れが悪い。テルの会話テンポに慣れているソラは、怪訝そうな顔になる。

「何に?」

「植物園の魔法花の中に、歌う品種があるみたいで。その…」

「その」の後が続かない。この後の話しが読めないソラは、ここまでの感想を伝えることにした。

「…不気味だな。まるで」

「不気味じゃないよ!ソラ君も聞いたら分かるよ!」

突然声を荒げたアギーは、プンプンとご立腹で階段を上がる。ソラは、ただ感想を述べただけで怒ることもないだろうよ、と思いながらその去っていく背中を見ていると、アギーは何だかふらふらしているように見えた。これがセイリンやディオンなら後ろから支えてやるんだろうなと思い、ソラも走る練習を切り上げて彼らを真似る。案の定、階段の中腹でアギーが後ろに倒れ込んだ為、ソラが肩の力を利用して前に押し出してやる。前方に四つん這いになる形で倒れたアギーは、驚きながらソラを振り返る。

「あ、ありがとう…?いつから後ろに…」

「アギーが登り始めてすぐか?ふらふらしていて心配だった。」

ソラは、アギーの脇下を持って立ち上がらせ、階段横の手すりを掴ませる。何とか自分の力で登るアギーは、ぽつりぽつりと話し始めた。

「そ、そうなんだ。ちょっと最近、突然倒れることもあって。」

一昨日は寮室で倒れたんだ。と教えてくれる。

「危ないだろう、医務室行ったらどうだ?」

「それが、今朝も…えっと背の高い、その、ソラ君がよく一緒にいる人が抱き上げてくれて、連れてってくれたんだけど。先生がなんの異常もないって。そのままお昼まで休んでいたんだ。」

背の高い…テルではないし、小柄のアギーくらいならセイリンも抱えられそうだが…後は、

「…ディオンか?寝不足て感じでもないもんな。」

「うん、多分その名前の人。しっかり眠っているよ。寝過ぎなんじゃないかってくらい。」

どうしてだろう?と首を傾げるアギーは、今もふらふらしていて、ソラは、少し後ろから警戒しつつ階段を登っていく。登りきる頃に、アギーは再びふらっと倒れそうになり、ソラに前方に押し付けられた。


 「早めに休めよ。」

そう声をかけて、ソラはアギーと玄関で別れた。寮に戻る前に図書室に寄りたかったソラは、1階の接続通路を渡る。窓から見えた噴水は、外灯で照らされていて、何かが出てくるんじゃないかと思うほどに不気味な雰囲気を醸し出している。

「ねぇ、ソラ君て今幸せ?」

「は??」

見たこともない女子生徒、影によって更に色が深まる黒い髪の女子が笑顔を向けながら、ソラの真横を歩いていた。何で名前を知っているんだ?と疑問に思い、ソラは顔を引き攣らせる。

「お前に関係のないことだろ。」

「…んー。不正解が来た。まあ、いいや。また声かけるねー。」

バイバーイと手を振って、女子生徒は踵を返す。本当にわけが分からない。

「何なんだ、今の。」

《さあ?何だろうね?》

突然、知らない女の声が脳内に響く。驚いて、周りを見渡したが誰もいない。接続通路の中間くらいまで歩いていたはずだったが、ソラが前を向き直すと、通路の終わりが見えない。あるはずの照明の灯りも、中庭の外灯もない。汗がツーッと頬を伝わる。

《厄介なコウモリ達に目をつけられちゃったねー。早く帰りたい?》

「帰りたいに決まっている。それにお前は誰だ、何処から見ている。」

次第に早口になるソラをクスクスと笑う得体の知れない何かが周りを囲んでいる。

《私?私は…》

ふわぁと右隣が光り、白い髪の女子が立っていた。全体的にぼやけていて、戦い慣れたような力強さを持った薄紫色の瞳だけが唯一くっきりと見える。

「魔法か?」

《そうねー、今は貴方が魔獣に捕食されそうなんだけど。》

少女はコクッと頷くと、やはり脳内に話しかけてくる。

「なっ…。」

《君を助けてあげるから、ここから出れたら私のお願いを聞いてほしいの。》

「俺に出来ることなら。」

どんなことを望まれるか分からないまま、ソラはきごちなく頷くと、少女はこちらに手を差し伸べる。

《さあ、鬼ごっこから逃げ切るよ。掴まって。》

実体が定まらない少女の手を握り、少女に合わせて走り出す。掴んだ手から温もりは感じないが、別に冷たくもない。揺れる髪を見ていると、よく一緒に走っているリティアを想起させた。まあ、髪が長いとこうなるかとは思う。クスクスと笑う声が徐々に近づいてくる。何かいるのかと目を凝らすが何も見えてこない。

《この蝙蝠は実体はないの。でもその人にとって嫌な記憶を見させるっていう悪趣味を持っていてね。そのまま記憶に食われて、自殺するように仕向けるんだよ。》

「怖いな…。」

少女の説明を聞いている間に、笑い声が耳元まで迫ってくる。後ろ振り向くが、やはり何もいない。

《あ、言い忘れたけど》

少女の声と同時に、何かがボトンと降ってくる。

「うわっ!?」

暗い中でぼわっと光るそれは、脂肪のついた中年男性の頭だ。口をパクパクと動かしながら跳びはねてくる。

《そいつら、肉を引き千切りにくるから。触らないようにね。》

「先に言ってくれよ!!」

少女の手を強く握り、可能な限り早く足を動かす。セイリンが教えてくれたように前傾姿勢で、足を少し高く上げて。

「他に何が出てくるんだ?」

蝙蝠の羽根が何となく見えることもあるが、透けているらしく、ぶつかっても痛みはなかった。結構走り続けただろうと、ハァハァと口で息をしながら、前を走っている光る少女に問う。

《鬼ごっこなんだから、鬼でしょうよ。》

「…嘘だろ?」

ソラの目が驚愕で開かれるが、構わず彼女は言葉を続けた。

《頑張ってー。捕まると頭から食われるよ。》

振り返ることもなく、走り続ける少女は息すら切らさない。ただただ真っ直ぐと続くこの通路に終わりがあるのかよと、思いながら走るしかなかった。ごとん、ごとんと、頭が徐々に早い頻度で落ちてくる。その頭に、老若男女関係ない。ただ全員が目をひん剥き、口を動かしているのだ。ソラの足に近づいてくるそいつらの上を気をつけて跳ねていると、更に追加で落ちてきた。しかも、ソラと少女の手の上に。ソラは、慌てて手を離す。

《ああ!!駄目!》

少女の叫びも虚しく、ソラは闇に飲まれていった。


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