387,少年は選ぶ
灯りを翳して上を見上げても、果実は愚か木の実も見当たらないというか、月明かりが弱くて見えやしない。
「お腹減ったよー。」
「俺も。」
空腹の限界を迎えそうなか細い声を出すテルに、ソラが気を遣って同意すると、
「そうだね。早めに食事にしたいから、俺はディオン君と魔獣でも狩りに行こうかな。木の実探しは、カルファス君に任せよう。できるよね?」
ハルドが振り返り、両隣の2人の肩を叩く。
「勿論です。風を使って特有の匂いを引き当ててみましょう。」
カルファスがにこやかに了承して、ハルド達は別行動しに暗闇に消えていった。震えるテルの目が2人を追うが、カルファスとセセリに彼らとは反対の向きに促される。先程の話し込みはこれか。戦える自分達と、戦えない俺達を分ける為だったか。ソラがカルファスを凝視すると、
「血に飢えた魔獣がかなり近くにいる、なんて言ったら怖いかな?」
いたずらっぽく笑うカルファス。テルがソラにしがみつき、
「えええ!むぐっ!?」
「それは脅しではなく、事実ですね。」
叫んだものだから、その口を手で押さえて代わりにソラが口を開いた。カルファスとセセリが一瞬目を見合わせ、
「ここは人里ではないからね。早めにお目当ての物を採取して、待っている女性達に帰ろう。まあ、リティが先に取ってそうだよね。」
カルファスが、ソラにしがみつくテルの頭を撫でる。テルは半べそかいてしまっている。普段戦い慣れていない暗がりでの戦闘は、避けたいところ。ソラは、カルファスが向かおうとした方向へ先に歩き出し、
「リティアさんは、サバイバル術に興味があるようですから。」
「興味ではないさ。彼女が生業としていた事だ。ただ、声がないから連れてこられなかっただけ。」
テルの手を強く握って引っ張ると、隣を歩くカルファスは目を伏せた。セセリの唇が引き締まる。テルの顔は2人をキョロキョロと見比べ、彼まで項垂れる。彼女という存在が、どれだけ彼らの中で大きいのかを再認識させられる。それは、ソラにとってもかもしれない。テルの付属物ではない『自分』を見出したのは、彼女なのだから。とはいえど、彼らのようには落ち込む要素はない。足元の草の隙間を縫って長細い虫が動き回り、セセリが、
「百足…」
とぼやき、
「ゴキブリが活発だね。」
とカルファスが愉快そうに笑う。足の置き場も気をつけないといけない程に虫が集り、その方向は甘い香りが強くなってきた。心なしかテルの足取りが軽くなるが、ソラの歩みは遅くなる。
「いくら、風で匂いを引き寄せているにしても、あまりにも香りが強すぎやしないか?」
「果物型魔獣の罠ではないでしょうか?」
カルファスがその強烈な匂いに警戒を強め、セセリも足を止める。そして、ソラも。テルが振り返って首を傾げる。
「テル、以前魔獣を調べた時に蝿取り林檎とか、リティアさんと採取したラズベリーてんとう虫のような魔獣かもしれない。そうしたら食べられない。」
テルの中で期待が高くなっていただけあって、ソラが諭すと、
「凄く美味しそうな香りなのに…」
彼が肩を落とす姿は、あまりに可哀想に見えてくる。カルファスが何やらセセリに指示を出し、セセリのみがこのメンバーから離れたが、大した時間もかからずに戻ってきた。
「お待たせ致しました。虫が集っている木は、1本だけですね。周りの木には林檎が成っておりますし、虫は寄ってなさそうです。如何致しますか?」
セセリが持ってきた情報を得たカルファスが顎に手を添える。テルの瞳はキラキラと輝き、
「じゃあ、虫が寄ってくる前に林檎を収穫しましょうよ!」
スキップで進もうとした為、慌ててソラが腕を掴む。
「テル、考えてみろ。何故、虫が寄らないと思う?」
「え、1本の木が虫を引き寄せて食べるからだよね?」
ソラの顔を見て、きょとんとするテル。確かにその考えも一理ある。カルファスの手が、テルの肩に乗せられ、
「他の木が危険だから近づかないって事も考えられるね。」
笑みを消した真剣な表情で見据えてくる。こればかりは、行ってみないと分からない。すぐそばまで来ている果物に手を伸ばすか。ここを諦めて、別の果物の木を探すべきか。ソラは、只管考える。目の前で物に飛びつく事がどれだけ簡単で、全く分からない他の道を歩いて果物の木を探す事が難しいかも理解している。テルは、そのまま目の前の物に飛びついてしまう。だったら俺が選ぶのは、
「ここはやめましょう。もしかしたら、そこのは木の魔獣かもしれません。1本を囮にして、喰いにくるかもしれません。大変ではありますが、別の物を探しましょう。」
尤もらしい理由をつけて首を横に振った。テルから落胆の声。カルファスは頷き、
「そうだね、その方が安全だね。奥に行き過ぎない程度に探そうか。」
風の魔術を発動し直した。彼が持ってくる風から甘い香りを探すと、
「向こうからしますね。」
セセリが指した方向は、先程まで歩いていた道よりも学園都市寄りに思える。方向感覚が間違っていなければ、野営地の近辺かもしれない。これには、カルファスとセセリの視線が泳ぐ。
「まさかと思うけど。」
「…リティア様でしたらやりかねませんね。」
2人のやり取りから、理解したテルの瞳は輝きを取り戻し、
「だったら、探すのやめて帰りますよね!」
子どものような笑顔を浮かべた。
一方、ディオンは、ハルドの半歩後ろをついていく。あの日からハルドからの敵視を感じているからこそ、2人きりは避けたかった。しかし、先程彼から、
「3時の方向から、獣かな。凄く獣臭いのと、肉が腐ったような匂いが入り混じる。」
この発言で、二手に分かれる事になったのだ。カルファス達の灯りが見えなくなったくらいで、デ溝のような匂いがディオンの鼻を掠める。ハルドの目は鋭く細められ、
「この前、リンノからお小言食らったよ。今後もリティの事で下手に口を滑らせるようならば、その口を2度と開けなくするからね。」
小さくため息を吐くと、一瞬で目の前から消えた。叱られた事を反省しつつ、魔法士としての彼との共闘に心が踊り出す。金剛剣に雷を付加して走り出すと、木々の枝同士が擦れる音がした。1回2回ではない。上を何かが走り回るような音だ。ハルドかと思ったが、彼は一瞬で姿を消したのだ。わざわざ枝の上を走るような面倒な事はしないだろう。では、魔獣か。ディオンは立ち止まって音を聞き分け、音が近くなると判断した瞬間に剣から雷を発生させて打ち上げる。夜空が眩しく輝くと同時に、
「ビャアアア!!!」
トカゲの魔獣は悲鳴をあげて落下してきた。地面に身体を打ち付ける前に、剣を振り降ろしてその身体を真っ二つにする。鱗の間から魔石が見えた為、
「金剛剣、食べて下さって良いですよ。」
ディオンが剣を魔石に触れさせると、目の前の大トカゲの全てが消え去った。魔獣は倒したが、ハルドは帰って来ない。ということは、
「まだ討伐は完了してませんね。」
溝の匂いは消えたが、ハルドが言っていた獣の匂いを探して歩き回る事にした。かなり奥に進むと、よく肥えた巨大土竜と対峙する、既にハルドが戦っており、
「遅いんじゃないの?」
「申し訳ございません。しかし、先生のようには移動できませんので、先に剣にトカゲを食べさせてきました。」
ブウォンと、飛龍牙がディオンの頭部すれすれを通り過ぎたが、ディオンは笑みを絶やさずに彼を見据える。彼はわざとらしく肩を竦め、
「今夜の飯だよ。くれぐれも金剛剣に喰わせるな。」
飛龍牙をその手に戻した。