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386,少年は焚き火をする

 町の人達に迎え入れられて、ソラはクピアの町を思い出す。クピアの町の人達は、こちらに声援を送ってくれたり、時には魔獣が迫りくる中、転んだソラへと駆け寄ってくれたあの一体感。だが、ここはそうではなかった。自分達は、見世物以外の何者でもなかったのだ。気持ち悪さを感じながら指定された宿に入れば、ハルドの表情が引き締まったのが目に飛び込む。

「部屋へ案内してもらっても良いでしょうか?」

「勿論で御座います。」

宿の主に、にこやかに話しかけるハルド。先程の表情は何だったのか。最初は、1人一部屋で案内されたのだが、何故かハルドが男女一緒の大部屋を所望した。他のメンバーの表情が固まる中、リティアが全員に向けてぶんぶんと両腕を振って、意図が読めない彼女にも困惑させられる。よく分からないまま大部屋に入り次第、ハルドが鍵をかけた。

「良いかい?絶対に誰かと一緒に行動して。テル君とソラ君は、力的に守ってくれる相手。セイリン君とリティは、絶対にディオン君や俺から離れないで。」

「嫌な予感しかしない警告ですね。」

声を潜めるハルドに、カルファスがこめかみを掻いた。スズランもこの重い空気を感じ取ったのか、微かに身震いした。

「見世物と勘違いした輩が、する事なんて決まっている。正当防衛しても良いけど、湾曲して噂が流れる事はこちらに何の得もないんだ。町長が挨拶に来たら、御者に頼んで町から出た方が身の為だよ。」

ハルドが伏せた具体的な発言に、首を傾げるのはテルとリティア。他は、表情を引き締める。

「セイリン姫、向こうから来るのを待っても仕方ないよね。セセリとマドンが御者に声かけに行くから、ディオン殿はリティ達と待っててくれる?」

「えええ…。休まないの?お腹減ったよ。」

カルファスが善は急げと、扉の前にいるハルドへと近寄ると、テルがブツブツと不満を垂らしながら萎れるように屈み込んだ。

「テル、我慢してくれ。下手に酒でも呑まされる方が面倒な事になる。」

セイリンがテルの頭を軽く叩き、カルファスの隣に立つと、

「分かった。では、そう動こうか。予定が変わった事は俺から伝えるからね。2人共は己の身分を明かして、抑止力になるんだ。」

「はい!」

ハルドに連れられて2人の御貴族様が出て行くと、従者2人も続くように出て行った。残されたテルはベッドに転がり、ディオンが剣を携えて扉の傍に立つ。リティアはスズランと寄り添いながら、いつもの色一覧を取り出した。彼女の指差しが始まると、ソラもテルも自分の対比表を取り出して、確認作業をする。

「話、意味か…」

「リティアさんはあまりご存知ないかと思いますが、旅芸人の中には芸の披露の後に『身体』を売るのですよ。先生は、それを警戒しております。」

リティアが知りたいのは、ハルドの発言について。ソラは何となく分かったが、ディオンが代わりに答えてくれた。案の定、テルの目が真ん丸になり、

「え!?俺達は、学園の生徒だよ?何で?」

「そういう事を求める輩に、こちらの年齢や性別は関係ないのです。既に品定めされていたのかもしれませんが、自分は気が付きませんでした。」

理解できないテルにも、親切に教えてくれた。こちらに貴族がいると分かれば、庶民は手を出して来にくくなる。やったら最後、首が飛ぶのは庶民の方だ。小さく頷くリティアの指が次に差すのは、

「馬車、行く、一緒に。」

「いえ、御者の方が自由とは限りません。ここは待つ方が安全かと。」

ソラが読み上げれば、それに対してディオンが答える。リティアがコクコクと頷いて、更に示したのは、

「皆、お疲れ。」

自分達への労いの言葉だった。


 ハルドの言う通り、あの2人が貴族である事が瞬く間に広がると、宿の外を歩いているソラ達に向けられる視線まで恭しくなる。御者も馬車を用意してくれて、馬車の前に立つと全員で手を振ってから乗り込む。ハルドが最後に乗り、扉が閉まると、スズランがセイリンに甘える。彼女なりに空気を読んでいたのだろう。日は既に暮れ始め、朝に馬車内で食べて以降は何も腹に入っていない。テルが元気なく、ソラの肩に寄りかかってくる。どうにかしてやりたいが、生憎何も食べ物を携帯していないのだ。目の前のハルドは、御者に何かを話しかけているが、赤い煉瓦の道は馬車が動く度に車輪の音を反響させて、こんなに近くにいるソラの耳にも入ってこない。

「皆、このグラスを受け取って。」

カルファスがセセリに指示して、1人ずつグラスを手渡すと、

「この中に水を入れるから見てて。」

柄に刻印が彫られたスティックで魔術陣を描き、彼の前に座るリティアのグラスに水をたっぷり入れた。テルが歓喜して、すぐさま目の前のマドンのグラスに試みる。テルの魔術は成功して、今にも水が溢れそうなグラスができあがる。彼は、あの1回の手本で魔術陣を覚えたようだ。ソラは、何の模様が描かれたかを覚えてから、魔術陣の中の配置を考えて描く。だがテルは1度見ただけで、即座に再現ができたのだ。本も1度読めば内容を完全に憶えて、2度目は不要なテル。知らない人間とすぐ仲良くなり、町のムードメーカー。ソラは彼の隣にさえ居れば、大体何とかなっていた。彼という存在は、大切な家族でもあり、コンプレックスの対象でもある。テルの後は、リティアが傘ではなくてスティックを使ってカルファスのグラスに注ぐ。セイリンは、リティアがゆっくりと動かす指の動きを見ながら、ディオンのグラスに水を溢れさせた。ディオンは、謝るセイリンに穏やかに微笑みながら、ソラへとスティックを向ける。対角に座っている為、テルが気を利かせてソラのグラスを手に掴んでディオンへと差し出す。ディオンも卒なくこなし、ソラはディオンの隣、セセリへとスティックを向ける形となる。これだけ何人もやっていて、リティアの指の動きで描くべき位置は理解した。セセリのグラスに入れ、と願いながら魔術陣を発動する。グラスに入った水は表面張力で、溢れるギリギリで止まった。胸を撫で下ろし、先に飲み始めたテルの隣で生温い水を口に運ぶ。生き返る、その一言に尽きる。食べ物は愚か、飲む事すらしていなかったのだから。リティアは少し飲むと、残りをスズランに分け与える。それはセイリンもディオンも同じ。スズランも口を開けて、おかわりを注ぎ込まれるのを待っていた。

「皆、そのまま聞いて。このまま街に帰っても夜遅くなって、門番が城門を開いてくれないだろうから、轟牙の森まで行って野宿するよ。あそこならば、木の実も果物も手に入るしね。」

全員の喉の乾きが潤ったところで、ハルドが笑みを浮かべた。


 月がゆっくりと落ちていく頃に轟牙の森に到着した。あまり奥には進まず、落ちている枝を拾って灯りの魔術で焚き火をする。野宿といえど毛布は馬車内にあり、グラスとスティックがあれば飲み水も用意できる。あとは飯だけ。ハルドが指示をして、御者、スズラン、セイリン、リティア、マドンを野営地に残す。セイリンは不服そうであったが、

「何かあった時に、戦えるのは君とマドンだけだよ。リティに人は殴れない。」

ハルドの野党を匂わす発言で、セイリンの瞳が燃え上がり、彼女にやる気がある内にと、他のメンバーはハルドに連れられて森の内部に足を踏み入れた。ソラは、少しの音で驚くテルの手を繋いで進む。怖がるテルの隣にはセセリが寄り添い、その少し前をカルファス、ディオン、ハルドが何やら話し込みながら歩いていた。

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