385,教師は指示を飛ばす
小さな体のフェレットに、セイリンのランスでの攻撃は難しい。それを伝えたのはハルドだった。魔術の練習もさせなくてはいけないが、闘技大会でサンニィール家からの期待がかかっている彼女には、早くランスの扱いに慣れておきたい焦りがある事も承知の上だ。だから、
「あの魔獣には親が存在する。かなり馬鹿でかいのがね。親玉は、只管子どもを口の中から出してくる。その口から飛び出す子ども達が、パチンコ玉のようだと言われている。親玉が出てきたら、すぐに俺のところへ。」
彼女には事前に指示してある。スズランの突撃にて危機を感じ取った親玉は、ハルドの読み通りにその目で直接確認しに顔を出した。
「セイリン君!取りにおいで!」
ハルドが指示を飛ばすと、彼女の自慢の脚力を有効活用してハルドの傍に即座に駆けつけ、スティックとランスを交換して魔獣退治に戻った。
「女がごつい武器持ったぞ!」
ただでも騒がしい男共が、酒でも呑んでいるかの如く盛り上がるが、ハルドは静かに生徒の立ち回りを観察する。ソラとテルが圧倒的に戦闘経験が足りない。的確に指示を飛ばせるリティアは、言葉が出せない。カルファスが指示役になるのは良いが、スズラン含む女子の扱いに困るのは目に見えている。指示を誰に出させるかは悩むところだが、圧倒的に経験値が足らない彼らにできるのかという不安も大きい。
「テル君とマドンは、前方のフェレットを攻撃!ソラ君とセセリは、その後方から迫ってくるフェレットを仕留めて!」
カルファスがそれらしく指示を飛ばすが、ハルドの予想が的中してしまう。女子は愚か、単独で親玉に剣を振るい始めたディオンにまで指示をしないのか。この人数で、しかも戦闘に慣れたメンバーではないこの戦闘で個人の自由判断の範囲を広めてしまうのは、危険な行為でしかない。セイリンとディオンは大物狙いだろうが、カルファスだって親玉の首が欲しい。リティアは小物を倒す方に重きを置くだろうが、スズランはセイリンと同じ獲物を喰いに行く筈だ。ポンポンと跳ね上がるボール状のフェレットは土属性で、次の瞬間には、土の中から援軍が溢れ出す。カルファスも自分に迫ってくるフェレットを退治する事に手一杯で、軽くパニックを起こし始めたテルと、焦り始めたソラへ目が行っていない。いくらセセリとマドンが2人の面倒を見るからといって、指示役を買って出た彼が周りを見れないのは、メンバーの混乱を招く。ある程度の戦闘経験を積むまで、こちらが指示を飛ばす事にする。まずは、ソラとテルのサポートに回り続けるリティアから。得意の傘で飛び込んでくるフェレットを軽やかに弾くお、まだリティア達と一緒にいるスズランが口を開いて食事をする。スズランはこの戦闘でかなりの量を食べて、リティアからの魔力供給なしに成長が促進されるだろうから、そのままフェレットを食べて地道に数を減らして欲しい。だったら、あの双子のサポートばかりさせるわけにはいかない。
「リティ!君は、町へ向かってくるフェレットをスズランに投げて!」
リティアに指示を飛ばして、彼女をソラ達から離した。誰よりもハルドに近づいた彼女の手招きで、スズランも喜んで駆け寄ってくる。地面から飛び出してくるフェレットは、リティアの反射神経で地面に叩きつけ、その衝撃で跳ねたところをスズランが捕える。彼女のサポートを無くしたソラの表情に焦りが強く出た。それ程表情が変わらない彼でも、多勢に無勢では崩れるようだ。セセリが風属性で空へと巻き上げたフェレットの落下中に、ソラが懸命に氷柱を落とすが、寸のところで土の中に逃げていくフェレットも多かった。ここへの指示は、
「ソラ君は小さい竜巻を起こして!まずは土へ逃さない!そこに氷柱を落とすんだ!セセリ君は、そのまま!」
頷いた2人は、すぐに指示通りに動く。竜巻の中で振り回されるフェレット達に氷柱を落とすと、氷柱も巻き込まれて串刺しにしていく。ここはこれで良い。次はテルだ。
「テル君は、いつもの風の魔術で地面から敵を浮かせて!マドン君が、そこに火炎玉を撃ち込むんだ!」
攻撃に苦手意識があるテルに、無理はまださせない。代わりにマドンが仕留める。2人の大きな返事が聞こえてきた。ここは大丈夫。後は孤立したカルファスを親玉へと導く。
「カルファス君は、風で跳ね上がって!風を足に纏わせてその囲みから脱出するんだ!」
彼からも良い返事が返ってきた。群がっているそれらを避けながら、空中で次々と足元に風の床を発生させて上へ上へと逃げていけば、ハルドの後方の観客達から歓声が上がる。
「ここで、テル君とマドンが前へ出て!カルファス君の下にいるフェレットを倒すんだ!」
ハルドの指示通り動く2人。火炎玉を受けたフェレット達は焦げ落ちていった。最後はあの2人。2人だけなら戦闘経験が積まれていて、阿吽の呼吸で戦えるとは思うが、カルファスもその輪に入れて戦わせる。普段と異なる相手との共闘も慣れた方が良い。親玉の首に飛び込んだセイリンが下がってくるまで指示を飛ばす事を待ち、ディオンが飛び跳ねるフェレットを斬り落としているところで、
「セイリン君とディオン君!君達は、カルファス君の雷の束縛を親玉が受けるまで、親玉が土に潜らないように錯乱させて!」
纏めて3人に指示を飛ばすと、ムッとしたセイリンが見えたが、カルファスの動きの方が早かった。空中降下しながら、言われた魔術を発動させる。セイリンは表情に出はしたが、素早く攻撃した素振りをして、しっかりと注目を自分に引かせた。ディオンも反対側から前足を斬りつけた後に飛び退き、剣に水属性を付加させる時には、親玉の前足は雷の鎖に束縛されて、金切り声をあげる親玉。地面に降り立ったカルファスは後ろへ周り、ディオンはわざと水の玉を鎖に投げて、周囲の小物がそれを浴びて倒れていく。指示待ちのセイリンへ、次の指示をハルドが飛ばす。
「セイリン君!雷に触れないように顔を攻撃できるかい!?」
「やります!」
確認がてらの指示で、彼女はトトンとリズミカルに足で床を蹴り上げて、親玉の口傍まで舞い上がった。後ろ足も束縛できたカルファスが駆け寄りながら、彼女の足元に風を噴き上がらせて更に上へと飛ばす。脳天を狙える程まで飛んだ彼女への歓声が煩い。それに負けないくらいの声を張り上げ、
「ディオン君は、親玉が口をまた開ける前に属性攻撃で封じて!」
「承知致しました!」
ディオンも次に動く。次回からは、作戦会議の時間を持とうと反省しつつ、町に向かう数が減り始めたフェレットをかなり余裕を持って丁寧に倒していくリティアに、
「リティ!共喰い始めたフェレットのところにスズランを向かわせて!」
ソラの近くで転がった死体を食べるフェレットは魔石を食べて土属性が強くなる。何匹も食べているフェレットを野放しにできないのだ。それがいずれの親玉になる。リティアが、スズランの横に屈んで、腹が膨れ上がったフェレットを指差すと、スズランはすぐに理解して突撃していく。
「ソラ君、セセリ君!君達は、テル君達と合流して!そこの後始末は、リティアに任せるんだ!」
描いている魔術陣を描き終えてから、2人はまだ数が多いテルの傍のフェレット退治に向かった。これで良い。ランスを親玉の脳天目掛けて、身体ごと1本の槍としているセイリンがぶれないように、カルファスが風で位置取りの微調整をして、ディオンは炎を付加した剣を振り上げて、下に向きそうになる親玉の顔を上げさせる。そして、セイリンのランスが突き刺され、親玉にトドメが刺された。観客達が湧き上がる。スズランの後始末はまだ終わってなかったが、とりあえず後は残党処理のみ。ハルドが飛龍牙を飛ばして、小物のフェレットの群れに終わりを告げた。