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384,少女は仮面を被る

 表情を失ったリティアは、月夜に珍しく御者がギィダンではない馬車に乗り、ハルドから支給された梟の顔を模した仮面を被る。それだけで怪しさ満点だが、無表情よりで町の人間と話すよりはまだマシという判断らしい。テルが左隣を見る度に微かに驚いていたが、もう片側のスズランは好奇心旺盛で、身体に見合わない小さな手で仮面に手を伸ばしてくる。

「ラド先生も同伴なさるかと思いましたのに、残念でなりません。」

「そこまで手薄にできないよ。こんな夜中に大型馬車を動かすなんてどうかしてる。」

明らかに落ち込んでいるように見えるカルファスに、笑いながら肩を竦めるハルド。今はいつも通りのハルドだが、先日ディオンに向けていた冷たい視線を稀に目撃するので、その際にはハルドの腕を叩く事にした。今までこんな事なかったので、不思議で堪らない。

「褒め言葉と受け取っておきますね。」

ハルドの嫌味をサラッと流したカルファスの足元から毛布が取り出されて、両隣のセセリとマドンが端から順に配ると、角席で寝息を立てているソラを毛布で包んでくれた。

「ソラはもう寝ている。テルもリティアを今のうちに休んでおけ。」

スズランの隣に座る角席のセイリンが気を利かせて声をかけてきたので、リティアは手招きして彼女を誘う。そうでもしないと、徹夜して馬車移動中の周囲を警戒してしまうだろう。

「おっと。テル君はセイリン姫と席交換だね。」

手招きの意図を汲み取ったカルファスのおかげで、ソラの隣にセイリンが座り、ディオンの目の前の角席はテルとなる。ハルドは御者席の傍の角席で、飛龍牙を抱えて笑みを浮かべてこちらを見守っているだけ。特に今のところは何も迫ってきていないのだろう。セイリンと肩を寄せ合うと、2人の膝にスズランが手と顔を乗せてきた。女子3人で仲良く目を閉じると、すぐに眠りの中に落ちていった。


 カルファスの目的地は、以前リティアがヒメに乗った時に飛び込むんじゃないかとヒヤヒヤした町だった。学園都市よりも王都に近く、いくつか点在している市場それぞれが早朝にも関わらず、とても活気がある。馬車から降りてぶらぶらと歩いているカルファスを睨むセイリン。

「依頼者でも居るのか?」

「いや、今回は居ないよ。町の掲示板を見るのさ。」

微笑むカルファスが優雅に手を振って、働き者の婦人達を喜ばせる。勿論、ディオンもハルドも息をするようにやるものだから、働く手が止まる女性まで出てくる。好奇心旺盛のテルには、マドンが保護者のようについていき、荷運びしている町の男性に声をかけては、色々と聞いているようだ。リティアは、子ども達に指差され、婦人達の内緒話の標的とされたが、それよりも馬車から降りてきてしまったスズランに注目が集まる。彼女には、セイリンとハルドが留守番を言い聞かせてきたのだが、寂しくなったのだろう。御者が慌てて追いかけ、町の人間の悲鳴が上がって、全力疾走のセイリンが掻っ攫うように抱き上げる。

「私の可愛いスズラン!待っているように言っただろう?」

「キュウゥゥ…」

セイリンに頬擦りするスズランへ向けられる目は、リティアが向けられた目よりも酷く冷たい。先程まで町の人に笑顔を振り撒いていたテルですら、舌打ちされるようになり、この町との関係性に亀裂が入った事が明確になる。これには、ソラが突っかかりに行こうと足を進めたので、リティアの手が彼の腕を掴む。彼が振り返って睨んでくると、こちらは首を横に振るだけ。それだけでも、彼への抑止力にはなった。町の人間がわらわらとこちらを囲むように迫ってきて、スズランを抱き上げたままのセイリンもこちらと合流する。哀れな御者は、1人で他の人間に囲まれて震え上がる。カルファスもハルドも笑みを絶やさない。その余裕さに、町の男達をどよめかす。町の騒ぎを聞きつけた町長らしき老人が杖をついて寄ってくると、この2人は率先して彼へと駆け寄って頭を下げる。ディオンは動く事はせずに、後ろ指を差す人達へ笑顔で対応し、テルは町の視線に怖気づく事なく、態度を変えた人に迫り、

「あの子が居る事で、貴方にどんな不都合があるんですか?そんな酷い態度を取るならば、こちらが納得できる理由を教えて下さい。」

まるでソラのような発言をする。喚く相手も、逃げるようとする相手も、テルのしつこさには勝てない。彼らの周りを回りながら訴えるテルの強さと、マドンの圧力で声が萎んでいく者達まで出てきた。

「これは失礼致しました。魔術士養成高等学園の皆様でしたか。奉仕活動の一環として、魔獣退治をなさってましたのですね。」

町長の声で、口を閉じる町の人はぐっと増えた。まだ視線を向けたままだが、それでも煩い声が止まっただけでセイリンの腕の中のスズランの震えが落ち着く。リティアが手を伸ばして彼女の頭を撫でると、キュウキュウと鳴きながらこの手に甘えてくる。スズランの無害そうな雰囲気に、好奇心を溢れ出す子ども達が大人の制止を振り切って集まってくる。スズランを叩こうとする子どもは、セイリンに睨まれて足をすくませ、

「撫でて良い?」

と聞いてくる子どもには、

「勿論。優しく撫でてやってくれ。」

セイリンが微笑む。一瞬にして町の雰囲気が変わり、テルも駆け足で戻ってきてスズランの頭を撫でれば、スズランに手を伸ばす子ども達が更に増えた。セイリンが屈めば、中でも小さな子どもの手も触れられるようになる。

「あ。ご存知の方がどのくらいいらっしゃるかは存じ上げませんが、その龍は聖女ルナ様が従えた古代魔獣の子孫ですよ。神々しいと思いませんか?」

ハルドがあくまで柔らかく微笑み、しかし力強く断言すると、町の人間は顔を見合わせて騒めく。彼らの見る目が変わって、囲まれていた御者の人も開放される。先程の拒絶がなかったように扱われつつ、この一行は町長の家へと招かれるのだった。


 客室へ通されたこちらの要望は、呆気なく通った。それだけ『聖女ルナ』発言は効果が高かったのだろう。宿の確保と、町を脅かす魔獣の存在を聞く事ができた一行は、スズランを連れたまま町との境界線が曖昧な草原へと繰り出す。スズランが懸命に歩く後ろを楽しそうについてくる子ども達を、街の大人達が止めに入っていた。この近辺で大量発生しているというパチンコフェレットの討伐を買って出たカルファス達は、町の子ども達に披露するように魔術をいくつも発動させる。フェレットの嫌いな轟音を立て、マドンが局所的に雨を降らせ、セセリが雷を落とした。驚いたフェレットは土の中から飛び出てきて、敵と見なしたこちらへと、玉のように丸まって転がりながら向かってくる。リティアが傘を開き、飛びかかってきたフェレットを傘で防ぐと、ソラとテルも土の壁を発動させて、フェレットがぶつかる音が聞こえてくる。

「すげー!」

目を輝かせる子どもの観客達の傍にはハルドが残り、主に戦うのは生徒となる。セイリンもここではスティックを構えて属性小槍を飛ばしたが、ディオンは金剛剣を振るった。金剛剣がブワッと炎を撒き散らすと、子どもよりも大人の歓声が上がり、まるで見世物を見ているかのように楽しんでいる。段々と増えていく観客達にスズランが、ギュウウウ!と大きな声で威嚇し、彼らの身が固くなったところで、

「皆!スズランが突進する!道を開けて!」

ハルドの指示が飛ぶと、セイリンが指差した方向へとスズランが加速する。地面に転がったフェレット達をその牙で噛み切っていくと、親玉が土から顔を出した。

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