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382,少女は採寸される

 いつも通りの放課後。リティア達と一緒に勉強会をする筈だったが、突然ラドに呼び出されてディオンと共に医務室の扉を開く。医務室には強面の男が3人と、白髪混じりの女性とまだあどけなさが残る茶髪の女性が待機していた。

「ラドさんから頼まれてな。君達が、闘技大会に参加する子達かい?」

「はい!セイリンと申します!推薦状さえ集まれば、参加したいと考えております!」

中でも年齢がいってそうな親方らしき男性に声をかけられて、ディオンを差し置いてセイリンが返事をする。挨拶の握手を交わすと、

「マンダール殿、こいつが銀龍の鱗。こっちが壺大亀の甲羅です。」

「分かった。とりあえず、採寸してからだな。母さん達はそっちのベッドカーテン閉めてやってくれ。」

唐突に鎧に使う素材を指定するラドに、親方も指示を飛ばしたが、

「何言うんかい!こんな狭い所でできるわけ無いだろう!野郎なんだから通路で採寸せい!」

「自分、外で大丈夫ですよ。セイリン様をよろしくお願いします。」

親方よりも強かった白髪混じりの女性が勝ち、ディオンが逃げるように医務室を退出し、

「…お前が終わるまで、リティア様に出ないよう伝えておく。」

ラドが彼の肩を軽く叩いて出て行った。その後に続くように防具屋の男性達も出て行き、残ったのは女性のみとなる。扉が閉じる音を聞いたら、白髪混じりの女性が手慣れた手付きでテープ型のメジャーを広げ、

「年頃の女性が人前で脱ぐの嫌かもしれんが、下着以外は脱いでおくれ。」

若い女性に幅広の包帯を指差しながら、セイリンにも指示してくる。

「大丈夫ですよ。見られて困るものはありませんから。」

セイリンに躊躇う事なく、マントを外してリボンを外してボタンを取っていく。すると、みるみるうちに若い女性の顔が紅くなっていった。

「こりゃー、女性にしては珍しいなー!腹筋が割れてるんか!ほれ、早く包帯を巻いてやりな!」

白髪混じりの女性が感心しながら若い女性の背中を強く叩き、彼女は慌てたようにセイリンの胴体に包帯をきつく巻き付ける。それは四肢も巻かれ、首もそこだけで巻かれる。白髪混じりの女性がメジャーを当てて採寸を始めると、彼女の口から出てくる数字を若い女性がメモしていく。書き終えた女性が慎重に包帯を外していると、小さな声が漏れた。セイリンが不思議がって振り返り、

「傷でもありましたか?」

「いえ…。え、あれ、動いた…?」

首を傾げると、彼女も不思議そうに首を傾げる。その視線の行き先は、セイリンの背中だ。「動いた」という言葉で理解したセイリンは、

「そうなんですよ。何故だか、普段は頭皮に隠れているその『痣』は、人目を気にするかのように動くんです。」

柔らかく笑ってみせると、見ていない筈の白髪混じりの女性の眉間にシワが寄った。

「なあ、アンタ。普通の人ならば、壊せないような硬い物が壊せたり、跳躍力がずば抜けて高かったりするかい?」

「はい、そうかもしれませんね。そうなるように鍛えてますから、女であるだけで男よりは軽いでしょうし…」

メジャーを仕舞う彼女の質問に答えながら、ブラウスのボタンをはめていくセイリン。若い女性は足の包帯まで取り終えたようだ。

「…驚かんで欲しいんだが、それはアンタの筋力で可能になったわけじゃねえ。」

「どういう意味ですか?」

白髪混じりの女性からの衝撃的な発言に、スカートのホックをかけようとした手が滑る。

「それは『御加護』だ。アンタの家で、幼子に儀式をやる風習はあるかい?」

「いえ。貴族ではありますが、一族特有の儀式なんて聞いた事もありません。」

彼女の話を聞きながら、気を取り直して服を身に着けていく。マントを付け終わるまでに必死に幼い頃の記憶を辿るが、形式張った集まりをやった記憶はないのだ。若い女性が頬を染めたまま、セイリンの捲れたマントを整えてくれる。

「そうか。では、困っている小さな生き物を助けた事はあるかい?白くて毛深い、丸っこい奴なんだが…」

「…いや、記憶はないですね。」

質問を変えられても、全く分からない。お手上げ状態のセイリンへと救いの手が伸ばされる。扉がノックされたのだ。

「ディオン、入って良いぞ。」

「失礼致します。」

セイリンが率先して声をかければ、己の従者が1番に医務室へ足を踏み入れる。その彼に、

「なあ、白くて毛深い丸い生き物って見た事あるか?」

「…それってセイリン様が、8歳になるまで飼っていた鼠ですか?」

セイリンの記憶にはない何かを憶えているかと期待して聞いてみると、見当違いな事が即答された。その瞬間、期待で膨らんだ胸が萎み、

「…キキョウは、モルモット。毛には白だけではなくてブラウンも入っていたぞ。」

鳥籠で飼っていた可愛いペットを思い出す始末だ。必死に抵抗するセイリンを力で抑え込んで、父親がそのペットの首を落としたのだ。

「我が君が何処から拾ってきた分からない鼠の目が4つあるって、奥様が失神した事は憶えております。」

「そりゃあ、多眼鼠という肉食魔獣だ。何もされなかったのかい?」

やれやれと肩を竦めるディオンと、ギョッと目を見開く白髪混じりの女性。あの子が魔獣であった事を知ったのは、たった今だ。モルモットだと信じて疑わなかった。

「…普通に可愛かったですよ。」

植物の種をあげると喜んで食べていたキキョウ。噛み付かれた憶えもないのだ。

「魔獣を憎み、魔獣に好かれる貴族令嬢か。」

「変な呼び名を付けないで下さい!」

フラッと入室してきたラドの言葉に、過剰反応するセイリン。彼を睨みつつも、両拳に力を入れて自分を抑える。

「ラドさんは何だと思うかいな?」

「見当つかない。とりあえず、知っている匂いはしない。」

ディオンに手を差し伸べられて、大人しくエスコートを受けるセイリンの後ろで、先程の女性とラドが話し始め、

「…ただ、ブルドールの血を浴びていてもおかしくはない。」

ディオンの一族の名が出てきて、セイリンとディオンが同時に振り返るが、

「光を感じん。そこは違いそうだな。まあ、いずれ分かる日が来るだろう。…ああ、また出来上がったら持ってくるからな。」

親方も話に入り、セイリン達を追い出すような手振りをする。セイリンはディオンと顔を見合わせてから、今にも口に出そうな疑問を飲み込んで退出した。


 吹雪で前方が見えない。リガが近郊の村を出発した時は快晴で、まだ雪が降るような気候ではなかった。それが、森に近づいた途端にこの白景色。震える程の寒さもない中でのこれだ。ヌシがこちらを警戒しているのか、それとも森そのものが拒絶しているのか。どちらにせよ、この先を抜けねば目的地傍の町にも行けないのだから、歩き続けるしかない。まだ雪が積もっていない土の上を踏みしめて森へ。虫の声は愚か、動物の足音もしない静寂さの中に、微かな気配を感じ取る。それが何なのかまでは判別ができないが、吸い寄せられるように、視界が悪過ぎて時折木にぶつかるが、1つの目的地として突き進む。どうせ、この状態では何処に進んでも森の外には出してもらえないのだから、それならば退治へ向かおう。この短時間で地面に雪が積もり始めると足場が悪くなり、仕方なくふわふわと飛ぶ。この雪の中ならば人が飛んでいる姿を目撃する旅人は居ないだろうと思っていたのだが、

「そこの浮いてる幽霊さんで良いから、助けてよ!!このままパパに会えないで死ぬのはヤダヤダ!」

リガが吸い寄せられている気配の方向から、泣きじゃくる男の子の助けを呼ぶ声が聞こえる。どうも姿を見られたらしいが、まずは現状把握が最優先。宙に浮いたままのリガは、一気に加速した。

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