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380,少年は会いに行く

祝!380話!

今のリティアの旧校舎での状態は、小型カメラで撮影しているようなイメージです。

 あの透明な石が手に触れる前に、視界が白に覆われた。気がついた時には自分のベッドの上で朝を迎えていて、何をするよりも先に身体の汗の臭いを消す為にシャワーを浴びたディオンは、朝早くから弁当を用意しているテルとソラと合流して、心配されながらもいつものメンバー分の弁当箱を抱えて寮を出る。2人共も一緒に女子寮まで彼女達に会いに行く。昨日のリティアは、セイリンの介助無しには水も含む事ができず、ベッドでずっと眠っていたとテルから教えてもらった。すぐに強さを手に入れられたら良いが、そんなに簡単な話ではない。昨夜のレインの戯言が本当ならば、今日のリティアは歩ける筈だ。昨夜の戦いで、彼の顔が歪む事は1回もなかった。ディオンが遊ばれていただけなのだ。

「今日は皆で登校できると良いな…」

今にも掻き消えそうな声で呟くテルをソラが静かに見つめ、

「想像していた学校生活とは程遠い日々を過ごしている俺達は、何処の誰よりもその経験を糧にできる。」

「ソラ。それは皆が無事に卒業した後、酒の席でする酔っ払いの発言でしょうが。」

目の前の問題から既に外れた立ち位置で物を言うソラを叱るのは、人数分の弁当を抱えたディオン。リティアが部屋から出てこられない場合、セイリンは学校を休む。その為、いつもの籠をやめて1人分ずつ分けてあるのだ。女子生徒がどんどん出てくる中、テルの知り合いやディオンに好意を寄せる生徒達が頻繁に声をかけてくる。そこには、あのメルスィンも例外ではない。最近は教室内でリティアにべったりの彼女は、この前のダンスパーティーでもドレス姿でリティアの手を取ろうとしていて、リティアはスカートを大きく広げてリンノの両手を握りに行った。リティアに避けられてもめげない彼女は、一体何なのか。

「ディオン様!リティアさんが朝食を摂りに来られてましたよ!!もう少ししたら、で、出てこられるかしら?」

「そうなのですね。ご丁寧にありがとうございます。」

そんな彼女は、こちらが気になっている事を伝えに来てくれたようで、ディオンが感謝の心を込めて微笑むと、ポンと頬を赤らめた。

「ただ、寮母さんや食堂の婦人達が彼女を囲って大泣きしているので…。もしかしたら登校はギリギリになるかもしれません。今夜の女子寮の夕食が豪華になるらしいと噂が流れてます。」

彼女は恥ずかしそうに俯きながらも、女子寮の現状まで教えてくれて、

「リティちゃんって、そんなにおばちゃん達に人気なんですか?」

「前期に居たハルド先生の親戚のカノンさんと仲良くしている姿が絵本の中みたいで、結構盛り上がったのですよ。カノンさんが帰られてからも、リティアさんに婦人達が話しかけに行ってますよ。」

テルが首を傾げると、こちらが全く知らなかった情報まで惜しみなく答えた彼女。その話は、一緒に居た筈のセイリンからも聞いてない。カノンは『帰った』事になっている。真実を知るテルは唇を噛み、ディオンは平然を装う。ソラの表情からは何を考えているかが、全く分からない。

「教えて下さりありがとうございます。登校時間が過ぎてしまっても、今お会いしたいのでこのまま待ちます。メルスィンさんは、お先に教室に向かわれて下さい。」

「はい、分かりました。では後ほど教室で。」

ディオンが左足を僅かに後ろへ下げて礼をすると、彼女は軽い足取りで他の女子生徒達と階段を昇っていった。ソラの冷ややかな睨みが彼女の後ろ姿に突き刺さっており、ディオンはすかさず積み上げた弁当箱で視界を遮る。

「…御貴族様って、どうしてこうも胡散臭いのかと思って。あのリティアさんの状況では、次の日完全に回復してましたなんて有り得ない。そのくらい」

「ほれ、リティアがお目覚めだぞ。」

ブツブツと不満を垂れ流すソラに、セイリンの呆れ声が覆い被さった。テルが誰よりも先にリティアに両手を広げて迫り、ケルベロスの突進が彼女を守る。高鳴る胸の鼓動を抑えながら彼女へと視線を向けると、『無表情』のリティアが色が何色も塗られた紙を大切そうに抱きしめていた。


 ソラが作ったという色一覧で、何となくリティアと意思疎通ができるようになった。リティアには、色一覧とそれに合わせた意味まで書いてあるが、こちらはリティアが持っている色一覧と同じ位置に意味が書いてあるだけ。どうも、遠くから見ても色とその位置関係だけでこちらに伝えられるようにしているらしい。全ての紙の左上には黒色で三角が書かれ、リティアの色一覧を見誤らないようにという配慮のようだ。「ディオン」「ご飯」「一緒に」と指差しされると、ディオンは自分の席から立ち上がり、リティアの手を取る。これがレインの目に映った時に、どうなるのかは分からないが、一見ただの色一覧だ。絵が描いてあるのとは訳が違う。一覧にないものは、リティアの口がパクパクと動くのを見て、「ハル」とか「リンノ」とかの推測はできるが、これも正確ではない。顔振りは可能なので、そこから導き出す事もできはする。意思疎通を可能にしたソラに感謝しながら、リティアへ謝罪をするタイミングを見計らっているのだが、ハルドが心配がって近づいてきたり、リティアの為に中庭に降りてきたカルファス達が代わりにエスコートしようとしたりと邪魔が入り、なかなか難しい。ハルドに関しては時折棘のある視線をディオンに浴びせてくるものだから、それに気がついたリティアに腕を叩かれていた。リティアが怒っている事にハルドも気がつき、セイリン達が到着する頃には彼は退散して行った。無表情でも怒りがこちらまで伝わってくる為、カルファスも苦笑いしている。静かに後ろに控えるセセリは、接続通路でハルドに手招きされて、自らの主を残して彼を追いかける。マドンも気にする事はない。

「カルファス様、宜しいのですか?」

「勿論。彼にはとても大変な事をお願いしているんだから、こちらが止めるわけにはいかない。」

ディオンが確認を取ると、どこか苦痛を耐えるような表情を浮かべるカルファス。リティアの手が彼の手を優しく擦り、彼の表情は少し穏やかになるが、こちらの心は穏やかではない。いくら喧嘩したとはいえ、目の前に恋人が居るというのに、他の男にそういうスキンシップをするとは如何なものか。リティアの慈愛が、彼女の特別になった筈の自分を苦しめるのだから、これを故意にされていたら「悪女」と呼べるだろう。しかし、彼女が他人の心を弄ぶ性格ではない事くらい理解している。自分が諦めて我慢すれば済む話だ。

「何でカルファス殿まで居るんだ?」

セイリンが両手に双子を引き連れてきた瞬間からカルファスを睨むが、彼は余裕な笑みを浮かべ、

「今度の土日休みの予定をお伝えしようと思ってさ。馬車の手配は終わっている。リティの事が心配ではあるが、これはディオン殿が強くならないと駄目らしいから、鍛錬も兼ねて人助けをしよう。」

「売名行為が先だろう。」

勝手に決めた事を話し始めると、セイリンがベンチに座りながら牙を剥く。といえど、人間に犬歯はとてつもなくこじんまりとしているのだが。

「勿論。冬休暇までにやれるだけの事をするよ。ハルド先生からは許可を得ているから、同伴してくれる。」

「リティア様も、もし宜しければいらっしゃいませんか?御身体の調子がよろしい時だけでも…」

カルファスに続いてマドンが口を開くと、ライスボールを食べていたリティアがコクリと頷き、弁当からもう1つライスボールを取り出すと、威嚇しているセイリンの口に横から押し込んだ。いかにも彼女らしい黙らせ方だ。セイリンもリティアにされたら、大人しく食べるしかない。

「そ、それって俺達も良いんですよね?」

テルがおどおどしながら口を挟むと、カルファスとマドンは一瞬顔を見合わせて、

「勿論、大歓迎だよ。宜しくね。」

にこやかに笑みを浮かべた。

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