38,隊長補佐は招かれる
真っ昼間の調合室の机には、紙袋が乱雑に投げられている。珈琲を飲み干したラドは、カップをハルドに雑に渡して、数々の袋から必要なものを仕分けしていた。ハルドは机の隅で、そのカップに珈琲をドリップして、いつもの如く冷めるまで待っていた。
「ハルド、手伝え。」
「やだよ、珈琲をこぼしてしまう。」
2人分の新しい魔法士団の団服が支給され、ラドが手慣れた手付きで畳んでトランクに仕舞っていく。コンコンと扉をノックされ、ラドがササッと隠し始めた。そして、一拍置いてコンともう一度叩かれると、扉が勝手に開かれた。
「いるなら返事くらいしたらどうなのですか?」
「生徒が来たときのために、団服を隠していたので手間取りました。」
申し訳ございませんと、ガバッと立ち上がり頭を下げるラドと対照的に、ハルドは軽く手を振る。
「1ヶ月ぶりだねー。リグー。」
「ハル、怪我は大丈夫なのですか?報告書では結構やられていたようですが。」
臓器は破裂してませんか?と、怖い発言を付け足してくるリグレスに、軽く笑い飛ばすハルド。
「聖女様…、いや女神様のお慈悲を頂けてそれは何とかなったからさ。あ、これが追加の報告書。」
ひらひら~とリグレスの前に出せば、リグレスが両手で封筒を受け取り、中身を確認する。
「…まさか、旧校舎はそのような造りになっているのですか。次の長期休みにでも調査隊を派遣しましょう。その間は生徒には帰省してもらわねば。」
報告書の欄外に、立ったまま自分の考えたことをサラサラと書き足していくと、ハルは指を動かし、新しいカップに淹れた珈琲をリグレスの真横に浮遊させる。
「リティをどうするのさ。実家もリコさんの家もごたついていて帰れないだろう。」
「あの、あのリルド様ですよ?」
言わずもがなと、ペンを胸ポケットに差して珈琲を受け取り、香りを楽しむ。
「あ、察したわ。続きは言わなくていいよ。」
「そこまで隊長は過保護なのですか?」
ラドは眉間にシワを寄せる。隊長として接するため、妹絡みの話はあまり隊内でも広まっていないのだ。リグレスもハルドも同時にため息をついて、2人で顔を見合わせて笑う。
「妹を大切に思うあまりに、見合い話を全て断って、団長が頭を抱えるほどですので。」
「そういうリグも、リティを可愛がっているじゃないか。」
お前も人のこと言えないだろと、指差すハルド。
「父からの命令がなければ、もう少し何かしてあげられるというのに。何故関わってはいけないのか理解できません。」
「頭が古いんだよ。リティは、あの一族には寧ろ高嶺の花だぞ。」
可愛いよなーと陽気に笑うハルドに、リグレスがどす黒い笑みを浮かべたため、ラドは自然と身体に緊張が走る。
「ハル、少しでもやらかしたら首飛ばしますからね?」
「え?俺死ぬの?」
「…そ、それで話を戻させて頂いてもよろしいでしょうか?隊長補佐様?」
突然の怖い発言にキョトンとしたハルドがこれ以上話し始める前にと、ラドが話を戻しにいく。そうでしたと、リグレスは報告書に目を戻す。
「ああ、申し訳ございません。とりあえず、旧校舎の件は持ち帰りますが、そのつもりでいてください。あと、お2人の傷が全治したとは?」
「女神様のお慈悲。そうとしか今はリグにも伝えられない。」
「…ラド。」
ハルドの真剣な眼差しを受けながらも、確認をラドにする。
「これに関しては、申し訳ございません。黙秘とさせてください。お教えできる時期が来ましたら必ずお伝えいたしますので。」
その言葉を聞いたリグレスは、ふぅと息を吐く。
「…。まあ今は、『2人があまりにも厳しい戦闘後に気を失っていたら、傷が癒えていた』ということに致します。それで、この聖女ルナらしき声とは。」
静かにコクリと頷く2人。それを見て肩を落とし、
「厄介なことになりそうですね。そして、場合よってはハル。」
「え?」
「この任を降りていただくことになるでしょう。」
そう断言するリグレスに、ハルドは目を見開き、その瞳が揺れて、口を震わしながらも、
「そ、それは、俺の精神が乗っ取られる可能性が捨てきれないということだよね。」
「はい、ここの報告書にも記載しましたね。その声で、貴方の中の飛龍が表に出てきたというのならば、我々に危害を加える可能性がありますからね。」
ハルドの様子を見ながらも、リグレスはあくまでも冷静に回答していく。
「リティを守れないじゃないか。言っておくけど、お前の一族は信用してないよ。」
ここにリティが入学する可能性があるからと任を受けたのにと、机に突っ伏して嘆くのはハルド。
「勿論、理解しております。リティアさんを亡き者にしようとしたのは紛れもなく彼らですから。一族の中で守る動きと、抹消しようとする動きが勃発しています。リザン様亡き今、リコ様だけでどこまで抑えられるか。」
「一族としては貴重な母体になるというのに。」
ある程度の内情を知っているハルドは、歯軋りをする。話が脱線したため、ラドは再び静かに仕分けに戻っていた。
「リティアさんをそう見ている者を居ますよ。それでも一族の顔に泥を塗ったと誤認している者達も多いことは事実です。」
「誤認…なんだね?リグの中では。」
淡々と述べていくリグレスに、念押しをしながら、冷めた珈琲に口をつける。
「それは目の前で、ハル復活の奇跡を見ましたし?これに関して知っている者はごく一部です。だから団長は、守りやすいように信頼している分家に早く嫁がせたかった。」
そう吐き出すと、今一度思案するために瞼を閉じた。その間、誰も言葉を発しない。暗い表情のハルドは珈琲をもう一杯淹れ始めた。
「…貴方がここから去る時までには、他の手を考えておきましょう。これは団長とリルド様との話になりますからね。」
やっと口を開いたリグレスは、今後のことを伝える。カップをハルドの隣に返却し、鞄の中に報告書を仕舞い、
「あ、あと女神様の話はリルド様には口頭で伝えておきます。くれぐれも彼女に無理だけはさせないでください。」
そう言い残して、調合室を出ていった。
放課後、セイリンと一緒にディオンを連行して調合室の扉を叩く。
「失礼しますー。ハル先生…」
リティアがそろーりと扉をくぐると、ハルドは小瓶に軟膏を詰め替えているところだった。軟膏ベラを置いて手を振ってくれる。
「リティア君、ハルさんと、ハルド先生が入り混じっているから、どちらかにしてほしいな。」
「はわ、すみません。蒼茸の軟膏と、栃の実の軟膏を分けてほしいのです。」
セイリンに背中を押されながら、教室に入れられるディオンの足をリティアが指差すと、アハハっと笑うハルド。
「あー、今朝ディオン君が階段で盛大に転がって足挫いていたからね。」
「ちょっ、言わないでくださいよ、恥ずかしい…」
ハルドによって自分の失態がバレてしまったディオンは、耳まで赤くして頭を押さえると、更にハルドの笑いが大きくなった。
「ごめんごめん、お弁当は無事だったかい?」
「はい、守りきりました。」
ドヤッ顔で返すディオンの後頭部をセイリンが引っ叩く。良い音で叩かれたディオンは、顔を隠すために使っていた手を今度は叩かれた頭を擦るために使うことになった。
「リティが心配していたんだぞ、もう少し気をつけたらどうだ。」
「申し訳ございません。セイリン様は心配なさってくださらないのですね…」
ディオンの心の声がボソッと漏れて、慌てて口を紡いで、恐る恐る後ろを振り向くと、王立ちのセイリンがこちらを睨んでいる。
「自分の大切な従者を心配しない主があるものか!」
きっぱりと言い放ったセイリンを見たディオンは、茹でダコになって床に崩れる。ハルドはそのやり取りを終始楽しそうに眺めていて、リティアは欲しい軟膏の小瓶詰めに集中していた。




