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368,少年は命じる

 蒼茸特有の甘い香りを漂わせながら、調合室でラドを落ち合おうと思っていたら、セセリとリティアが眠っているから静かに、とハルドに注意されて廊下で立たされているラドと出会った。そこから、マテンポニーのヒメが居る彼らの家を目指す。朝の静けさが嘘のように、活気づいた街から何処へ向かうのか。庭の草を食べているヒメの背中に男2人は、かなり窮屈だった。しかし、ラドは気にする様子もなく、

「俺の可愛いお転婆姫、今日は野宿になる。久々に沢山喰えるぞ。」

どちらかというと弾んだ声でヒメを走らせている。ディオンより少し背が低いラドの腰に手を回して、落馬しないように気をつけているだけでは足りず、両手に力を入れてしっかりと握らなくては今にも振り落とされそうな勢いで草原を疾走するヒメ。これに乗り慣れているラドは一体何者なのだ、と恐怖と好奇心がせめぎ合う。目の前に街が見えてきたのだが、その城壁ギリギリで横に逸れてヒメは走り続ける。ディオンは瞬きも許されず、そして目を離す隙もない。この猛スピードの中、声すらも上がらない。そうしている内に、こじんまりとした森へと突入し、滝が落ちる湖の中へとヒメが飛び込んだ。ディオンが身を硬くすると、ラドに手を叩かれて慌てて離す。ラドのみがヒメの背中を蹴って陸に着地する中、ディオンはヒメの道連れだ。上から下までびしょ濡れになったディオンは、慌てて地上を目指す。なかなか辿り着かない広い湖の底に光を反射する何かが視界に入った。

「亀…?」

「壺大亀という。良い練習相手になるだろう。」

水から上がったディオンを見下ろすラドが焔龍号を構えたので、ディオンも金剛剣を構える為に立ち上がると、ヒメがまだ泳いでは潜り、泳いでは潜りを繰り返していた。この盛大な水浴びの音を聞いてこちらの様子を伺う動物も魔獣も居ない。まるで、森の住民が不在かのようだ。

「それ程かからず戻ってくる。ディオンに、ハルドからの言伝がある。」

焔龍号の構えを1度解いて、ズボンのポケットからジャラジャラと色とりどりの魔石を取り出すラド。ディオンはそれを半ば強制的に手に握らされたが、この手は金剛剣を握ってきた為、

「魔石を使った戦い方に慣れろと。剣に魔法を帯びさせる為の魔石だ。」

「この剣にどうやれば良いのですか?」

ディオンは地面に落ちた魔石を急いでポーチに仕舞いながら、教えを請う。すると、ラドが焔龍号に紫色の魔石をぶつけて、焔龍号の刀身にバチッと音を立てて雷が発生した。

「こうだ。」

「は、はあ…」

教える気があるのか、ないのか。いつも通りのラドに、ディオンの呆けた声が漏れた。とりあえず、今自分の身体は水を帯びていると考えるのであれば、雷は避けた方が良い。黄色の魔石を金剛剣の刀身に当ててみる。まるで、セセリが扉を開ける時にやっていた事みたいだ。あの時、ハルドは…

「願うのではなく、『命令』を。」

その言葉を口に出し、金剛剣に魔力を帯びるように命じると、

《貴様のような半端者にできるものか。》

頭の中に地を震わすような低い声が響いた。ディオンが驚いて金剛剣を改めて観察すると、当てた魔石が勝手に砕けていくと、

《貴様こそ、死に損ないの癖して生きた人間1人を掌握できると自惚れるな。》

その低い声よりは高い、それでも低い男の声が聞こえてきて、その声には聞き覚えがあった。

「先生…?」

「意志を強く持て。その剣を与えたのは、お前が必ず扱えるようになると、我々が確信しているからだ。」

ラドを見上げると、水浴びを終えたヒメが彼の後ろに控えるように歩き、2人の主従関係を表していた。彼もまた、人の上に立つ存在と感じさせる威厳を放つ。ディオンの背筋が自然と伸び、

「その龍の戯言に耳を傾ける必要はない。そいつをお前の手で『魔法剣』に仕立てろ。」

彼を見据えると、追加の魔石を恵まれた。何度だってやってみせる。そうすれば、あの大鎌は壊せる筈だ。アリシアがやったように。ディオンは、再び魔石を剣に添えて命じる。次は『精霊』に。セセリがやっていたように。すると、刀身の輝きが増して、目に見える形で剣を覆うように風が渦巻く。微かにだが、ラドの口角が上がったように見えた。


 時計の時間を見て悲鳴をあげたセイリンは、リティアのベッドの大惨事にも悲鳴をあげることになる。血は落ちていない。彼女自体は、ここで怪我をしていないようだが、当人がいない。ケルベロスも居ない。その大きな身体を縮めたスズランは、セイリンのベッドに貼り付いて怯えているのだ。寝起きのセイリンにも、この異常さは理解できる。悲鳴をあげた後ではあるが、これ以上の不要な音を立てないように静かに足を床に降ろすと、

「キュウ…」

その足にくっついてくるスズラン。ゴツゴツした肌がひんやりとしている。セイリンは助けを求める彼女を抱き上げて、

「スズラン、大丈夫だ。私が守るからな。」

彼女の額にキスを落とす。彼女がどれだけ大きくなろうが、まだ赤ん坊か子どもだ。愛らしい銀色の瞳を覗き込んで微笑んであげると、スズランの震えが少し治まった。そろそろこの重さに腕が限界を迎えるという頃には、彼女をベッドに降ろして制服に袖を通す。そして、ランスを手に調合室へと向かう。様々な生徒達の目を拐ったが、セイリンにはそんな事気にならない。それよりも、ぶるぶる震えながらも懸命についてくるスズランに、意識が向く。

「無理についてこなくて良いんだぞ。」

彼女の顔の前で屈んで、その頬を撫でる。スズランがグッと顔を押し当ててきて、傍を離れる事も怖いのかと理解する。彼女の歩行速度に合わせて、職員室の前の階段を昇ろうとすると、リンノが大きな紙袋を抱えて昇っている最中だった。

「リンノ先生。」

「ああ、ルーシェ殿。ああ…。あ。」

彼の異様な動きに、疑いながら声をかけると、振り返った彼の顔は青ざめている。セイリンに知られてはいけない事でもしようとしていたのだろうか、疑念が膨らむ。スズランを誘導しながら、

「如何なさいました?何かお手伝いしましょうか?」

彼の行き先を阻むように足早に前に回ると、

「いや、ああ…。と、とりあえず、調合室に入るのは待って下さい。ああ…私のリーフィ。いや、リティア…」

明らかに動揺しているが、リーフィとリティアを間違えるというこの動揺っぷり。こちらが心配になってくる。

「本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ではないので、話しかけないで下さい。」

今にも泣きそうな彼に驚く。いつものあの自信に満ちた高圧的とも取れる態度をしている彼が、ここまで弱々しく動揺しているのは、悪巧みではなさそうだ。何か心配事が…

「リンノ、来るの来ないの、どっちだい?」

「い、い、行きます!ああ!リーフィ!」

上からのハルドの声に、彼は慌てて大股で階段を昇って走り去る。

「リーフィじゃなーい!」

そしてハルドの怒号が、こちらにも届く。恐らく、調合室にリティアが居るのであろう。それであの動揺だ。彼女が、かなりまずい状態なのではないだろうか。そう思うとセイリンは、スズランとランスを抱えて調合室前へと走った。扉に触れる前に、その扉を阻むように黒い巨体。ケルベロスだ。しかし、何か様子がおかしい。頭が1つ、瞼を閉じてぐったりとしている。スズランを床に降ろして、

「ケルベロス、その頭どうしたんだ?」

撫でると、冷たい。呼吸の風も感じない。他2つの顔は、静かにこちらを見ているだけだ。セイリンの心臓がドクンと音を鳴らす。スズランがケルベロスに寄り添う中、セイリンの瞳は外へと向けられた。足を階段へと戻そうとした途端、

「セイリンさん、ディオンはラド先生と何処か行きましたよ。」

接続通路から来たソラに、声をかけられる。彼の隣には、応急袋を抱えたテル。甘い香りがこの鼻を掠めた。

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