表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
363/838

363,少年は昂ぶる

 身体を起こせない。目が回る感覚と、下へ下へと押し付けられる重さが全身にかかって目を覚ましても動く事ができないのだ。ディオンが心の中で金剛剣を呼ぶと、彼はディオンの腕の中にすっぽりと収まり、心なしか身体への重圧が軽減されたように感じる。これならば身体を起こせると、気合いでベッドから立ち上がると、中退と退学で数が減ったルームメイト達はまだ寝息を立てていた。この異質さにディオンは、チェーンメイルをつけてから、寮室を出た。上の階から足音が聞こえ、他に起きる事ができた人がいるのか、それとも害を為す存在か、と警戒をしながら階段へと差し掛かった時、

「顔の良い人ー!会いたかったのですよー!」

アリシアがこちらへ飛んできた。彼女は、クラゲのようにディオンの周りをふわふわと浮いていて、あの足音の存在ではないようだ。

「また、魂喰いセイレーンでしょうか?アギー君は無事ですか?」

「いえー?これは、王都に棲まう魔獣からの攻撃ですよー!リティアが罠に引っかかったんです!」

ディオンが聞くと、アリシアが顔をブンブンと横に振った。王都に魔獣が棲み着いているとは、どういう事なのか。あれだけの多くの人間が住む街は、魔獣の手に落ちたという事なのか。それならば、王国団は何をしていた?先日、ダンスパーティーに挨拶に来たあの男は、その状態で民を捨ててきたのか?ディオンの中の疑念が膨らんでいると、

「変な想像をしては、駄目ですよー!攻撃を受けている最中に、集中できないと首刎ねですよ!」

「なかなか怖い事を仰りますね。」

無邪気な笑顔で言う事ではないだろう。人間ではないアリシアには、人間の命の重さなんて分からないかもしれない。階段を駆け上がろうとすると、彼女が目の前に立ちはだかり、

「貴方がするのは、生徒用玄関を開ける事と、旧校舎に落ちたリティアを助けに行く事なのです!上の子に会いに行く時間が惜しいのですよ。」

下の階へ向かう階段を指差される。ディオンとしては、前回の魂喰いセイレーンとの戦いみたいに、相手の口車に乗せられ続けられたくはない。

「旧校舎にリティアさんが拐われたんですね?それは、信じても良いのですか?」

「女子寮に入って確かめても良いんですよ?」

ディオンが、少しだけ眉を下げて微笑みながら聞くが、彼女に冷たい眼差しを向けられる。

「いえ、やめておきます。」

ディオンは諦めて階段を降りる事にする。令嬢達に効く微笑みは、アリシアには全く効果がないようだ。


 ひたすら走る。この階から降りる道がないだけでなく、行き止まりも存在しない。魔法罠の類だろうか。リルド達によるものとは、セセリには思えなかった。どの寮室の扉も開く事なく、窓を叩き割る事もできない。少しでも足を止めると、奴が距離を縮めてくるのだ。スティックを振る暇すらない。

「狙われたのが、自分で良かった…」

本心でそう思う。カルファスやマドンであったならば、悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。ただ今のように、誰も居ない場所、誰も入れない場所、誰も死なない場所であるならば、セセリは少し試してみたい事があったのだ。いつもポケットにいくつかの白濁した魔石を忍ばせていて、最近は色を戻す作業に慣れてきていたのだ。走りながら、精霊が詰め直された黄色い魔石を1つだけ取り出す。そしてそれを得体の知れない黒い靄の魔獣へと投げ、

「精霊よ!魔獣を払って欲しい!」

魔獣が消失する想像と共に、声を張り上げた。しかし何も起きる事はなく、魔獣の靄の中に吸い込まれていく。奴との距離が狭まる中、また反対方向へと走り出すセセリ。どうやら自分には、『見える』だけで攻撃はできないようだ。靄がセセリに触れるところまで迫ってきたところで、先程投げた魔石が前方の床に転がっているのが見えた。脚で蹴り上げて自分の手の中に戻すと、

「いえ、やめておきます。」

ディオンの声が左側で聞こえた。近くの壁へと手を伸ばすと、そこに壁はなく手が擦り抜けた。頭のすぐ後ろでヒュンと風を斬る音を聞きながら、壁の中へ滑り込む。階段が目の前に現れたら、すぐに二段飛ばしで駆け下りて、寮の扉へ近づくディオンの姿をこの目に捉える。それは彼も同じだった。彼は振り返って瞳をこちらへ向ける。そして、黄金に輝く剣を振り上げた。重甲な黄金の鎧が彼の身体を覆うように出現すると、彼がこちらへと駆け出して、何も言わずにセセリの隣を通り過ぎ…


ガキィィイン!!


セセリの真後ろで金属と金属がぶつかり合った。セセリは、ここで身を翻して魔獣と向き合う。それは『靄』。何処かの未来で、カルファスが己の首を差し出すもの。その靄の中には、大鎌が円を描くように回っていたのだ。

「あらー。貴方もこちらと合流なのですかー?」

ふわふわと浮かぶ女性が、不思議そうに首を傾げてきた。

「精霊人形アリシアですね。」

セセリが睨むと、にっこりと笑顔を向けてくる。

「劣等感がある限り、魔法は上達しないんですよー?魔法士のピヨちゃん!」

彼女はそう笑いながら、ディオンの剣に触れると刃が雷を帯びる。彼は何も気にせずに、その状態で大鎌を薙ぎるのだ。大鎌が雷を帯びる度に、動きが遅くなる。効いているのか?

「劣等感も何も…そもそも使い方も分かっていないのですけどね。」

セセリはブツブツと呟いて、魔石を握りしめて願いをかける。あの大鎌を『破壊』したいと。その光景を想像して大鎌を睨むが、何も起こらない。そう思ったが、手の中の魔石が白濁すると同時に大鎌がチカチカと光り始め、攻撃を中断したディオンが、ひとっ飛びでセセリの隣に帰ってくる。アリシアも涙を撒き散らしながら、猛スピードでセセリの胸へと飛んできた。身を翻して彼女を避けたが。

「爆発するかと思われます!私の後ろへ!」

ディオンの剣が大きな盾へと変化し、セセリの前へ一歩踏み出す。セセリも言われた通りに、彼の背中に守ってもらうと、前方で何かがバキバキと大きな音を立てて、四方八方に刃の破片が飛び散る瞬間をこの目に捉えた。ディオンの盾が一瞬で剣に戻ると、靄が嘘のように消えて大鎌も床に転がった柄を残して、ただの棒と化していた。

「魔術陣の光は見えませんでしたよね。魔法でしょうか?」

ディオンが柄を拾い上げた直後、アリシアが彼へと飛び込み、その柄を奪い取って燃やして炭化させた。

「顔の良い人ー!リティアと同じ事をしては駄目です!敵の罠に二重にかかるつもりですかー!」

「これは、失礼しました。」

頬を膨らますアリシアに、眉を下げて微笑むディオンを眺めながら、セセリは手の中の白濁した魔石にもう一度精霊を流し込むイメージを膨らませる。瞼を閉じて、精霊の流れを頭の中に風みたいに描き出す。そして、ゆっくりと瞼を持ち上げると、黄色く輝く魔石に戻っていた。その魔石をポケットに戻して、アリシアに怒られながらこちらへと帰ってくるディオンを見上げると、突然セセリの視界が暗転した。まただ。セセリの中の『未来視』が始まる。ディオンの鎧は今のような黄金でその上から純白のマントを靡かせ、肩当てに綺羅びやかに輝くは、『金色』の飾緒。そして、そんな彼の隣には、優しく笑みを浮かべる純白の団服を身に着けた我が主!その肩章と飾緒は、『銀色』だ。あの方の『未来』を変える事ができたか、或いはできるかもしれない。その希望に、セセリの感情はいつになく昂ぶった。

「ディオン殿は、魔法士でありましたか!」

この発言が、後々彼をどれだけ苦しめる事になるとは、喜びに満ちた今のセセリには思い至らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ