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359,少女は目を見合わせる

 ダンスパーティーが閉会しても尚、生徒達の熱は収まらない。教師達から注意を受けても、寮に戻らない生徒も多い中、片足でくるくると回るリティアと共に、玄関前である人物を待っていた。

「リティ、良かったな。久々に会えたんだもんな。」

「はい!」

セイリンが頭を撫でると、ご機嫌なリティアが制服のスカートを膨らませて回る。

「お待たせ。」

「ハルさん、お疲れ様でした!」

ゆっくりとした足取りで歩いてきたハルドに、リティアがぴょんぴょんと跳ねながら手を振った。彼の後ろから、リティアが待ちに待った相手が出てくる。王国魔法士団の団服を纏った男性、リルドだ。相変わらず仮面を外さない彼だが、リティアは地面を蹴って彼へと手を伸ばす。彼もしっかりと受け止めて、リティアの軽い身体が簡単に持ち上がった。恋人という存在がいても、リティアにとっては大切な相手なのだろう。ここにディオンが居なくて良かったと、セイリンは密かに安堵する。

「二人共、他の人達の前だよ。」

「そっか、そうだねー。リティ、降ろすよ。」

ハルドから小声で指摘されて、リルドは彼女を丁寧に地面に降ろした。リティアは、少し名残惜しそうに手を伸ばすが、リルドが首を横に振る。

「じゃあ、忘れる前に言っておこうか。セイリン・ルーシェ殿、冬季闘技大会の推薦状はサンニィール家から1枚お渡しするから、必ず上位に食い込む事。」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

リルドから言われた事に、セイリンは前のめりになりながら頭を下げる。サンニィール家からの推薦状なんて、なかなか入手できる物ではない。ハルドのおかげか。後日、お礼をしなくては、と思っていると、

「えっ?サンニィール家は、貴族ではないよね?」

「リティ、特例ってものがあるんだよ。そして、サンニィール家も推薦状を書くのはこれが初めてとなる。それだけの期待がかかっている。」

リティアの敬語が珍しく崩れた。リルドも驚く素振りはない。それだけリティアが気を許しているという事か。セイリンは、自分にかかった期待に応えるべく、

「今すぐに鍛錬してきます!」

「馬鹿言うな、子どもは寝ろ。」

まずは走り込みから、と意気込んだところで、何処からともなく現れたラドに頭を叩かれる。

「あはは。ラド、よろしく頼むね。」

「お任せ下さい。地獄からでも這い上がれるように鍛えます。」

楽しそうに笑うリルドと、深々頭を下げるラド。ラドがまるで従者のように振る舞うのは、サンニィール家だからか、それとも王国団の隊長格だからか。セイリンにそこまでの判別はつかない。

「セイリンちゃんが地獄に落ちる事があるなら、その時は一緒に行きますね。」

「リティ、ただの例え話だから。怖い事言わないで。」

リティアがセイリンの手を優しく包み込んで微笑むと、仮面の上から額を押さえるリルド。

「私が落ちるのは、奪われた民を救いに行く時だ。リティには、私の帰りを待ってて欲しい。」

「私も、一緒に戦います…!」

セイリンがニコリと笑みを向けると、リティアは真剣な表情に変わって見つめてきたが、

「話がおかしな方向に行っているぞー。リルもそろそろ時間だし、渡す物あるなら早めにどうぞ。」

ハルドが手を伸ばしてリティアの頭を撫でると、彼女の視線はセイリンから簡単に外れる。セイリンは胸を撫で下ろしてから、ラドに不満を込めた視線を送るが、彼からはいつもの仏頂面しか返ってこない。

「リティが楽しそうで何よりだよ。誰にも見せては欲しくない物だけど、君に渡しておきたい。」

「これは?」

リルドの手に突然現れた丸められた羊皮紙を、リティアの首が傾いた。

「俺が持っていると、危険な事が書いてある。けれど君が持っていれば、君に降り注ぐ災いのいくつかは振り払える筈。」

リティアの左手に羊皮紙を乗せてから、彼女の右手で挟ませて、その小さな手を彼は優しく握る。

「セイリンちゃんにも見せてはいけないの?」

「ああ、ごめんね。ハルとラドくらいは見て良いよ。リンノはやめて欲しい。」

リルドからの贈り物に、リティアの表情が曇った。羊皮紙をじっと見つめながら、

「…そっか。分かった。見たら大事に仕舞っておくね。」

「ありがとう。精霊人形アリシアは、今度はどんな手を使ってくるだろうかね。どうにか先回りできたら、君を守れるのに…。」

物分かりが良く何度も頷くリティアの頭を、次はリルドが撫でる。嫌がらずに撫でられているところを見ると、リティアは慣れているのだろう。サンニィール家とここまで仲良くできる一族なんて、セイリンは知らない。しかし、現にリティアは仲良いようだ。

「大丈夫だよ、ハルさん達が居るから。心配しないで。」

「心配に決まっているじゃないか…。」

リティアがハルドに目配せして微笑むと、リルドは頭を抱えて屈み、ハルドが成人男性を簡単に抱き上げてしまった。ハルドの顔の前にバチッと小さめの雷が発生し、リルドは自力で腕の檻から脱出する。

「はいはい、泣かない。二人共、時間を割いてくれてありがとうね。今日は、もうお休み。また明日も学校で。」

「おやすみなさい。」

教師2人とリルドに見送られて、セイリン達は帰宅した。


 昨夜の寮室では、リティアが目を輝かせて読む羊皮紙には触れずに、甘えてくるスズランを抱きかかえて握力と腕力を苛めたセイリン。朝から地味に痛む腕を労りながらいつも通り女子寮を出ると、ディオンは女子生徒達に囲まれていた。通常ならば、恋仲の相手がヤキモチを焼くところだが、

「ディオンさんのお話が、終わるまで待ってましょうか。」

いつもと変わらぬ微笑みを浮かべるリティアに、

「ディオンを怒って良いんだぞ?」

「え、何でですか?」

セイリンが指摘すると、きょとんとした表情を向けてくる。リティアは、恋愛するには心がまだ成長していないのだろうか。それとも…

「リルド様の事が好きか?」

「はい!大好きです!」

小声で聞いたというのに、良い発声と良い笑顔で返されて、ディオンの視線がこちらへ痛い程刺さる。心の中で彼へと謝りつつ、密かに分析する。リティアがずっと会いたくて、先に会っていたカルファスを羨ましがったリルドは、彼女の中でディオンよりも更に上位の『好き』なのだ。片想いの相手が別に居て、他の男と交際している状態ならば、ディオンへの執着は薄くて当然だ。ディオンが、女子生徒との談笑を切り上げて少しだけ大股で駆け寄り、

「お待たせ致しました。教室へ向かいましょうか。」

鉄壁の笑顔を向けてきて、リティアはニコニコと柔らかく微笑んだ。

「リルド様とは、どのようなご関係で?」

階段を昇りながら確認するディオン。先程の話をしっかりと聞いていたようで、腹の中では煮えくり返っている事だろう。

「え?お兄ちゃん…みたいな人です。」

野道に小花が咲くような控えめな笑みを浮かべたリティアに、セイリンもディオンも度肝を抜かれた。今まで見た事がないその笑顔。瞼を閉じてうっとりとする彼女は、リルドに恋をしていると確信せざる得ない。

「か、彼と、交際なさらないのですか?」

「え、お兄ちゃん…みたいな人と、どうしてですか?」

言いにくそうなディオンと、不思議そうに丸い目をするリティア。こちらはハラハラとするだけだから、他所でやってくれ!と、セイリンは叫びたくなる。

「お兄さんは別におられるのでしょう?血の繋がりがなければ、その可能性だって…」

「血が繋がっていようがいまいが、お兄ちゃんはお兄ちゃんですよ?」

突き詰めたいディオンと、とぼけているように見えるリティアの攻防が勃発する。先に教室へと逃げてしまおうと、セイリンがバレないように距離を取り始めると、

「グレスさんとは、交際なさいたいんですよね?」

「ディオンさん。これ以上は私でも怒りますよ。この件に関しての詮索はなさらないで下さい。」

リティアの説明に納得のいかないディオンに、リティアが冷たく言い放って彼の手を振り払い、先に教室へとスタスタと行ってしまった。彼女の背中を見送ったディオンとセイリンは、互いに目を見合わせたのだった。

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