358,男は焼き付ける
夕日が暮れる前から本格的に始まったダンスパーティーは、芋ばかり。貴族と庶民が入り混じったこの会は、見るに堪えない程の見窄らしさがある。今にも大声で笑い飛ばしたいが、真横では仮面を外さない王国魔法士団一番隊隊長が、芋達に向けて挨拶の言葉を述べている。先程の教師に背後に立たれて、隣にはリルドと、ハルドと呼ばれた教師。更には、壁側に立っている他の教師の塊から赤毛混じりの灰色の短髪の男教師が、こちらを睨みつけていた。動きづらくされつつも、出席を許したリルドの脇の甘さに反吐が出る。今からどんな惨劇が待っているのかも知らずに、芋達に深々と敬礼するリルド。拍手喝采の中、オーケストラが音楽を奏で始め、男装しているセイリンには女子が群がってきていた。リルドが台から降りてこちらに来ると、
「では、ダイロ殿。お帰り下さいますね。」
「その前に、こちらの奴隷達を返却してくれ。そうしたら、大人しく帰るさ。」
偉そうに言ってきた為、ダイロは向こう行けと手で払う。
「…分かりました。では、ホテルの前に集合させておきましょう。」
肩を竦めるリルドの表情は読み取れないが、さぞかし歪めているんだろう。この醜男の顔が見ていたいが、リンノがずいずいと迫ってきて、ダイロは手を伸ばす事をやめておいた。
「1つ言い忘れておりましたが、ここの食事に毒は盛られておりませんよ。サンニィール家が携わっている会で、そのような馬鹿げた事ができると思わないで頂きましょう。」
リルドからの言葉に、顔を歪めるのはダイロの方だった。あれだけの数を忍ばせた奴隷は、役に立たなかったという事か。恐らく、料理は全て作り直されている。ダイロは歯切りをしながら、リンノに連行されてホールの出口へと足を進めると、突然ホールが沸いた。ダイロの視界にセイリンが飛び込む。彼女へと目を向けると、純白のドレスに身を包んだ白銀の少女が、芋達の目をさらっていた。先程喧嘩を売ってきた餓鬼とは見間違える程の人形のように整った顔が際立つ。首からかけられた大玉の紫真珠、そしてそのドレスにあしらわれた刺繍の価値は、ダイロの目を誤魔化す事ができない。
「嘘だろっ?ミキーハの刺繍ドレスは、まだルビネリアだって手にしていないんだぞ…」
何故、まだ外に売り出していないデザイナーのドレスを、あの女が持っているのか。どうも、世間知らずの田舎令嬢ではなさそうだ。ダイロの口の中で血の味が広がる。エスコートするディオンの手に小さな手を添えるその女のもう片側は、後ろからダイロに圧力をかけるリンノと同じ青灰色の髪で、紫と赤色のオッドアイの侍女が控えていた。従者や奴隷として持つには希少価値の高いオッドアイまで所有している事が、ダイロにとっては面白くない。そこにセイリンが優雅に手を差し伸べ、その女は両手に騎士を得る。その瞬間のホールの盛り上がりは、貴族の夜会に王が到着した時みたいに建物が震えたのだ。ここにルビネリアが居たら、完全に霞む。それ程にこの女は、その存在を主張する。貴族の夜会でも見た事がない髪の装飾をこの目に焼き付けながら、ダイロは誰にも気がつかれないように左の口角を引き上げた。
今日のリティアは、ピンヒールのおかげでいつもより少しだけ身長が高く見える。それでも、セイリンの方が少し大きいのだが。あのダイロが出席する事に異論を唱えたが、魔法士団一番隊隊長が情けをかけたと言われれば、意見を引っ込めるしかなかった。フェーシーの孫娘フェナが、まだ生きているだけでも収穫だ。彼女を引き取りたいと頼んだ時のハルドとリンノの表情は、印象的だった。要は、彼女は故郷に『帰れない』。既にダイロの所有物だから。ダイロが財産を手放さない限り、声まで失った彼女は救われない。けれどそこに救いがあるとすれば、
「リルド様が守りの魔法をかけたそうだから、殺される事はないよ。」
ハルドからの耳打ちであった。セイリンは、ホールを出ていくダイロを極力目に入れないようにしながら、中心部へとリティアをエスコートし、誰よりも先に親友のリティアと踊り始める。空気を読んで後ろに下がったディオンは、後で褒めてやらねば。踊りの授業でも、他の生徒を釘付けにすると聞いていただけあって、動きが滑らかだ。まるで風と踊っている気分にさせてくれる。可愛らしく結ばれた髪。そしてヘアアクセがダンスの波に乗って泳ぐ。リティアの瞳の色に合わせたレース達は、まるで意思を持っているかのようだった。曲が終わると、踊らずにこちらに注目していた生徒達からの拍手が贈られ、リティアと2人で頭を下げてホールの中心から離れる。次にリティアと踊るのは、ディオンと思っていたところに、白い手袋を着けた男性の手が差し伸べられ、
「私と一曲、お願い致します。」
魔法士団一番隊隊長の手をリティアが取った。もう誰も踊らない。2人を囲むように教師も混ざって円を作り、ダンス中に男性ならではの腕力でリティアを宙に飛ばして、彼女もそれに合わせてくるくるとスカートを膨らませて舞うのだ。彼女が無事に着地すると拍手が鳴り響き、曲中に何度かコールが起きて、再度リティアは宙に舞い上がっていた。2人のダンスが終わって拍手の音が止むと、皆が思い思いの相手へと手を差し伸べる。セイリンには女子生徒が何人も駆け寄り、リティアは既にディオンと踊り始めていた。セイリンは、女子生徒1人1人と丁寧に男役として踊りながら、その視界には、壁に寄りかかって他の女性からの誘いを断るラドを映していた。
パーティーの中盤で、リティアがカルファスと踊る中、セイリンの手を取ったのはディオン。先程まで楽しくテルと踊っていたセイリンは、まさかディオンが来るとは思っていなかった。曲に合わせながらゆっくりと踊っていると、
「ラド先生はバルコニーに出られましたよ。誘われれば如何でしょう?」
「…彼は、今日誰とも踊っていないんだ。こういうのは好まないのだろう。」
他の生徒の目が無いのを良い事にコソコソと話す2人。踊りながらもディオンの肩が竦められ、
「卒業したら、2度と手に入らない機会を逃すなんて、私のお嬢様らしからぬ行いですよ。」
「むっ。」
セイリンからラドへの好意をあまり快く思わなかったディオンからのまさかの発言に、セイリンの頬を膨らます。
「応援まではできません。私達に自由恋愛は有り得ないのですから。けれど、夢を見る事に罰は降らない筈ですよ。だから。」
ディオンに強引に引っ張られながら踊らされ、曲の途中でバルコニーに近づく。そして、
「いってらっしゃいませ。」
彼に送り出されたというよりも、放り投げられた。カーテンで死角になる隅で壁に寄りかかっているラドが、こちらに視線だけ向けてくれた。セイリンもこの機会を逃さぬように、彼を見据えて、
「こ、この後一曲だけ、お、お願い、できませんか…?」
面白いくらいに声が震えた。このセイリン・ルーシェが、ここまで自信がない誘いをするなんて、失笑ものだ。ラドは、何も言葉を返してくれない。少しずつセイリンの視線が床へと落ちていくと、
「踊れん。」
一言。断られた。夢だからといって、必ず叶うものではない事くらい、セイリンだって分かっている筈なのに。諦め悪くここに居たら、嫌われるかもしれない。踵を返そうとした時、
「踊り方なんぞ、習ってないんだ。仕方ないだろ。」
思いもよらない言葉に、セイリンは顔を上げる。
「…変な事はやめろよ?」
彼が何と言おうと、セイリンは彼へと手を伸ばし、
「私が手取り足取り、お教え致します!」
笑顔という大輪の花を咲かせた。




