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356,少女は名乗る

 他人に見下される事には慣れている。だから、それをされても恐怖は襲ってこないし、リンノの表情の方が比べ物にならない程怖い。最悪、実力行使されたらクラゲの傘を呼んで応戦するだけだ。後ろで震える少女を守らねばと思うと、リティアの心臓が、ドクンドクンと忙しなく音を立てる。まるで血が燃え上がるように、身体が熱くなっていく感覚に囚われ、視界に入っていない何かに気がついたリティアは、少女へと振り返って彼女のスカートの下、レッグホルスターに仕舞われたナイフを取り上げた。

「あぁ?てめぇ、今どうやって気がついた?」

「教える必要はありますでしょうか?ないですよね。」

この言いようだと、彼女はダイロの従者。命令されたら、ナイフでこちらを害してくる可能性はある。自分が気がついた理由は分からないが、悪くはない判断だと思う。

「肝が据わっているようだが、何処の田舎令嬢だぁ?成り上がりの商家も、下級貴族も、俺様の機嫌を取らない輩はいねぇ。いや、ルーシェ家の1人娘や、フェルナード家の1人息子は喧嘩を売ってきているけどな。」

リティアの頭に伸ばしてくるダイロの手を、セセリが容赦なく払い除けたところで、

「リティア・サンディ。それが私の名前です。これで満足頂けますね。」

「てめぇがリティアか。だが、サンディなんぞ知らねぇぞ。テキトーな事を言っているな。おい、カルファスの。」

リティアがダイロを見据えて名乗ると、彼は口を歪ませた。怪訝そうな表情を浮かべるダイロの睨みがセセリに向くと、

「リティア様は、唯一無二でございます。貴方様が彼女に触れる事は、神の怒りを買う事になります。」

セセリは反り返りそうなくらいに背筋を伸ばし、ダイロを睨み返す。衝撃的な発言に、セセリを見上げたリティアの瞬きが止まらない。

「はぁ?話になんねぇな。神様気取りは、サンニィール家だけで十分だろうよ。」

「その方でしたら、本日招待されておりますよ。」

頭を乱暴に掻きむしるダイロにセセリの冷ややかな眼差しが注がれた時に、突然後ろで揺れた少女。リティアの頭の中で『警戒』の言葉が掠め、不審な動きがないか確認をする。とりあえずは、リティアの肩に両手をつけているだけ。ここから首を絞められたら、普通に考えると逃げられないだろうが、その時はセセリが引き剥がしてくれると信じているし、今なら躱せる気がしてくる。

「…リルドだろ?あれは、こちらを害さないから、何の問題もない。しっかし、あの仮面の下はどんなに醜い顔をしているのか!稀に、夜会に出席しているようだが、仮面の男を見た事はねーな!」

ダッハハと下品に嗤うダイロの足を払おうかと、リティアが一歩歩み出ると、セセリに腕が顔の前に出されて制止させられ、

「その、その怒りをお納め下さい…」

「何だー?惚れてんのか?てめぇみたいな餓鬼が、あの仮面野郎にぃ?」

セセリが首を横に振り、ニヤリと口角を引き上げるダイロ。それを見たであろう後ろの少女がブルッと身震いした振動が、肩に置かれた手を通してリティアに伝わる。目の前で手を叩いて大笑いするダイロを見据えるリティア。

「私の事をいくら罵ろうが一向に構いません。けれど、知りもしない相手を貶す行為は、愚行以外のなにものでもない。自らの発言及び行為を自省しなさい。」

リティアの口から出た言葉に、ダイロの笑いが止んだ。セセリの丸い目がリティアを覗き、ダイロも見下しながら覗き込んでくる。

「騎士であろう者が、民を傷つけて快楽を得る愚行は、いずれ己に戻ります。その時は、その身1つで償いなさい。」

「何だそれ!傑作だな!こんな頭のおかしい奴が、カルファスの女かよ!」

血が沸騰しそうと感じるだけでなく、この口が勝手に動いて止まらない。リティアから続けられた言葉に、涙を目尻に溜めて笑い始めるダイロが、

「良いか?その面を俺様の前に出せないようにしてやるから、楽しみにしてろよ。一族ごと潰してやる。」

セセリを蹴り飛ばし、セセリがリティアを守る前に、リティアの頭をその手で鷲掴み、力を入れてくる。それを心配する精霊達がリティアに寄り添い、心の中で湧き上がる誰かを更に色濃く表に出させる。リティアが感覚的に理解できるのは、己の身体の中に存在している、民の為にその命を投げ出して戦った者の怒りが、自分の怒りと混じり合っている状態だ。そして、それを拒絶する理由もなく、リティアは甘んじて受け入れている。

「自らの非を認められないとは、なんて哀れな存在でしょうか。」

「言ってろ!おい、奴隷。てめぇは、セイリンに会いたいんだろ?グズグズしてねぇで、やる事やれ。」

ただただダイロを見据えるリティアの額にダイロの額が押し付けられ、この瞳いっぱいにこの男が映し出される。地面に手をついていたセセリが、体勢を戻して2人の間に割って入った時、後方の扉が勢いよく開かれた。飛び込んできた鬼の形相セイリン。

「あぁ?あー、セイリン。ほら、奴隷。お前の元飼い主だ。」

ダイロの手がリティアから離れてセイリンへと興味が移った瞬間、リティアは彼の頬に平手打ちをお見舞いする。かなり良い音が響き、口をポカンと開けた間抜け顔のダイロが、再びリティアへ目を向けた。ギョッとするセセリにも気がついたが、ダイロだけをこの視界に映すリティア。

「他人を傷つけておいて、自分がやり返されないとでも思いましたか?」

反撃を受けたダイロは、リティアを睨みつけて再び手を伸ばしてきたところで、隣のセセリ、後方のディオンの2人によってその肩を押さえられた。忌々しそうに舌打ちするダイロ。安全になったリティアが振り返ると、少女を抱きしめて涙を流すセイリンの姿が目に映った。少女は必死に口を動かすが、空気がカスッと音を鳴らすだけ。そして懸命に話そうとする彼女の舌の上に描かれた模様をリティアの目は見逃さなかった。

「セイリンちゃん、彼女から離れて下さい!今すぐ!」

「なっ…何でだ?」

リティアからの警告を受け入れられないセイリンは、きょとんとした表情をこちらに向けて彼女を離さない。リティアは仕方なく、先程少女から奪ったナイフをセイリンに突きつけ、

「離れて下さい。」

いつもの声のトーンまで落として、彼女を凝視する。セイリンの目は忙しなく揺れながらも、言う事を聞いてくれた。リティアはナイフをセイリンの足元に放ってから、彼女に縋ろうとする少女の舌を引っ張り、

「ダイロさん、この魔術陣は貴方が描いたのですか?」

「まさか!サンニィール家の輩に頼んだだけさ。」

逃げられない彼に見せるように彼女の舌を曲げると、大げさに手を挙げてながら嗤う。その彼の後ろにある狭い通路から聞き覚えのある声が近づき、

「聞き捨てなりませんね。リティア、危ないでしょう。その爆発物から離れなさい。」

「リンノさん、遅かったですね。けれど来て下さると信じてました。打ち消しの魔術を彼女に与えます。」

ダイロの頭を背後から掴むリンノに、リティアが少しむくれてみせてから微笑むと、彼の瞳が大きく見開いた。リンノの言葉で状況を理解したであろうセイリンが、ナイフを拾ってリティアの方へと駆け寄る。抵抗するダイロは、リンノの足払いによって床に転がされて、男3人がかりでその身体を押さえつけた。

「はぁ…全く。この後、慌てて駆けつけるハルド殿に任せなさい。貴女様の手をそれ以上汚さないで下さい。迷惑極まりない。」

「おい、てめぇ!この俺様を誰だと思ってやがる!教師の分際で!」

顔の近くにあったリンノの手首を噛みつこうとしたダイロに、注がれるリンノの絶対零度の見下しは、ディオン達の身も硬くさせた。

「私はそこらの教師とは異なりますので、相手の事を調べ上げてから出直してきなさい。」

「そこの餓鬼とまとめて地獄に落としてやるから

、首を洗って待っておけよ。」

それでも噛みつくダイロが子犬に見えてきて、リティアの口元が緩んで慌てて両手で隠すと、リンノの視線が刺さる。

「戦場で戦えもしないお坊ちゃんが、ワンワンと吠える吠える。みっともないとは思いませんか?」

小さく笑うリンノに、ダイロは血が滲む程唇を噛んだ。

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