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355,従者は息を呑む

 リティアの傍に控える形でダイロを警戒していたセセリだったが、瞳を輝かせるテルが様々な人に声をかけていく為、ソラとリティアと共に彼を追いかけていた。

「テルは、まるでこちらが見えていないかのように1人で行ってしまいますね。」

セセリの機敏さを持ってしてもなかなか追いつかないテルに眉をひそめると、

「見えていますが、絶対にこちらがついてくるという安心感があるようです。」

「ソラ、どういう意味でしょうか?」

1番後ろで走っているソラからの説明を受けたが、セセリには分かりにくかった。

「要はこちらに甘えているんですよ。あいつが楽しく過ごせている事自体は悪い事ではないのですが、少々目に余る。」

この説明はザックリとし過ぎて、セセリが頭を悩ませると、

「私もクピア町でこの経験をしてます。その時も何で今一緒にいるのかが、分からなくて…」

「すまない。テルは、リティアさんは何でも受け入れてくれると勘違いしているんだ。」

リティアの小さなため息に、ソラからの謝罪が入る。リティアにこのような迷惑をかける事は、本来ならば許されない。けれども彼女はその優しさから、彼を罰しろとハルド達に言わないのだろう。だから、己の失態も責められる事がなかったのだ。セセリが代わりに叱るしかないかと考えていると、立ち入り禁止の扉を勝手に開けるテルの後ろ姿を見て、

「テル!それはいけません!」

咄嗟に声を張り上げた。肩が上がって手を引っ込めるテルに、やっと追いついたセセリが扉と彼の間に仁王立ちをする。

「貴方は、勝手に他人の家に土足で踏み入れるのですか?」

「い、いや…それはしないです。」

冷ややかな眼差しを向けると、テルの唇が青くなっている事に今更気がついた。目を伏せるテルの逃げ場を塞ぐように、ソラとリティアが彼の両肩の後ろにつく。

「でしたら、ここは入ってはいけない事くらいお分かり頂けますよね?」

「ううう…。でも、そっちにいるんですよ。御貴族様の皆が言ってた。俺と同じ思いする人を作りたくないです。」

少しトーンを下げて確認を取るセセリを、テルは揺れ動く瞳で見上げてきた。しかし、彼が必死に何を訴えてきたのかが、分からない。

「…このセセリに分かるように説明願いますか?」

「ダ、ダイロ様がこの奥に入っていったって…」

この双子は…と思いつつ聞くと、テルの口から要注意人物の名前が出てきた。そうか、彼は探していたのか。ただ、あまりにも危険な行為だ。ソラが彼の肩を強く掴み、

「それこそ、テルを行かせるわけにはいかない。」

「でもでも、誰かが暴行されているかもしれない…。俺なら殴られるも蹴られるも慣れているし。」

テルの心配をしているが、その彼は引く気配がない。力のない者が、力を行使する者に立ち向かう事など無謀でしかない。リティアは静かに思案しているようで瞼を閉じていた。

「いけません。下手に入れば、全ての罪を擦り付けられます。」

「リティちゃん…?」

瞼がゆっくりと開かれると同時に放たれた言葉に、振り返ったテルは唇を震わせた。

「…シャーリーさんから借りた本でそういうのを読んだ事があるだけですが。小説で書かれた事が、現実にあるかもしれませんし。テルさんにそんな思いをしてほしくありません。」

彼女が優しく微笑むと、テルがポロッと涙を流す姿に、セセリは密かに貴族社会の汚さを痛感する。こちらが仕掛けなくても自衛をする者ならば、当たり前の考えをリティアが口にしただけ。彼らはそれを知らないのか。そのような善良な民を傷つけて何とも思わない輩が、貴族には多過ぎる。…本当に腐ってる。そう考えていたセセリの後ろの扉が激しく叩かれた。セセリが身を翻して扉を開くと、雪崩れるかの如く痩せこけた少女が倒れ込み、セセリの腕よりも先にリティアが飛び出して彼女を前から支える。そして扉の向こうに腕を組むライム色の髪を後ろへ流した男。

「ダイロ様、こちらで何をなさっておられるのですか?」

セセリが少女を守る形で扉の向こうへと歩み出ると、口角を片方だけ引き上げて白い歯を見せてくるダイロ。

「招待されなかったから、来てやっただけだけど?お前の主にさー?」

「カルファス様と貴方様が仲良くなさっていた記憶は御座いませんので、それは呼ばれないかと思います。」

ゲラッと笑うダイロに冷ややかな目を向けるセセリ。本来ならば喧嘩を売らない方が良い相手。リティアに興味がいっては危険だと見た。それに招待状を送るのであれば学校からであって、カルファスではない。第二王女に送った手紙は、『お誘い』だけ。これを口実に、わざわざ来たというのであれば、よほど暇なのだろう。

「貴族でもない従者のくせしてよく吠える。まあ、良い。ここで立ち話は目立つからな、カルファスの従者だけ入ってこい。王座に1番近しい俺からの命令だ。」

ダイロがセセリを指差し、リティアを隠すように前へと歩み出ようとすると、

「テルさん、ハルさんを呼んできて下さい。ソラさんはラド先生を。お二人共、外回りの巡回をなさっているはずです。」

「おい、何だ、そこの餓鬼。」

双子にテキパキと指示を飛ばして、セセリの隣に当たり前のようについてくるリティアに、ダイロの視線が行ってしまった。セセリの血の気が引くが、

「貴女は、扉の奥に入らないで下さいね。セセリさん、隣に失礼致します。」

骨と皮だけの少女に微笑みかけて、扉を閉めてしまう。

「てめぇ、何様のつもりだ?そいつの彼女かぁ?色々育ってなさそうだが。」

「貴女こそ、外へ出られた方が良いかと!」

愉快そうに彼女を観察するダイロから隠したくても隠せない。慌てたセセリは彼女を叱る形になってしまったが、

「セセリさん。私、結構怒ってます。」

「え、あ。えっと、申し訳ございません…?」

言っている事とその微笑みが全く一致していないリティアに、首を傾げるセセリ。ダイロが大股で近づき、乱暴にリティアの顎を掴もうとして、セセリは咄嗟にその手を払い除けた。見下してくるダイロには無感情の視線を送りつけ、こちらの意図を読ませまいと努める。

「まさか、コレがカルファスの女かぁ?従者が触れさせないところを見るとそうか。全く可愛くねぇな。」

「貴方に可愛く見られる必要はありませんので。弱者を虐げる者が、どうやってここに侵入したのでしょうか。」

ニタニタと品定めをするダイロに、リティアは怖気づく様子はない。凛とした姿勢で彼に挑んでいると、後ろの扉から先程の少女が入ってきてしまう。震えながら小柄なリティアの背中にしがみつき、その姿を見たダイロが鼻で笑った。

「何言ってんだ?正面から堂々と来てやったぜ。弱いくせに俺様に反抗して頭が悪いんだな?てめぇの名は何だ?」

「人に名を聞くのであれば、まずは貴方からでしょう。」

汚い唾を彼女に飛ばして大笑いするダイロに、彼女は全く動じない。これだけ肝が据わっているとは思わなかった。いや、だからこそ魔獣の巣窟内で勝手に動いてしまうのか。恐らく、彼女にとっては魔獣自体、怖くないのだ。彼も魔獣も…そう思うと、カルファスが愛した相手が彼女で良かった。震えて魔獣を怖がるようだったら、彼は彼女の為に魔獣退治に明け暮れたであろう。

「おいおい。この俺様に聞くのかぁ?良いだろう。ダイロ・ゼロンデだ。ゼロンデ家って聞けば言わんとしている事は、分かるよな?」

「いえ、全く。」

リティアのきっぱりとした返しに、自信げに言ってのけたダイロの目が落ちそうなくらいに大きく見開いた。このやり取りを息を呑んで見守るセセリの胃が、キリキリと痛み始めていた。

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