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353,隊長は密会をする

 リンノが来たことで空気が一変する。何故かリティアが彼に懐いていて、それを見ていたリーフィの肩の力も抜けた。これ以上はリティアを質問攻めにする事をやめて他愛のない談笑に花を咲かせ、夕食会をお開きにした。久々に会ったリティアは、実家暮らしの頃よりも身体がふっくらとして健康的になったと感じたが、年頃の女性に言うわけにはいかない。また、ハルドとリティアへの疑念は膨らむばかりだが、彼女を責め続けたいわけではないので、ホテルの部屋でリティア抜きの密会をさせてもらう。リティアを寮に送って戻ってきたハルドが、今度はラドを引き連れてきた。その間のリーフィとリンノは、今まで見た事がないくらいに楽しそうに話していて、リンノの手には水頭クラゲのネックレスが乗っていた。ハルドがソファに腰を降ろしたが、ラドはまだ座らない。

「ラドも座って。」

「いえ、汗ばんでいますからこのままで。」

リルドが声をかけたが、ラドにすぐに断られた。

「リル、リティにあんな事言っちゃ駄目だろ。あの子は、本当に楽しみにしてたのに可哀想じゃないか。」

「ハルが正直に話せばしなかったよ。誤魔化したのは、君じゃないか。」

ハルドからの説教に、リルドはむくれる。こちらだって、リティアに嫌な思いをさせたいわけではない。ハルドが真実を隠したから、その突破口としてリティアを突いただけだ。実際、彼女は既に旧校舎の存在を知っていて、中に入って戦っていた。旧校舎から湧き出してくる魔獣からリティアを守る為にも一番隊の強者であるハルド達に、この任務を任せたというのに。何故、彼女が巻き込まれているのか。学校から出して自由にさせてあげられるならば、今からでも手元に戻したいくらいだ。

「子どもじゃないんだから、もう少し待てば良いのに。リティは、『クラゲさんを取り上げられないか心配です』って言ってたよ。」

何を言っても教える気がないハルドの片眉が下がった。リルドもこれ以上は無駄と判断して、彼から投げられた次なる話題に興味を示す。

「クラゲって先程リンノ達が話していた傘の事かな?」

兄弟で盛り上がっていた話だった為、ハルドの帰りを待つリルドの耳にも入ってきていた。どうも、リティアを守る盾になったり、傘がスティックの代わりになったりして、かなり有用な武器として認識している。

「あ、話してたんだ。まあ、あれが凄いんだよ。あの傘自体が『意思』を持って勝手に動く。ラドもリンノも見ただろう?リティアの身体に飛び込んだ暴走した炎の精霊を鎮火させた傘の力を。」

「見ましたよ。傘が光り輝き、体内から燃えてもがき苦しむリティアを癒やしたのです。リーフィが造ったと、リティアから聞きました。本当に昔から手先が器用だと思っていましたが、あんな素晴らしい物を作れるとは。」

ハルドからの評価が高い傘を更にリンノが絶賛すると、

「あわわわっ!に、兄さん、そ、そんな、そ、そ」

「リーフィ、そこは『ありがとう』って言えば良いんだよ。褒めているんだから。」

リーフィの耳が赤くなって、それを見たハルドが目を細め、リンノもリーフィも頭を撫でている。今までであったら有り得なかった光景に、リルドは密かに心を打たれた。この兄弟の仲は、本当に酷い有り様だった。兄へ声かける事すら許されなかったリーフィを、その兄が愛情を傾けているように見えるのだ。これは、ハルドによるものなのか。夕食会中のリティアとリンノの関係もそうだ。彼が赴任した事で彼女が怖がると心配していたが、いざ蓋を開けば仲良く話して口喧嘩に発展しては、また仲良く話す。リルドは、独り置いて行かれるような疎外感に苛まれた。

「リティア様は、私の焔龍号と息を合わせて私に見えぬ敵と戦いました。また、傘が暴走していたジャックの炎の精霊を鎮火させたのです。彼女の耳には、恐らく『精霊の声』が届いているかと。」

「まさか…。彼らに意思がある物は少ないはずだ。リティには、俺が感じられない物に触れる力でもあるというのかい?それって要は…」

淡々と話すラドからの報告を聞いてリルドが考えこもうとすると、風圧で身体がソファに押し付けられた。

「ハル!?何をするんだ!」

「リンノも、リーフィも、勿論ラドも。」

口のみしか動かせないリルドが声を張り上げると、彼らの感情を見せない視線が全てリルドに集中していた。この尋常ではないこの空気に、リルドが彼らの傍に雷をちらつかせて威嚇すると、

「そういう事なんです。リルド兄さん、お願い致します。ティアちゃんから『自由』を奪わないで下さい。」

雷に震えながらもゆっくりと傍に寄ってきたリーフィが、リルドの右手を両手で包み込む。

「私は認めておりませんが、彼女が異質な形で精霊を動かす姿を見ております。まるで精霊を魔力に変換する『中継地点』の役割を担っているようでした。」

リンノはソファから動く事をせずに、その場で頭を下げてきて、

「リティア様には、この心を救われました。そして『聖女』の地位の窮屈さを伝えてあります。」

堂々たる足取りのラドが膝を立て、リルドの左手を掬い上げた。リルドは理解する、これが最初からハルドによって仕組まれていた事なのだと。リティアを守ろうとする彼によって。

「リグも彼女の力を知っている。それでも、表に出さない事には理由があるんだ。分かってくれるよね?」

その彼は、微笑む事をせずに真剣な眼差しを向けてきた瞬間、リルドの身体から風が消えて自由になったが、両手を握る2人によって動きの制約を受けた。

「…これを公にすれば、彼女の命は狙われなくなる可能性があるのに。そんな。」

ブワッと溢れる涙を拭う事すら許されないリルドに、リーフィのハンカチが柔らかく当てられて、視界が塞がれる。拭かれても拭かれても溢れる涙でぼやける視界。目の前のハルドがソファから立ち上がる音がし、

「リル、君は優しすぎる。リティを排して、リーキーを戻さんとする動きに、リティの魔法の有無は関係ないんだ。彼女の力が明るみに出た途端、反撃を恐れた奴等が総力上げて潰しに来るぞ。」

ハルドの親指で強めに拭われて明瞭になった視界に映り込む彼は、テーブルに膝をついてリルドの両頬をその手で包みながら、

「それに、やっとまた見せてくれるようになったあの笑顔を奪いたくはないだろう?」

彼もリルドのように涙を1滴流れ落ちた。リルドは、湧き上がる感情に任せながら只管涙を流す。ハルドの両手が水浸しになっても知るものか!

「ずるい!ずるいよ、いつも!君はっ!」

「最初は、すぐに君に話そうと思ったよ。けれど、ラドと話し合ってやめたんだ。あまりにも『稀有な存在』である彼女の為にも。」

ハルドの言葉でラドに目だけを向けると、彼は重々しく頭を下げる。そこからラドと反対側のリーフィに視線を動かすと、

「ごめんなさい。クピア町で彼女の力を確信しましたが、お二人と同じように口を結びました。」

目を伏せる彼から、斜め前に座る兄であるリンノを見ると、

「先程申した通りでございます。私は、今後も彼女を観察していくつもりです。どうせ、自分からトラブルに飛び込むんでしょうから。」

リンノが大きく肩を竦めてみせて、ハルドがリルドの頬をポンポンと叩き、

「…既に抱えているからさ。彼女は、卒業するまで魔獣絡みで戦う事になる。だから、自衛できるように魔術を教え、飛龍の守りを持たせている。」

リルドの視線を彼に戻させ、

「まだリティは、自分の力を認めていない。けれど、遠くない未来にそれは他人の目につくようになる。その時、俺達が守ってあげないといけないよ。分かるよね?」

子どもを諭すように優しい口調で話してくるハルドに、リルドは下唇を噛みながら大きく頷いた。

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