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351,隊長は頭が真っ白になる

 3日間の馬車の旅は大切な贈り物を隣の席に置いて、同乗者であるリーフィと楽しく過ごす。リーフィは嬉々としてリティアの夏季休暇の話をたくさん聞かせてくれ、リルドは密かに羨ましく感じながら相槌を打っていた。

「リルド様、前方からサンニィール家の家紋の旗を靡かせた馬車が来ております。挨拶なさいますか?」

「あ、しようか。学園都市の方向からという事は、リゴンだね。」

馬車で過ごす2日目の朝日を浴びている御者席のギィダンから声をかけられ、眠気覚ましに自分の両頬を叩いたリルドは、目の前のリーフィの瞳が揺れた事を見逃さなかった。

「フィは、隠れてて良いからね。無理は良くない。」

「ありがとうございます…」

リーフィの頭を撫でると、彼は瞳を潤ませながら毛布に包まる。そのまま眠ってくれても構わないと思っているリルドは、ニコッと笑顔を向けた後に、自分の毛布を畳んで枕代わりに渡した。そして、

「ギィ、旗を振って。」

扉の窓から身体を乗り出すリルド。ギィダンは指示したように、向こうからくる馬車に向けてサンニィール家の旗を振る。互いに認識した馬車は速度を緩めて、隣り合って停車した。窓からにこやかに手を振ると、思っていた通りにリゴンが頭を下げ…

「たいちょー!!!」

リゴンの頭を無理やり押して、キラキラと瞳を輝かせる同じ団服の男性に、リルドは呆気にとられる。

「…ジャック?」

魔獣化した筈のジャックの笑顔が向けられていて、

「退いて下さいっ!」

「リンリンの弟君が怒ったー!あははっ!楽しい!」

押し潰されているリゴンがぶんぶんと両拳を振り上げると、ご機嫌なジャックが扉を開けてリゴンを馬車の外へと転がした。リルドも降りて、いとも簡単に転がって地面に落ちたリゴンに手を差し伸べる。

「何も楽しくない!!フレイ家の人間なんぞ、兄から頼みでなかったら乗せたくはなかった!」

「あぁ?リンリンの弟君、俺ちゃんがフレイ家である事でお前にどんな関係があるだよ?」

リゴンがその手を取りながら、馬車から飛び降りてきたジャックに怒鳴ると、ジャックの話し方に変化が見られた。これは、もう1つの人格に少し似ているような…とリルドが考えていると、

「来るな!来るな!」

ジャックに胸ぐらを掴まれて、悲鳴を上げるリゴン。

「蚊帳の外にしないでよ。ジャック、おかえりなさい!」

「はい!ただいま戻りました!ハル君の女神様から差し伸べられた手によって、無事に生還しました!」

そのジャックの手に自分の手を乗せて、掴んでいる服から手を離すよう促すと、彼は今までよく見せていた無邪気な笑顔で敬礼する。

「ハルの女神?何その隠語…」

「気になったらハル君に聞いて下さい!命は惜しいので、お口にチャックしねーとナ!ギャハハ!」

よくわからない言葉に首を傾げたリルドに、人格が入り混じったようなジャックの発言は、上司に向けて言う言葉じゃない。

「ジャック。もう1人の君に、仕事中には大人しくしてって言ってほしいな。」

「あっ…。麗しのジャックちゃんは、どうも自分とくっついたようでして…。感情が昂ぶると出てきやすいっていうか、その…」

リルドがジャックを諭すように言うと、彼はきまりが悪そうに頭を下げた。その間にリゴンがいそいそと馬車に戻ろうとして、ジャックの腕に捕まってしまう。

「分かった。俺は良いけど、他の隊長クラスの人と話す時は気をつけてね。では、仕事が終わったら王都に戻るから。」

「リルド隊長!ありがとうございます!」

肩を竦めるリルドに、満面の笑顔を咲かせたジャックは、リゴンより先に馬車に乗り込んで、リゴンが怒鳴り散らしていた。


 騒がしい嵐が過ぎ去り、夕日が差し込む馬車内。リルドが仮眠を取るために毛布を貸してくれたリーフィが、

「…どうやって戻ったんだと思いますか?」

ジャックの魔獣化について聞いてきた。狭いながらも横になったリルドは、

「俺は、聖女ルナと取り引きしたのかもしれないって思っているよ。フィは?」

妥当だと思う考えを口にして、彼にも聞いてみたが、

「思い当たる節があるのですが、今は何とも言えず…。すみません。」

「そうなの?教えて欲しいなー。」

どうも教えてくれないらしい。リルドが毛布を被りながら軽くねだってみても、

「本当にすみません。」

深々と頭を下げてきた。実際目で見た人間に聞く事が早そうだ、と1人納得して瞼を閉じた。そのまま次の日を迎えれば、目的の街に到着していた。


 学校へ赴く前に予約したホテルで一休みする。何の問題も起こらなければ、今夜は久々にリティアと夕食を共にできる。全てハルドがお膳立てしてある筈で、部屋で彼らの到着を待つ。同じ部屋にいるリーフィは、トランクから荷物を引っ張り出して、アクセサリーを作って時間を過ごす。

《フィーさん!お兄ちゃん!》

まさかのリティアの声が脳内に響いて、扉がノックされる。気配に気がつかない事があるのか、と不安になりながら扉を開けると、

「お兄ちゃん!会いたかった!」

目に入れても痛くない程に可愛い妹が飛びついてきた。自慢の跳躍力で首に両腕を回してくるリティアを、自分の右前腕に座らせる形で姿勢を安定させる。

「リティ!俺もだよ!」

彼女を頬擦りしながら抱きしめた。くすぐったそうに笑みを零すリティアの背後に、

「ハル、お疲れ様。」

ハルドだけが目を細めて立っていた。ラドとリンノの姿はない。リーフィが慌てるように部屋から飛び出すと、

「ほら、行くよ。このホテルのレストランを貸し切りにしたからさ。」

ハルドがリーフィの手を取って歩き出した。リルドはすぐに部屋の鍵を閉めると、降りる様子を見せない妹と抱き上げたままで彼の隣に並ぶ。

「ここなのかい?」

ハルドの事だから、彼女の好みに合わせたレストランを予約していると考えていたから少し驚いた。ここのレストランは、コース料理だと聞いている。リティアの肩に過度な力が入らないか心配であるが、

「勿論。オギィスにでも見つかると面倒だからさ。あと、セイリン・ルーシェ。彼女は今、ラドが相手しているけど。リンノは、仕事が終わってから合流ね。」

納得せざる得ない説明をされて、オギィスの性格を思い出す。あの大声で話しかけられたら、リティアとの関係性が他の人間に知られてしまう。

「お兄ちゃん、今日は香水つけていないの?」

「あっ。さっき、シャワーを浴びたからだ。ハル、携帯しているかい?」

リティアに首を傾げられて、一番隊共通の香水をつけてないことを思い出し、

「はいはい。」

「ありがとう。月光香草も摘んであるから、後で渡すね。」

ハルドに、手首と首に少量だけつけてもらう。

「それなら、今度はリティに作ってもらおうかな。」

「はい!よろしくお願いします!」

にこやかに笑みを向けてくるハルドに、香油作りを喜ぶリティア。2人の仲の良さを見せつけられている感じで、

「妬いてしまうんだけど…」

リルドがそう呟くと、

「リルは、覚えておくと良いよ。学校内での、リティの兄分は俺で、元婚約者はリンノで、現恋人はディオン・ラグリードだから。」

「ちょっ…!やめてください!」

ハルドは愉快そうに笑い、リティアが顔を真っ赤にしてハルドを叩こうと手を伸ばした。

「ディオン・ラグリード…」

他2人は、どうだって良い。ただ、ダンスパーティーの招待状を受けた時にリルドの頭を掠めた考え通りに、ルーシェ家の従者であるディオンとの恋仲になっている事に衝撃を受けた。

「お、お兄ちゃん?」

可愛らしく首を傾げる妹すらも視界に入らない程にリルドの頭は真っ白になり、危うくリティアを抱き上げたまま、階段から落ちるところだった。

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