350,少年は懐かしむ
祝!350話!ジャック君の救済が無事に終了しました。リンリンって言うから喧嘩になるんだよ…と言う事でした。
予想はついていた。ダンスパーティーは、急過ぎる誘いだったのだから、断られても仕方ない。カルファスは、自分宛てに届いた手紙を一通り読み終わると引き出しに仕舞って、マドンが淹れた紅茶で喉を潤す。
「だから、お茶会が良かったのにね。まあ、別の方法を考えておこうか。」
「国の王女様が急務で動くには、従者達が大変になりますし、ダイロ様によって傷つけられる生徒を作りたくはありませんから、これで良かったのだと思います。」
2人きりの部屋でカルファスが、カレンダーにバツ印を入れると、多くは語らずともマドンが理解してくれた。
「マドン、覚悟しておいてね。」
「何をでしょうか?」
ただ、こうやって振って理解してくれる事は殆どない。不思議そうに首を傾げるマドンに、
「有名になるって事は、あのダイロの目につく。向こうが手出しできないところまで、私達は昇りつめないといけないんだ。」
「…承知しました。」
カルファスが声を潜めると、マドンは重々しく頷く。セセリであれば、こういうところは察するし、自分には考えが及ばないような発言までしてくれる。マドンは真直な性格と優しい心で、殻に閉じこもったリティアの心に働きかけた。2人は良き幼馴染であり、カルファスにはなくてはならない存在だ。だから、しっかり伝えておかねばならない。
「まずは、セセリの危険予知の魔法を鍛えてもらう事。私達は、貴族の輪の中に飛び込むよ。片っ端から手紙を出して、彼らの悩みを聞きつつ、冬の王都では彼らとの関係を深める。」
話し始めたカルファスはテーブルから離れて、本棚の引き出しから便箋の束を手に取って彼に見せる。
「そしてダイロの目は、そう遠くない未来でリティにも向けられる。あのディオン殿とセイリン姫と行動を共にしている彼女に向かないわけがない。」
今後の予期できる不安要素を口にすると、
「ど、どうするのですか…?それでしたら、最初から巻き込まなかった方が良かったのではないでしょうか?」
マドンの表情が固まった。便箋を受け取ろうとした手が震え、その瞳に恐怖が映っていた。だから彼の瞳をしっかりと見据え、
「マドン、これは敢えてなんだよ。」
「…と言いますと?」
その手に便箋を乗せた。恐怖のその先を考える事は彼には難しいのだろう。それも彼の個性だ。リティアのお披露目会の後も、セセリと一緒になって彼に今後何が起こるかを説明した事が懐かしい。
「リティに何か起きる前には、ハルド殿が動く。そこからリルドさんへ話がいく。彼らが動くという事は、こちらは王手だ。ダイロですら、サンニィール家には手も足も出ないのだから。」
自分よりも背が高い彼の背中に手を回してトントンと叩き、
「だから、守るべき彼女にも渦中に入ってもらうんだ。」
無意識に下唇を噛んだカルファス。彼が見逃すわけもなく、
「…リティア様に、笑っていて欲しいだけでしょうに。彼女の苦しむ姿は、カルファス様も望まないではありませんか。」
彼に優しく諭されたが、カルファスは口角をグイッと引き上げて笑ってみせる。
「ああ、勿論。さて、セセリが帰ってくる前に私自身のやるべき事をやろうかな。卒業までには婚姻まで漕ぎつけるだろうし。」
「…はい?」
マドンの哀れな程にきょとんとした表情に、カルファスは笑みを零した。
日は暮れた。そろそろ出発の時間だ。学園都市に向かうリルドを見送りに、ギィダンの馬車へ赴くと、先にリーフィが到着していた。リグレスは、にこやかに手を振って彼に声をかける。
「気をつけていってらっしゃい。帰ってきたら、色々聞かせてくださいね。」
「勿論です!今から楽しみですよ!」
手紙を握っている彼の大きなトランクをギィダンが馬車に積み込み、リルドの到着を待つ。
「その手紙は、リルド様宛に届いたリンノ殿からの物ですよね。大丈夫でしたか?」
「はい。開ける前はどんなお叱りが書いてあるのかが不安でしたが、読んでみるとリンノ兄さんがずっと気にかけてくれていた事が分かりまして…。学園都市では頑張って話してみようと思います。」
心配するリグレスに、笑顔を見せるリーフィ。以前よりも自然に笑えている彼に安心していると、視界に飛び込んだ白銀の髪の男がこちらを静かに睨んでいた。その男の手に持っている本に、リグレスは小さく笑う。その罠に気が付かない程に愚かさを露呈する男に、気が付かないふりをして挨拶をしに行く。
「リダクト『殿』、こんばんは。本日もお勤めご苦労様です。」
こちらが上であると強調してみせると、あからさまの不機嫌そうな表情。彼に気がついたリーフィの表情が一瞬で固くなる。
「偽物の分際で口を利くな。」
「聖女ルナ様の大切な遺品を盗んだ悪人が、グレス兄さんに汚らわしい口を利かないで下さい。」
リダクトからの軽蔑を、リグレスではなくリーフィが反撃する。以前のリーフィとは比べ物にならない程に強くなった彼は、ゆらゆらと背中から黒い蛇を4体生やしてリダクトを見据えた。
「虚言を吹き込まれた事にも気が付かぬ愚か者が、何を吠えている。」
「貴方は信じるに値しないのです。父と一緒。リティア様の事を知ろうともしない貴方方の方が愚かしいというのに。」
リダクトは舌打ちを、リーフィは歯切りを。リグレスも口を出す事を躊躇するくらいの一触即発の事態に、
《もう王都に俺の身体はない。コイツに何言っても時間の無駄だよ。》
脳内に男にしては少し高めの声が響いてきた。リダクトの表情が歪み、リーフィが団服のポケットに視線を向ける。
《このロゼットの器をどう弄ろうが、お前に同等の人形は作れない。》
「リーフィ、その石を渡せ。」
ロゼットの精霊石を持っているのはリーフィであるらしく、彼に掴みかかろうとするリダクト。すぐさまリグレスがリーフィを背中で守り、リダクトを牽制する。
「お断りします。ロゼットさんは、僕達の友人ですから。」
強気のリーフィからは蛇が繰り出され、リダクトの土の防御壁が発動する。その壁はあたかも存在しない物かのように蛇が通り抜け、リダクトの息を呑む音が聞こえてきた。
「魔法士の私闘は禁止されている筈ですよね?」
壁の向こう側からリルドの声がした途端、壁も蛇も一瞬で消えた。私服の彼が、手元でバチバチと雷を発生させながら近寄ってくると、リダクトは距離を詰めないように対角に動き、魔法士団本部の門の前で一礼。
「リルド様、大変失礼致しました。それでは、これ以上の火種を増やさない為に任務に戻ります。」
逃げるように踵を返すリダクトに、リルドは声を荒げる事をせず、
「遅くまでご苦労様です。リダクトさん、できる事ならば私の未来の部下達に、優しく接して下さいね。」
いつもと変わらぬ対応をするリルド。
「…善処致します。」
リダクトはこちらに顔を向ける事なく、そう呟いて本部へと消えていった。リルドは彼を見送ると、順番にリグレスとリーフィの頭を撫でて、
「二人共、よく頑張ったね。それにしても、困った叔父だ。身内とにこやかに談笑できないって、要はそういう事なのにね。」
「リルド様、どこから聞いておられたのですか?」
ふわっと微笑む彼へ問うと、
「え、その曲がり角から。」
「あのですね…」
丸い目で指差す大通りの洋菓子店。ため息混じりにリグレスが額に手を当てると、
「リグレス、俺が留守の間は君が隊長だ。宜しく頼むよ。」
彼はリグレスの背中を軽く叩き、馬車に乗り込んだ。ここから数日でどこまで罠を張れるのか、リグレスは彼らを見送りながら密かに考えていた。