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348,従者は地図を広げる

 夕陽が暮れる前の時間。男子寮にあるカルファスの寮室では、ディオン同席の中、リティアから借りた魔獣の図鑑がテーブルに山積みになっていて、それを落とさないように気をつけながら、セセリが地図を広げて、小箱をカルファスの前に置いた。

「ディオン殿のご活躍の話が、王都に滞在中に耳に入ってきましたよ。」

「そうそう!大型クラーケン討伐に、黄金の鎧を身に着けたラグリード家!ルーシェ家の令嬢は、空一面に花を咲かせてクラーケンの猛攻を防いだ!ってね。結構、街の人が楽しそうに噂していたよ。」

マドンが、自分達に見立てたチェス駒を地図の上に置きながら話し始めて、微笑みを浮かべるカルファスが手を叩いて話に乗る。

「そうでしたか。やはり、話題に上るのは貴族の名ですか。テルもソラも頑張ったというのに。リティアさんは昔の魔法士に操られていたので、語られない方が良いかもしれませんが。」

自分達の良い噂の事だというのに、ディオンの表情は曇っていく。

「そればかりは仕方ないよ。けれど、君達に注目する人間が増える事はこちらとしては有り難いな。」

カルファスの表情は変わらない。昔からそういうものだ。民の手柄は、貴族のものとなる。今回は彼らが頑張っているので、彼らの手柄なのであるが。

「リティア様の事でしたら、不思議な少女が癒やしの魔法を使っていたと言う話が流れてます。」

「そうなんですね…。」

セセリは彼の不安を取り除きたかったが、この噂でも彼は目を伏せた。

「…ねぇ、ディオン殿。」

「はい、如何なさいました?」

そんな彼へと、小首を傾げて微笑みかけるカルファスは、小箱に入ったガラスチップを地図の上の町々に置いていく。

「君達の知名度を利用させてくれないか?」

「こちらを陥れるものでなければ、どうぞ。」

そのチップの1つを指で弾き、ディオンはそれをキャッチして地図を覗き込む。

「そんな事はしないさ。一緒にダイロを引きずり落とそう?こちらは目立てば潰れる。それは君もなんだから。」

カルファスが王都を指差し、ディオンが頷いてチップを王都の上に乗せた。マドンが小箱を地図の上から持ち上げて、

「どうやって動きます?」

「まずは、比較的近場の町々の魔獣退治。絶対に退治前に町に寄って、魔獣の情報を得てから退治。そして戦利品を持ち帰り、金に変えられそうなら換金して、そこで『寄付』をする。」

カルファスが、考えた作戦をサラサラと説明し始める。

「それで売名と言う事ですね。」

「善人の御貴族様になるのさ。元々、悪人ではないけどね。」

ディオンが納得して、カルファスが声を潜めた。

「それ以外には、チラシでも配りますか?」

「いや、行き交う町の人から人へ、口を使ってもらう。だからこそのセイリン姫さ。彼女のような存在は珍しい。」

ディオンの提案を首を振るカルファス。顎に手を当てて彼も少し考えてから、

「何処を見ても男だらけの討伐者ですから、セイリン様は印象に残りますね。」

カルファスの案に納得した。セセリは、2人を見守るだけだ。ディオンが頷かない事には、話が先に進まない。だから、全てをカルファスに任せる。

「よろしくね?これが、リティを守る事にも繋がるからさ。」

「けれど、彼女は連れて行かないんですよね?」

ニッコリと笑顔を向けたカルファスに、ディオンも顔面に貼り付けたような笑顔で確認をしてくると、

「いや、来て欲しい。そうする事で、ハルド先生もついてくる。」

「そこまでトントン拍子にいけたら、頼もしいですね。」

カルファスの口角が歪な程に引き上がったが、ディオンの鉄壁の笑顔は崩れない。

「いくさ。リティがセイリン姫だけを行かせるとは、思わない。あと、実物を見たいでしょう?」

山積みの本を指差すカルファス。それを見て誰もが納得した。


 作戦会議終了後は、全員が異なる本を開いて魔獣の知識を頭に入れる。リティアがこまめに付箋を貼って、生息地域までメモを残しているので、とても探しやすい。この近郊から行く為、そこを集中的に探せば良い。リティアの知識をいつでも聞ける状況にあるとは限らない。

「ねえ、セセリ。」

メモを只管取り続けるセセリに、カルファスが覆い被さってきた。

「お飲み物ですか?」

彼を見上げると、ニコニコと首を横に振るカルファス。

「魔獣素材の採取方法と使い方、売買相場をハルド先生に聞きにいかないか?」

良い笑顔を向けてくる。これは飽きたんだな、とすぐに理解したが、

「…明日からまた授業ですので、放課後で宜しいですか?」

「そうかー。そうだね…今日は来ていないかもしれないのか。」

ここは拒否する。少し頬を膨らませながらも、渋々折れるカルファスに視線を向けたディオンが、

「それは、かなり大切な事ですね。リティアさんが解体する姿は、ちょっと…。」

ボソッと呟き、一瞬で空気が重くなる。

「…」

カチンと固まったカルファスの手の甲を軽く叩き、

「カルファス様、顔色が優れないようですが。」

小声で心配をすると、

「リティが、返り血を浴びながら魔獣解体を楽しむって…心臓に悪い冗談だと思わない?」

「するとは思えないので、想像する事をお止めください。」

何てことを想像しているのか。セセリが眉をひそめると、

「素材によっては持ち帰って、薬にするのもありですよね。ハルド先生は、薬を調合できますし。」

「ハルド先生はね!魔獣素材ではなくて、主に植物なんだよ!魔獣の内臓は、また別の教師が調合に使うんだ。」

ディオンからの提案に、カルファスが顔を赤くして訂正を入れた。一瞬で元気になったカルファスに、セセリは安堵する。

「そんな違いがありましたか…。」

大きく頷くディオンを見ていると、ボケたわけではなく、本当に知らなかったのだろう。

「まあ、まずは相談をしてみよう。薬を作っておいて、怪我人に塗ると感謝されるよね。それも1つだね。」

カルファスがニコッと笑顔を向けると、彼からも返ってくる。

「予定をしっかり組まないと、勉強時間がなくなりますよ。」

「分かっているよ。」

閃きを口にするカルファスはとても生き生きとしていたが、セセリからの注意にすぐ背中が丸くなった。ディオンが居ても尚、この態度を見せるという事は、彼に対しても心を開いているのだろう。また、普段と異なるリラックスした状態を見せる事で、徐々に相手の気も緩む。策士のように見られる事もあるが、これが彼の素顔だ。マドンが、動けないセセリの代わりに紅茶を淹れ直し始めて、カルファスの興味がそちらへ動く。マドンが淹れた茶に合う焼き菓子を棚から探し始めて、マドンと相談をしている。ここ最近、見る事ができなかった彼の楽しそうな姿に、セセリは目を細めた。あとは、『未来視』が変わりさえすれば、カルファスを守れる。こればかりは、いつ見れるかも分からないのだ。まだ、魔法士としての経験値が少ない。後期の授業が始まってから、ハルドに渡された白濁した魔石をズボンのポケットの上から握りしめていると、

「カルファス様って、とてもフレンドリーなお方なんですね。」

「そうですね。彼が尊敬しているリティア様のお兄様の影響だと思いますが、いつもああなんです。」

コソコソと声をかけてきたディオンに、苦笑いするセセリ。

「嬉しそうですね、セセリ殿も。」

ディオンの作り上げた笑顔は、カルファスの笑顔とは異なり、仮面をつけているようだ。顔面の筋肉は、ここまで動くのかと感心してしまう。だが、彼の本心がどうであろうと関係ない。

「はい。これも、リティア様のお慈悲のおかげですから。今度こそ、彼女への誓いを違えてはいけないのです。」

セセリは本に栞を挟み、彼をカルファスが始めたお茶会の席へと誘った。

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