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345,少女は本を開く

 リビングに通されたリティア達は、ラドの説教から始まり、リンノまで一緒に叱られた。こちらの理由を説明してから、セイリンがテーブルに本を置くと、

「ラド殿、差し出がましいとは思いますが…休ませて頂きたいのです。弟とかなり遅くまで酒を呑んだもので…」

「嘘言え。お前から酒の匂いはしない。」

恐る恐るリンノの手が挙がり、焔龍号を手に握るラドに怪訝そうな表情を向けられた。

「下戸なんです。こればかりは。」

申し訳無さそうに頭を下げるリンノ。酒癖悪そうと勝手に思っていたリティアからは、意外だった。

「だったら、リビングで転がれ。部屋は貸さん。」

「ありがとうございます。リティアを見送ってからでも仮眠を取ります。」

眉間にシワが取れなくなるのではないか、と思う程に強くシワが寄ったラドの顔を見つつも、礼を言うリンノの後に、

「…私は、スティックもないので行けませんよね。」

セイリンの諦めの滲んだ声。ラドからスティックを貸してもらった事はない。恐らく彼は用意していない。セイリンもそこを理解しているのだ。

「そうだな。俺達が帰ってくるまで、俺の部屋で寝てろ。」

「先生のお部屋に上がらせてもらって良いんですか!?」

ラドからの許しに、何故かセイリンの声が嬉々とする。ラドの部屋に何があるのか、リティアは知らない。セイリンが喜ぶ武器でもあるのだろうか。

「何も起きないだろうが、男女を同じ部屋で雑魚寝させたら、ハルドに怒られるのは俺だ。」

「ありがとうございます!」

肩を竦めるラドに、昂ぶった感情のままで礼を言ったセイリンは、とても良い笑顔だ。ラドが本の紐を力技で千切り、リティアに本を差し出して、

「では、リティア様。」

彼に促されて、リティアは傘を抱きしめながら本を開いた。

《ジャックさん!》

本の中に吸い込まれながら、強く彼に会える事を願った。


 2人が本に入った。ここまでは、順調だ。問題は、この後。セイリンに本を渡すわけにはいかない。彼らが帰ってきた時に魔法を見られたら、面倒な事になる。しかし、彼女は自分で保管しようと思うだろう。リンノとの関係は日が浅く、言う事を聞くようには見えないのだ。だから、リンノが自然に本を手に取り、

「セイリン君、彼女達と傍に居たいでしょう?どうぞ。」

敢えて彼女に差し出す。彼女も警戒をする事なく、

「はい、帰ってきた時に1番に喜びを分かち合いたいので。」

裏を持たない笑顔で受け取る。リンノの心が痛んだが、闇の精霊を本の上に這わせて彼女の中に侵入させて、文字通りその身体を、心を『操る』。虚ろな目になった彼女に指定の部屋に行くように指示を出して、もう一度テーブルに本を戻す。そして、アリシアに言われた通りに手を翳したが、

「できない…!できるわけがない…」

集めた精霊を手放し、

「リティアは…リーフィだ。大切な弟を、妹を、魔獣達と繋ぎ合わせるなんて、できない!」

リンノは頭を抱える。赴任してきてから、リティアと話すようになったリンノは、彼女に対する考えの変化に気がついていた。リンノと目が合って怖がる姿は、リーフィによく似ていただけでなく、リゴンという名前を聞いた時もそうだ。居ないと分かっていれば、酷い拒絶反応は示さない。しかし、彼が本部に来ているとなれば話は別だった。リーフィは、鍛錬中でも失神して救護室に運ばれる事態になっていた。先程のリティアの反応は、それに近い。リティアの一つ一つの反応を見ていると、そこに下の弟が居ると錯覚させる程だ。言い方を変えれば、彼女と仲良く話せるようになれば、リーフィとも話せるようになるだろう。そんな期待もこの胸に灯っていた。だからこそ、

「それで彼女が炎を得意とする魔法士になったとして、誰が喜ぶんだ…。」

その存在を傷つけるこの邪道な行いは、リンノの声を震わせる。アリシアから囁かれたそれは、リティアを『魔法士』にするという甘い誘惑だった。彼女が魔法士になれば、今の一族の不和は解消されて、リーキーも一族に戻る筈だ。けれど、自分には実行できない。やってしまえば、二度と彼女と話す事はできない事くらい、この頭は導き出せる。助けようとしている存在の形の有り様を変える事を、リルドの妹が許すわけがない。そうなれば、リーフィとすら兄弟として並ぶ事はできなくなるだろう。

「どうか、聖女ルナ様。可能であれば、奇跡を。彼女達が、微笑んで帰ってくる未来をお与え下さい…」

胸の前で両手の指を絡めて静かに祈る。己の傍に近寄ってくる精霊が居た事に気がつく事は、なかった。


 焔龍号を振りながら、リティアを抱きかかえるラドは、とても戦い辛そうに見えた。けれども、頑なに降ろしてはくれない。炎の雨が幾度となく、2人に降り注ぎ、その度に焔龍号が炎を吸い込んでいった。今のジャックに、リティアの声は届かない。何も置いていない四角い部屋で再会を喜び、駆け寄ろうとした時に、傘が眩しく輝いてリティアの足を止めさせた。勝手に傘が開かれ、炎の槍を全て弾いてくれたのだ。その後すぐにラドが本に入ってきて、リティアを左腕で掬い上げた後は、ずっと戦闘となっている。何度もジャックに呼びかける。それは、リティアだけでなくラドもだったが、この前のような反応を見せてはくれなかった。もう目の前にいるジャックは、魔獣そのものなのだ。焔龍号が突きに行くと、炎は簡単に分散して別の位置でまた集まって、攻撃を仕掛けてくる。少しでもその炎が焔龍号に触れると、ジャックを構成する炎が数を減らす。恐らく全部なくなったら、彼は死んでしまうから、ラドも本気を出せないのだろう。

「リティア様、炎を吸いに飛び込みます!しっかりと捕まっていて下さい!」

ラドに言われた通りに、傘を畳んだ状態でその首に抱きつくと、ダン!と強く地面を蹴った。一瞬でジャックと間合いを詰めると、炎が飛び散ろうとする。そこで、

「ぎりぎりまで喰え。」

ラドがそう命令すると、飛び逃げた炎が焔龍号の傍に吸い寄せられていった。強さで言うなら、ラドが格上という事か。リティアの耳元で精霊がブワッと広がると男性の悲鳴が響き、視界が切り替わった。この前見た、自分の首を絞めているジャックと、嘲笑うラミアと全く同じものだ。リティアが懸命に彼に手を伸ばすと、ラミアが頬杖をつきながら唾を吐く。

「ジャックさん、今助けます!」

炎の精霊達に誘われるように、リティアの身体がラドから離れると、

「焔龍号、言う事を聞け!!」

ラドの怒号が響いたが、焔龍号が燃え上がって彼の手から飛び出した。精霊達に担がれてふわふわと宙を泳ぐリティアに、焔龍号が寄り添う。炎を一部消して持ちやすいようにしてくれた焔龍号に触れると、ラミアの奇声が劈く。

「リティア様!!焔龍号!くっそ!何故、近づけない!」

「ラド先生、焔龍号さんと一緒にラミアを倒してきます!」

リティアの目に映らなくなったラドへ、声を張り上げた。傘はリティアの手から離れて、独りでに火の粉を振り払う役を買ってくれる。水頭クラゲが水色に光り、傘で防ぎきれない火の粉を鎮火した。両手で焔龍号を握って地に足をつけると、ラミアの長い舌が繰り出される。リティアが動かそうと思う方向へ、焔龍号自ら動いてくれて、かなり楽をさせてもらいながら、ラミアに畳み掛ける。自分の身長からしたらあまりにも長すぎる焔龍号であるというのに、焔龍号は上手く立ち回っていた。ラミアの舌を焦がし、尾の鞭を払い除け、伸びてきた腕は斬り落とす。

「ジャックさんを返して頂きます!」

劣勢のラミアへと大きく踏み込み、ラドには遠く及ばまない突きを繰り出すと、焔龍号の刃は炎を増幅させてラミアの心臓を焼き尽くしたのであった。

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