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342,少女は焼き付く

 カルファスの案に乗って掌で転がされる必要はないのだ。リティアの提案通り、今月末のダンスパーティーに王女が参加すれば良いのだ。第二王女は、夜会を渡り歩く程に遊び好きだ。カルファスが誘えば、絶対に来る。恐らく、護衛としてダイロも来るだろうが。

「なるほどね。良いよ。お茶会に従者としてリティを紛れ込ませる予定だったけどね。」

リティアと共に昨晩の考えを伝える為に翌日の放課後の時間を使って、ハルドから調合室を借りてカルファス達と話す機会を得た。笑顔で頷くカルファスは、己が考えていた策を説明し始める。

「噂を流すなら、セイリン姫より従者から従者さ。そこまで考えていたけど、セイリン姫が二つ返事するとも思っていないから、別の手を考えるさ。王女の恋文がここにあるという事は、ダイロから嫌がらせが来るって事だ。」

これを聞いて、セイリンにはもう良い案には聞こえなくなった。リティアが主犯になるのだ、セイリンからしたら気が気でない。口にこそしないが、守るべき存在を危険な目に遭わせたくない。ハルドから貰ったクッキーを食べるリティアやこちらの為に、マドンが珈琲を淹れている中、

「…そうか。それは大変だな。ダイロまで出席となると、リティに目をつけなければ良いが…。」

セイリンが懸念を口から漏らせば、カルファスは一瞬だけ眉をひそめたが、

「色んな意味で目立つからね。まあ、今回は魔法士団一番隊隊長が出席するって話だし…ダイロは動きづらいだろうね。」

「その情報は何処から…?」

ニコニコと笑顔でこちら2人を見比べると、リティアの表情が固くなった。指から落ちたクッキーが床に落ちる寸前に自分で拾い上げるリティアの運動神経には、目を見張るものがあるが、

「あ、御本人から。この夏季休暇は、数回お会いして」

「う、羨ましいです…」

カルファスの言葉を遮って、ボロボロと泣き始めるリティアは、同じ歳とは思えない程幼くも見える。その涙にハンカチを押し付けてるリティアの顔を覗き、

「何だ、憧れの存在なのか?」

セイリンが泣いている理由を聞こうとした瞬間、リティアはガタンと勢いよく立ち上がって、セイリンが止める暇もなく教室から飛び出した。

「えっ!?リティ、何処行くんだ!?」

扉が閉まりきる前に、セイリンが慌てて追いかけようとすると、セセリがセイリンの前に静かに立ちはだかって、行く手を阻む。そこにカルファスが自分の額を押さえながら、

「ハルド先生の所だろうね…。そうか…今後気をつけよう。では、こちらもお開きとしようか。また進展があったらディオン殿を通して連絡するよ。」

ゆっくりと立ち上がってセイリンに手を軽く振って先に退出する。セセリとマドンが丁寧に頭を下げてくる中、

「分かった。では、よろしく頼む。」

セイリンのみがここに残った。


 リティアが帰ってきたのはほんの数分後で、泣き顔から少し怒り顔への変化くらいはしていたが、弾んだ声で椅子に腰を掛けた時はセイリンもホッとした。

「先程はご迷惑おかけしました。」

「いやいや。ハルド先生を連れてきた理由が分からないが、落ち着いたなら良かった。」

謝るリティアに微笑むと、彼女の頬が少し膨らみ、セイリンが首を傾げる事になる。温くなったマドンが淹れた珈琲をその頬のまま、口に運ぶリティア。その姿に、セイリンは失言したのかと不安になったが、

「俺の知り合いでね。リティに伝えてなかったから、怒られただけ。」

「先生って、あんな凄い人とも知り合いなのですか!?」

ハルドから代わりに説明され、納得しつつも驚いた。魔法士団一番隊隊長と言えば、サンニィール家の跡継ぎ息子であり、セイリンも騎士団の父親から教えられた事がある。仮面をつけた魔法士団一番隊は王国団の中でも異色で、少し視界に映っただけの存在でも、セイリンの記憶にしっかりと残っている。

「そうだよ。王都住まいが長かったから、向こうの知り合いは多い。彼は家事全般駄目なだけでなく、気がつくと床に転がって寝ているから、よく運んだよ。」

「呑んだくれなのですね…。それで、リティも知り合いなんだな。」

ヤレヤレと肩を竦めるハルドに、釣られて小さく息を吐いたセイリンがリティアに確認をしたが、

「あ、2人は文通しているんだ。そういえば、最近連絡が来ないね。少し確認がてら王都へ出向こうか。俺自身も用事があるし。」

先程よりも頬が膨らんだリティアの代わりにハルドが答える。この姿から相当怒っているんだろう、とは容易に想像できる。

「仲が良いのに、リティに教えてくれなかった事に怒ったんだな。先生、暫く学校を不在にするんですか?」

セイリンは話さない彼女の気持ちを代弁しつつ、ハルドに疑問を投げかけると、

「…足に風を纏わせなくても、人が吹っ飛ぶ威力の魔術を駆使して王都まで飛べるからね。」

恐ろしい程の威力を持つ魔術の話をされて、セイリンはぶんぶんと首を横に振る。

「あ、危ないので、その魔術は遠慮しておきます。」

教えるとは言われてないが、危険性が高くて知りたくはない。セイリンが、喉を潤そうとカップに手を伸ばすと、

「い、行きたいです…。」

「リティ。」

リティアの震えた声、ハルドからの潜めた声に、その手を止めてリティアと向き合う。また涙が溢れ出したリティアは、

「分かっています。それでも言わせて下さい。『会いたい』って。」

その涙を自ら拭う事なく、ハルドを見据える。セイリンが拭おうとハンカチをポケットから取り出すと、彼女は膝を抱えて雫をスカートへと落とした。

「勿論、伝えておくよ。」

表情が見えなくなった彼女の頭を優しく撫でるハルド。ここまでリティアが求める一番隊隊長が、彼女にとってどのような存在なのか…知りたいとは思ったが、今は何よりも彼女を少しでも傷つけるこの話題から離れるべきだと判断し、

「ハルド先生、話は変わるのですが…旧校舎で戦ったジャックって名前の炎の魔獣は、先生の知り合いなのですか?」

気になっていた事を口にするセイリン。これには、リティアがガバッと顔を上げて涙をまき散らし、ハルドが素早く彼女の目元を拭った。

「隠しても仕方ないからね。彼は、『元』人間だよ。」

「に、人間!?キメラにされたんですか!?」

サラッと言う彼の言葉で、本の中でレインが作り上げたクレイジードレインウルフと腕長岩猿のキメラを思い出し、セイリンは悲鳴じみた声を張り上げた。

「『元』なんかじゃ、ない、です。この私が、絶対、に助けます、から。」

「ああ、ありがとうね。基本的に魔獣に堕ちた人間が、人間に戻る事はないんだ。」

泣き過ぎた為か、過呼吸気味のリティアが苦しそうに宣言をすると、ハルドは目を細めて彼女の背中を擦る。うわああん、とまた泣き出すリティアをあやすハルドは、彼女の兄分と言うよりも親のようである。リティアにかける言葉が見つからない。何も言えずに目の前の光景を静かに見ていると、

「セイリン君には難しいよ。そういう存在があるってさえ、覚えていれば良いと思う。」

ハルドのどこか諦めたような表情が、あまりにも印象的でセイリンの脳裏に焼き付いた。


 痛み…そんな感覚もいつの間にか分からなくなった。ただあるのは、『飢え』という感覚のみ。本の中に追加されていく餌を貪り食う。最後の一匹になってもここから出る事ができない。どうやって出るかも思い出せないが、次々と与えられる餌はいくらでも炎を広げて歓迎する。その餌が小物だろうが、虫型、鳥型、魚型魔獣だろうが、関係ない。ひたすらこの飢えを癒やす為に、腐りかかった餌の肉片を飲み込むと、

《もう少しの辛抱なのですよー!》

知らない女の声が楽しそうに笑っていた。

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