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339,従者は見惚れる

 4階まで昇ると、リティアと対峙した時に一瞬垣間見た『未来視』にいた炎の塊が、こちらの様子を伺いながら漂っていた。それを見つけたリティアが、ハルドの手を振り払おうとぶんぶんと振っていたが、彼が離すわけがない。

「ジャックさーん!この前は、ありがとうございました!おかげで友達を助けられました!」

仕方なく傘の持った手を振るリティアに、ジャックと呼ばれた炎の塊が、

「チチチ!」

と音を鳴らした。ラドが槍を構え、それに合わせてセセリ達もスティックを取り出す。軽くこちらにお辞儀したリティアが、ジャックと向き合って一歩前へと出る。

「ジャックさん、本日はお願いがあって参りました。怖がらないでっていうのは難しいと思います。お話し合いをしたいのですが、旧校舎内だといつ他の魔獣に襲われるか分かりません。」

こちらの動きを警戒したジャックを、セセリ達が事前に指示されたように、退路を塞ぐようにゆっくりと囲んでいく。ジャックの背後には、風の魔法で瞬間移動したハルド。リティアとラドを踊り場に残して、カルファスとマドンが8時と10時の方向、セセリが3時の位置に就くと、リティアが再び口を開く。

「ですので、この初級魔法罠書に入って欲しいのです!」

「チーーー!」

威嚇音と共に炎の渦が広がり、セセリの前髪を焦がした。今のは絶対に怒った。最初から何も言わずに本を開いて見せれば良かった筈だ。けれども、彼女にわざわざ言わせた理由は何だ?

「ジャック、俺の焔龍号にまた喰われたいか?」

「ヂヂ!!」

ラドの脅しで、ジャックの炎が収縮した瞬間、

「大丈夫ですよ、本当に怖くありません。この前はジャックさんに助けられたのですから、今度は私がジャックさんを助けます。」

軽やかなステップで飛び出した彼女は、傘を前方に開いてジャックへぶつかりに行く。ジャックの火力が強くなってリティアを燃やそうとするが、全く彼女にぶつからない。傘が盾となっているのだ。ジャックが後ろへ逃げようものなら、ハルドの大風が吹き、こちらやカルファス達へと揺れようものなら水の壁を発動させる。強行突破しようとリティアへとぶつかったジャックの炎は、ラドの焔龍号に突かれてその威力を弱めていく。リティアが渦の真ん中へ躊躇なく手を伸ばし、

「ジャックさん、皆と一緒に帰りましょう。」

ただの無虚の空間に微笑むのだ。誰よりも勇敢で、慈愛に満ちた眼差しを魔獣へと向ける彼女は、まさに御伽話に出てくる聖女ルナだった。セセリは、己が発動させた水の壁が消失している事に気が付かずに、その様に見惚れてしまう。そこを突かれ、ジャックが彼女から離れてセセリへと突進する。寸のところで、ハルドの風によって火の粉がセセリに降り注ぐ事が防がれ、慌てて目の前の魔獣を見上げたセセリは、彼と『目』が合った気がした。すぐさま水の壁を発動させなが、、

「聖女の救いの手を取らぬのは、愚か者がする事ですよ。ジャック殿。」

彼を見据えると、炎がブルッと身震いしたように見えた。そして。

「チ…チチ…」

ジャックは悲しそうに響く音を立てながら、ゆらゆらとハルドの方へ向かい、床に炎を落とす。

「ありがとう、ジャック。これは君の知っている本だ。俺達もここを脱出してから、君に会いに行くからね。」

ハルドが慎重に本を開くと、炎が本の真っ白なページに吸い込まれていった。炎が綺麗になくなり次第、その本は紐で十字に結ばれ、

「皆、お疲れ様。帰ろう。リンノが気になるしね。」

ハルドの言葉で、この『奉仕』は終わりとなる。恐らくセセリだけでなく、カルファスもマドンも、リティアに対して様々な思いを抱える時間になった。


 開放されたセセリ達は、カルファスの寮室で軽食を口に運んでいた。

「カルファス様、紅茶のおかわりは如何ですか?」

「頂くよ、マドン。いつになく、重い空気だね。いや、俺があの話を持ち帰った時からか。」

マドンから温かいカップを受け取ると、自嘲するカルファス。あまり話す事がなくなったのは、その時からだ。無理に明るく振る舞っても、彼が顔を歪めるだけだったから。分かっているが、セセリは己の主の言葉を何も聞こえぬ振りをして、次を考える。

「…リティア様を殺める事が、私達の一族を守る事に繋がるとは思えません。」

「マドン、そんなのはとうに分かっていた話だ。ただ、伯父は邪魔者を消す為に脅しているに過ぎない!それでも、家族と従者達の命と、リティ1人を天秤にかけて、家族を取ったのは俺だ…。何も悪い事はしていない彼女の首を持ち帰るなんて…」

マドンの呻くような言葉に、カルファスは頭を抱える。ベッド傍の壁の彼女の肖像画は布を被った状態で佇んでいた。セセリは、その肖像画を外して、

「カルファス様、今こそ彼女と、私達の大切なものを守る為に、立ち上がるべきだと考えます。」

「セセリ、1番君の一族が危ないんだろう…。従者を持てないとても小さな一族だ。」

彼らに彼女の愛らしい絵を見せると、カルファスは涙ぐむ。彼は自分の想いに蓋をして、セセリ達を心配しているのだ。

「何とかしてみせますよ。私達に彼女を傷つける事すら、不可能です。彼女は、自分を殺そうとスティックを向ける私ですら、『友人』と仰るのです。その手を差し伸べられて、拒否しなくてはいけない現状がおかしいんです。」

「おかしいなんて、百も承知で!けれども、伯父様の命令に背けば…」

表情1つ変える気がないセセリは、肖像画をテーブルに音を立てずに置く。マドンに差し出されたハンカチで涙を拭うカルファスに、見せつけるように。

「このセセリにお任せ下さい。」

「何か良い案があるのかい?」

そして彼の傍で膝をついて頭を下げると、不思議そうな彼の声。

「はい。と言えど、リティア様のご提案を使わせてもらうつもりではありますが。」

「まさか、彼女の存在を周知させるのかい!?」

改めて彼と目を合わせると、彼の丸い目が印象的だ。

「いえ、私達を覚えてもらいます。民に、他の貴族、領主達、商人達に。」

「…そうか。この一族の存在を表に出す事で他人の目を向けさせて、自分達を売り込むんだね?」

セセリが言わんとする事をすぐに理解してくれる彼は、マドンを手招きして耳打ちすると、マドンの瞬きが止まらない。考え方が似ているこの2人であっても、マドンの方が閃きにくいのはセセリもよく理解している。

「はい、その為には地道な『奉仕』が必要かと。」

「彼らと仲良くやれば良いんだ。そうであるならば、セイリン嬢にも頼んでみようか。魔獣退治なら喜んでついてくるだろう。」

本当にセセリの抽象的な言葉から、『魔獣退治』まで理解するカルファスは頭の回転が速い。ただ、何故そこでその名前が出る?

「え、何故その方を連れて行くのですか?」

「セセリ、こういう派手な演出には『華』が必要なのさ。彼女は、他者の目を掻っ攫う才能に長けている。」

セセリの疑問に、いたずらっぽく笑う彼は今、久々に生き生きとした表情をしている。奉仕は、地味であるのに派手なのか。そう捉えていなかったセセリには、良い勉強になる。

「と、なると。まずはディオン殿から崩す。彼が私情を持ち込む事はまずない。彼らの上に立つハルド様にも話を通して、土日と冬季休暇、春季休暇も使える。まず、冬季は王都で闘技大会があるから、『華』を引き立てて、そこでこちらも地方の領主達に顔を売る。それと…」

こちらがもう何も言う必要はない程に、彼の頭の中で動く順序が組み立てられ、

「あのリンノ様は、どう動くんだろうね?」

懸念材料への警戒を口にした。

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