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336,少女はお願いする

 ハルドに手を引かれながら調合室に戻ると、誰かが居たであろう痕跡だけが残っていた。珈琲の香りが教室内に漂い、洗われたカップがタオルの上に並べられている。

「あれ、ディオン君達も居たはずなんだけどな。」

《ラドが来て、いつもの2人は連れて行かれたぞ。》

入って早々にハルドが肩を落とすと、いつものように転がっているケルベロスが欠伸をかきながら教えてくれた。

「あ、なるほど…。あと5人は?」

《双子のガキは、スインキーに行くとさ。小娘の代わりに勉強を見るんだと。》

リティアを椅子に座らせると、2人分の珈琲を用意しながらケルベロスに情報を貰うハルド。リティアは、食べかけになっているクッキー缶から数枚取って、物欲しそうなケルベロスの口に入れていく。最後に自分の口に運ぶ時には、珈琲のカップが目の前に置かれて、顔に湯気を浴びる。

「まあ、テル君はアルバイトもあるから仕方ないか。…で、問題のあの3人は?」

《あいつらは、他の奴等が居なくなってから、我々に頭を下げて出て行った。行き先は知らん。》

3人。カルファス達だろう。お礼を言いたかったのに…話し合う時間が欲しかったというのに、彼らは私との接触を拒んだようにもとれる。ハルドも同じ気持ちだったのか、

「それでは何も解決しないだろう。」

《思う事があるのだろう。今は、相手の動きを待つと良い。》

ため息を吐いて、額を押さえる。ケルベロスは、まるで敵の出方を待て、と言わんばかりだ。ハルドはもう何も言わずに、新しいクッキー缶を空間を歪ませて取り出すと、リティアの前に広げた。どのクッキーも美味しそうだが、夕食前に食べ過ぎると、リティアは夕食を残す事になる。パンだけでも残して、目の前の宝石のようなクッキーに手を出すのも1つだ。そんな事を考えながら可愛らしい薔薇模様のクッキーを手に取ると、ケルベロスの口達が同時に開いた。いつもの癖で放り込もうとしたリティアだが、彼らと会える方法を思いつき、

「ケルベロスさん、カルファスさん達を呼んできてもらえませんか?」

口に入れてあげないで、お願いしてみる。

《おい、話を聞いていたか?》

涎がたらーっと垂れそうなケルベロス。すぐには欲しい返事をくれはしなかったが、まるで人参をぶら下げるかのように、彼らの顔の前でクッキーをゆらゆらと動かすと、目は正直にクッキーを追う。

「お願い致します。私、1人でジャックさんに会う事は怖いんです。」

「俺とラドが行くよ。リティまで危険な目に遭う必要はないんだから。」

なかなか食べさせないリティアを眺めながら笑いを堪えるハルドは、本当に優しい。リティアの代わりにケルベロスの口にチョコチップクッキーを投げ入れていった。けれども、この優しさに甘えていたら私は『無力』のままだ。

「おじいちゃんは、私にしかできないと言ってました。だから、私が行かないといけません。シャーヌさんの事で心が傷付いているセイリンちゃん達を巻き込みたくはないんです。」

「そうか…リザンさんがそう言ったのか。」

リティアは、必死に頼む。2つの事を同時に向き合えるように、一緒に行く相手の候補を減らす。ハルドが苦い顔をしてしまい、これでは難しいかと思ったその時。

「リティア、私が手伝いましょうか?」

「リンノさん…?」

扉が少しだけ開いて、先程別れた筈のリンノが顔を出した。

「ハルド殿、入っても良いですか?」

「どうぞ。」

ハルドに確認を取ると急いで教室に入り、結界を広げる。ハルドもそれに合わせて結界を展開すると、

「リンノ様ー!お話だけでもお聞かせ願いたくー!」

「これは教頭の声かい?」

通路で聞こえてくる男性の声に、ハルドが眉をひそめると、

「そうなんです…。リティア、手伝う事の対価として、この前の婚約の騒ぎの終止符を打って下さい。」

「え?リンノさんが、上手くまとめたんですよね?」

リンノは、盛大なため息と同時にリティアを見下ろしてきて、リティアは首を傾げた。

「そうですよ。それが今、こうなっているのは、紛れもなく貴女が原因。」

「??」

思い当たる理由がなくて、リティアの首は直角まで曲がると、リンノは手近な椅子に腰掛けて、

「…最近、仲の良い男子生徒がいるんですね?しかも、その子に髪の毛を結ってもらいました?」

「あ、えっと、ディオンさんですね。この前、髪留めをレースリボンにしてもらいました。」

リンノに冷酷な眼差しを向けられた為、リティアはすかさずケルベロスの真ん中の頭を抱きしめて彼を直視しないようにした。

「ラグリード殿か。男に髪を触らせるって、どういう事か分かってます?」

リンノからの指摘に、ハルドに助けを求めるように彼を見上げると、彼はとても良い笑顔でリティアを眺めていて、

「あー。リティ、一般的な常識として、女性の髪は気を許した男性にしか触らせるべきではないんだよー。まあ、交際しているんだから、有りだとは思うけど。」

「はあ!?リーキー様を差し置いて、他の男と恋仲ですか!?」

リティアが知らなかった常識を教えられたと思ったら、リンノが青筋を立てた。

「いや、リーキーとリティアはそういう間柄ではないだろう。リンノ、頭が硬いだけでなく、偏見に塗れた視界で物を見ると、簡単に過ちを犯すよ。」

笑顔が一瞬消えて、また笑顔を浮かべるハルドと目が合ったリンノの喉がヒュッと鳴り、こめかみに汗が伝い出す。

「このしょうもない娘は、リーキー様に守られていれば安全なのですよ!」

「愛情を傾けているのか、貶しているのか、微妙なラインだなー。リティアが幸せに生きるには、安全ではない状況で、それは何でだい?君も加担しているだろう?」

ダン!と机を叩くリンノと、笑顔のまま喧嘩を売りに行くハルド。話が脱線し過ぎた為、話に入れないリティアは、リンノ分の珈琲を入れつつ、ケルベロスにクッキーをあげる。

「本当にそうお思いですか!?誰が、聖者気取りの伯父の手足になると!」

「へー。」

リンノの歯切り、頬杖をついたハルドの見下した態度。リンノが、劣勢なのは見るからに明らかで、

「何ですか、それ。」

ハルドの態度が気に食わないリンノの手が胸ぐらへと伸びたが、

「いやー、だったらその聖者気取りからさ、特別な『地位』を奪ってしまえば良いのにって思っただけさ。」

「わ、私に、伯父を殺せと!?」

ハルドは動じる事なく、サラッと怖い発言をして、リンノは胸ぐらへ伸ばした手を引っ込めて震え上がった。『地位』を奪うという事は、失脚か、暗殺か…。最近、シャーリーから借りているカロッティーシリーズでリティアの知識も増えてはいる。小説ならば冒険物が好きだったので、本当に新鮮で楽しく読ませてもらっていた。

「おかしいと思うだろう?君達の一族は、その歴史的背景から政には携わらないのにね。何故、王国魔法士団に所属していながら、御伽話から派生したような王の『右腕』なんてやっているんだい?」

「…私には、分かりません。ただ、魔法士団団員でありながら、鍛錬もしない伯父は無精者だと考えております。」

リティアの前で繰り広げられる話は、知らない事ばかり。ハルドの言う通り、この一族は、魔獣侵略戦争前くらいから政に関わらなくなったと教えられてきた。リンノの話からも、リンノの『伯父』の行いは容認できないものらしいが、彼には伯父が2人いて、リティアの父親か、その弟のリダクトか。両方の可能性を視野にぼんやりと聞き流していたら、

「馬鹿、名ばかりの騎士団団長補助だ。団を掌握できるだけの権力を狙っているから、そこに名を置いているんだろうよ。」

肩を竦めるハルドから、正解を教えられたのだった。

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