表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/838

333,一番隊隊員は聞き取る

 トレントの森を抜けてから順調かと思えば、そんな事はない。馬が途中で足を骨折して、立ち寄った村で引き取ってもらうが、その村に余剰な馬はなく、代わりに闘牛を渡されそうになった為、仕方なく自分の足で歩いていた。なかなか食べれそうな動物にも魔獣にも出会えず、そして人里すら見つからない。自分の異空間に食べ物は携帯しているが、いつ必要に迫られるか分からない為、人里ありそうなこの周辺では空腹に耐えながら足を進めていたのだ。そんな中、祖母くらいの年齢の女性が襲われていたから助けた。それで夕飯をご馳走になっただけな筈だった。何故か、次の日の夕飯までここに居る事になった。何かと理由をつけては、村から出させてくれないカーナ。仕方なく、村の中を歩き回って住民と軽く話をする事にした。聞けば聞くほど、彼女は孤独なのだと理解する。十数年前に近くの泉に気を失って浮いているところをここの住民に発見され、可哀想で村に置いたが、記憶がなく、自分の事が分からなかったらしい。年齢からして子どもは望めないだけでなく、身の回りのこともやり方が分からず、目に余った他の女性達が色々と教えた事で今に至る。しかし他人と上手く馴染めず、何かを話すかと思えば『夢』の事ばかりで、村の人間は自然と彼女から距離を取っていったそうだ。

「夢の中の魔法士様か…」

この言葉に引っかかりを覚えたのは、日が沈みかける直前だ。こんな田舎で、騎士団、魔法士、魔術士の区別がつく人間は居ないだろう。そうなると皆、『騎士様』と呼ぶ。リガは面倒事を避ける為に『魔法士』という言葉を使わなかったのだ。

「魔法士様!お帰りなさい!」

年齢と見合わない可愛らしい笑顔を浮かべて出迎えるカーナに、リガも笑顔で対応する。その青い瞳には何を映しているのか。リガは手作りの夕飯を頂きながら、彼女の『夢』について聞いてみる事にした。

「そうですね、その魔法士様は、魔法士様みたいに氷を発生させて、一輪の氷の薔薇を差し出して下さったのです。」

「へー、それはとても器用ですね。俺、できるかな?」

楽しそうに話す彼女とリーフィを重ねながら、軽い気持ちで聞いていく。氷を手の中で発生させてみるが、花を作る事は難しかった。ふふふっと笑ってくれるカーナは、

「無理はしないで良いのですよ。こういう事って、得手不得手があると言いますし。」

「それも魔法士様のお言葉ですか?」

誰かの言葉と思わしき発言をした為、そこから更に記憶を刺激してみる。

「い、や…わんわんと泣きじゃくる男の子の頭を撫でていたような…」

「おや、何故その子は泣いているのです?」

彼女のポツリポツリと出てくる言葉に、更に突っ込んでみる。彼女は、スープを掬うスプーンをカランと落として、眉間にシワを寄せながら頭を捻る。

「何故だったかしら?…そうだわ、お父さんみたいに小剣が投げられないって、言ってた?」

「カーナさんの旦那さんは、ナイフ投げがお上手だったのかもしれませんね。」

彼女の言葉の断片から、リガが推測をしてみる。こうする事で、彼女の塞がれた記憶を揺さぶる事ができる筈だ。

「…旦那さん?私に?」

「はい。恐らくは、カーナさんの息子さんと旦那さんと一緒に過ごした思い出かと。」

親の死に怯えた孤児達の心を揺さぶり、言語化させて心の整理をさせていく手法ではあるが、リガ自身が実践する事は初めてだった為、これがよい返答なのかが判断できない。彼女の眉間にシワは消えてしまい、

「そうなのね~。どんな方だったのかしら?」

「もし良ければ今度、夢の中の魔法士様に聞いてみて下さい。」

ニコニコと笑顔を向けてきた。これ以上は難しいと考えたリガは、さらっと提案をしてみる。夢の中の魔法士様は、彼女にとって良い存在。それに会える事を楽しみに生活できるであろう。

「そうね。それも良いわね。」

「俺は、明日ここを発ちます。兄を探しているんです。」

スプーンを持ち直して食事を再開するカーナに、昨日も伝えた事を今日も伝える。

「え…。ずっと居てくださらないのですか?」

「行方不明になった兄を探さねばいけませんので。」

揺れる彼女の瞳は、不安を映し出していた。やるべき事と、帰る場所があるリガにとって長居すべき村ではない。彼女に縋られても払わなければいけない。

「わ、私は、また、独り?」

「兄が見つかったら、また立ち寄りますよ。」

壊れたオルゴールと形容できるであろう彼女に、優しく微笑めば、

「や、約束ですよ?」

「勿論。」

果たせるかも分からない約束を取り付けて、夕飯を平らげたのであった。


 カーナが眠っている夜中のうちに村を発とうとしたリガは、何をしても扉が開かない事に気がつく。窓を開けようとしても音を立てる事はないだけでなく、窓の外も見えやしない。ここでやっと、精霊がありとあらゆる隙間にはまっているように、リガの瞳に映る。これは『結界』だ。彼女が張ったという事か。魔法士の一族で、何となくできてしまったのか、はたまた願望に従って魔法が発動されたのか、どちらにせよリガは脱出できない。

《今は外に出てはいけない。日が昇るまで待たれよ。》

「男の声だと?」

リガはこの声を出す男とは、この小さな村では出会っていない。何処に居るか分からない存在を見渡しながら睨むが、それ以上の声は返ってこなかった。じっと待ったが、本当に返ってこない。諦めて言われた通りに朝まで待つと、美味しそうな香りで目が覚めた。籠にぎゅうぎゅうになるほどのパンと、割クルミ、庭で取れたであろうトマトもそのままではあるが詰められている。カーナは一生懸命、大鍋で大盛りのスープを掻き混ぜていたので、リガが後ろから変わろうとして木ベラを後ろから掴むと、

「あらアナタ、ありがとう。」

自然と彼女の口から飛び出した。そして目を丸くするのは、まさに彼女だ。

「あらあら。魔法士様、ありがとうございます。」

「カーナさんの心が憶えている旦那さんに似ていたのかもしれませんね。」

リガが微笑みながらスープを掻き混ぜて、グツグツと音を立てるスープ。とても温かそうだ。

「そうですねー、私の旦那さんはどんな人なのでしょうね。気になります。」

「きっととても優しい人ですよ。」

嬉しそうにスープ皿を運んでくる彼女に、こちらも心が温かくなる。色々思い出せれば、帰るべき場所が分かるはずだ。食事を頂き、弁当まで受け取って、彼女に見送られながら村を出て行く。リガは足に風を纏わせて移動距離を稼ぎ、手懐けられそうな馬を手に入れる為に町を探していた。今朝出発した村に預けた、悪事を働いた人間達の断末魔の叫びをその耳に届かせる事はなかった…。


 ギィダンは、主の為に今日も馬車を動かしていた。昼下がりに待ち合わせ場所に到着して、門兵に声をかけて呼びに行ってもらう。ギィダン自身が王国魔法士団ではない為、この敷地に入る事はできない。待ち時間は、行き交う人々を眺めて時間を過ごす。そこに可愛らしい花柄のワンピースを着て、青灰色の髪を靡かせた女性が1人、人の目を気にするかのように顔を俯かせながら、ギィダンの馬車に小走りで駆け寄ってきた。

「おはようございます、リーフィ様。」

「お、おはようございます…ギィダン殿。その。」

どこか自信のなさそうなリーフィに声をかければ、可憐に微笑む。誰が見ても女性にしか見えないリーフィは、最近よくこうやって頼み事をしてくるのだ。

「お使い下さい。まだ、リグレス様はいらっしゃいませんので。」

内容を聞かなくても分かるギィダンが、御者席を降りて場所の扉を開くと、

「助かります…。」

リーフィは急いで乗り込み、事を済ますとスルッと降りてくる。いつもの魔法士団団員の制服を身に纏う彼は、先程の女性とは思われないだろう。

「本日も孤児院に届け物をなさったのですね。お疲れ様でございます。」

「ありがとうございます…。まさか、あの格好で出歩く回数が増えると思いませんでした。」

労いの言葉をかければ、彼は苦笑いを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ