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331,少女は跳ねる

 笑顔のハルドに手を繋がれて寮に帰った次の日、休日の調合室でいつも通りの日常に戻ったリティア達は、ハルドから魔術陣が描かれた数枚の紙を渡されて、上からなぞったり、暗記しようと眺めたり、と懸命に覚えようとしていた。そんな中、ハルドが「スインキーでの寝顔が可愛くて」なんて言うものだから、テルは何故か羨ましがっていたけれども、

「リティ、大衆の前で!しかも男の前で!無防備な姿を晒してはいけないって教わらなかったか!」

リティアはセイリンに叱られ、ディオンが暫く思案してから一言。

「リティアさん、明日の夕方は私とデートしましょうね?」

ニコッと爽やかな笑顔を向けられて、瞬きが止まらない。テルの口がポカンと開くと、ソラの指がその口を無理やり閉めさせた。スコーンを皿に落とすセイリンと比べ、ハルドは愉快そうに珈琲を口に運んでいた。

「ど、どういう風の吹き回しですか…?」

「可愛い私のリティアさんを街の人々に自慢して歩くのですよ。『恋仲』という事を見せつける為に。」

リティアが持っていた紙にシワが入る中、ディオンの笑顔から圧力をもろに受けて、シワどころか紙がグシャと音を立てた。セイリンが目を離す事すら許されないディオンとの間を遮るように手を伸ばし、

「ディオン、その嫉妬の炎を引っ込めろ。リティが確実に引いている。」

彼を指差して注意した。…ではあったのが、今日は今朝からずっと恋人アピールが凄まじく、他のクラスメイトやメルスィンからも、

「リンノ先生が婚約者でしょ?」

とリティアへ確認が入り、聞かれたリティアの代わりにディオンがすかさず返答するのだ。確かに候補であるという事は、イコール婚約者ではない。そういう言葉が彼の耳に届く度に、ニコニコとしながら迫ってくるディオン。心臓がバクバクと音を立て過ぎたリティアは、何度この両手で顔を覆ったことか。心臓が忙しなくなりながらやっとの思いで堪えている内に、『放課後』を迎えた。


 ディオンが学校を出る前に、リティアの髪に結ばれている、ソラに返された普段使いのリボンをすみれ色のレースリボンに結び直した。隣で見送りに来ているセイリンの表情が険しくなったが、その唇は閉ざされている。リティアはされるがままにされた後は、いつものリボンをスカートのポケットに入れてから、手を繋がれて街へと出掛けていった。

「リティアさん、この前購入した本は読み終わりましたか?」

「はい!それは勿論!もしかして、本日は本屋に行かれますか?」

喫茶スインキーを過ぎた辺りで、ディオンから話しかけられ、クピア町で買った抱えきれない本を思い出し、期待を込めて笑顔で返すと、

「んー、この時間ですと…閉店時間を考えると、あまり居られませんのでまた別の日にしましょう。」

「残念です…」

行き先は本屋ではないらしい。ディオンは悩む仕草をしてみせてくれたが、彼の事だ。行き当たりばったりのプランは組まれていないだろう。リティアが軽めに俯いてみせると、

「そこまで落ち込まなくても…。帰りましたら、たくさんの本がお部屋に届いている筈ですよ。」

「え!?では、今すぐに!」

眉を下げて顔を覗き込んでくる彼の言葉で、リティアはすぐ顔を上げて笑顔で両手をパチンと叩いた。

「まだ運び入れている最中でしょうから、帰ろうとしないで下さい!」

リティアが後を向こうとしたところで、ギュッと手を強めに握られる。彼に視線を動かすと、大慌てて首を横に振る姿が映った。

「では帰ってからの楽しみに取っておきますが、ディオンさんが選ばれたんですか?」

「いえ、カルファス様だとマドン殿からお聞きしました。」

そんな必死な彼が可愛らしく見えて、リティアが口を隠すように片手を当てて微笑みながら聞いてみると、不思議な返答に驚く事になる。

「カルファスさんから直接聞いたのではないのですか?」

こちらに帰ってきてからのリティア自身が忙しかったとはいえ、夏季休暇前のカルファスであったら、自分から言うまたは、リティアの組まで声をかけに来てもおかしくない。何故、従者に伝言させたのか?リティアの首が傾げられた。

「確かに、そうですね。あの方の性格ならば、リティアさんに直接渡す為に、俺に声をかけてくる筈ですよね…。」

ディオンにもこの違和感が伝わったらしく、少しだけ眉をひそめた。

「後で聞いてみますね。」

「ありがとうございます。」

互いに微笑みあえば、この話は終わり。ディオンに誘われるままに、大通りの端に佇む店に足を踏み入れた瞬間に驚いたリティアは、ディオンと繋いでいない手で彼の袖を掴んだ。

「この狭い店に、これだけ多くの生徒がいると驚きますよね。」

「雑貨屋ではなさそうですね…?」

繋いでいた手を離して、いたずらっぽく笑う彼に差し出された小さな籠を受け取り、袖を掴んだ手まで優しく指を外されてしまった。列になっている生徒の後ろへ並んでみると、列が進むにつれて徐々に見えてくる商品棚に並んだ様々な『素材』。リティアがぴょんぴょんと更に先の棚を見ようと跳ねると、ディオンが肩に手を置いて押さえられてしまった。

「他の人達が買い物に集中できませんから、落ち着いて下さい。」

「はーい…」

声を抑えて笑う彼と、肩を落とすリティア。

「このお店は、持ち込んだ素材を買い取ってくれるらしいんです。後でテル達にも教えるつもりです。」

「そうなんですね!こんな素晴らしいお店をどうやって知ったのですか!?」

轟牙の森で採取した物が買い取ってもらえて、欲しい素材を買えるなんて、そんな素敵な仕組みにリティアの声が自然と大きくなる。

「声を小さくー。」

唇に人差し指を当てられたリティアがカチンと固まると、あちらこちらからクスクスと笑われてしまった。

「これでも学校内では学年問わず顔を覚えてもらっていまして、一昨日の夜、寮に戻られていたマーク先輩から聞いたのです。」

「あの方は、元気そうですか?」

列が進んで少し近づけた商品棚をまじまじと眺めながら、ディオンの話を聞く。大鎌切から助けた生徒は、上学年だったらしい。リティアは、棚に書いてある商品名と、自分の知識を照らし合わせながら欲しい薬草を選んで籠に入れていった。彼は、周りを気にしながらも声を潜めて教えてくれる。

「はい。引っ越しの準備が大変だったそうで、微力ながら手伝ってきました。」

「そ、そうなのですね…。もし私が学校から追い出されたら、何処に行けば良いのか分かりません。」

魔獣から生還したマークは、どう理由があるのかは知らないが、この学校を辞めさせられたのだ。校舎内で魔獣に狙われた事がある自分にも言い渡されるかもしれない『退学』に、リティアの身体は小刻みに震えた。

「もしそのような事になりましたら、俺の手を取って下さい。リティアさんの為ならば、いくらでも道を作りましょう。」

ディオンの優しい声が耳元で囁かれて、縋るように彼を見上げる。彼の星空を映し出す髪は、日が昇る前の空を想起させ、


「セイリンか、ディオンにでも声をかければ、今とは異なる生活に飛び込む事だって有り得るのです。」


球体が消えたあの海底遺跡でラドに言われた言葉を思い出した。私を一族から守って、また養えるだけの地位と権力を持つ友人が居る事を、ラドは伝えたかったという事だろうか。しかしリティアとしては、彼らに迷惑をかけて生きたくはない。一族から傷つけられる事も、閉じ込められる事もなく、自分の足で立っていたい…

「小説に出てくる騎士様みたいで格好良いです!」

だから、彼の真剣な瞳をはぐらかすように微笑んだ。


 リティアが楽しく買い物して寮室に戻ると、セイリンが運んでくれた山のような本を目の前にして、好きなだけ歓喜の悲鳴を上げる。セイリンと一緒に就寝時間まで軽く目を通して楽しむのであった。

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