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329,教師は取り掛かる

 お疲れの生徒達を寮に返して、ハルドは1人で調合室に戻る。マークの件は、一旦保留だ。彼にも寮に戻るよう伝え、今は休んでもらった。夕方、両親が迎えに来る事を伝えたので、マラノクにも手紙を瞬間移動の魔法で送ると、ハルドが引き出しから取り出した中距離通話の魔術陣がすぐに光った。ハルドも魔石を置いて、通話を開始する。

「息子は、衰弱しておりませんか!」

「疲れ気味ではありましたので、今は寮で休んでもらってます。本日の夕方に迎えに来て下さいますよね?」

息を切らせるマラノクに、苦笑しながら業務連絡する。その間に、手元では珈琲と報告書を風の力で用意していくハルド。

「勇敢な生徒ですよ。拐われそうになったのはお母様だったようで、身代わりに敵に飛び込んだそうです。」

マークが怒られないように、拐われた理由を伝えると、

「そうでしたか…ウウッ。本当にありがとうございます。」

「魔術力剥奪につきましては、夕方にでも他の教師と校長を交えて話し合いましょう。」

泣き始めたマラノクに、一番大切な業務連絡をする。ハルドは報告書を書き上げたら、教師を1箇所に集めなくてはいけない。

「分かりました。」

「あと、個人的なものではございますが、珍しい『紙』が手に入りましたので、その時にお見せしたいと思います。」

落ち込んだ声を出す彼に、更なる話を切り出したが、

「は、はい。」

「それでは。」

分かっていなさそうだったので、ここで通話を終わらせる。喫茶スインキーでも珈琲を何杯もお代わりしたというのに、また珈琲を淹れてしまった。口に含む気になれず、香りだけ楽しむ事にして報告書に取り掛かる。今回のリティアは、本当に冴えていた。そして、彼女が引き寄せた幸運。この手に入れたのは、まだ生きているカノンの魔石。どうにかしてリグレスの手に渡るようにしなくてはいけない。

「カノンちゃん、俺は待ってるからね。」

ふと呟きながら書いていると、ハルドの手が強い力で隣のメモ紙に動かされて、

『私も美味しいケーキを楽しみにしてる』

そう書かされた。自然と笑みが溢れる。

「俺もだよ。お茶しに行こうね。」

これには返答はなかったが、ハルドの心は満たされた。リティアの血が引き寄せる幸福も災いも全部、ハルドは見届けて彼女の為に戦うつもりだ。ラミア討伐をした女の事は、伏せるようにリファラルに頼まれている。ラドは不服そうだったが、あの人の頼みを聞かないわけにはいかないのだ。そしてあの女は、『リティアの家庭環境をよく知っている』ようだった。そしてリファラルも、その事を分かっていてこの話を持ちかけた。リティアの件をセイリン達に知られる事がかなり危険であっても、彼は彼女を起用したのだ。雑念を払いながら、何枚にも及ぶ報告書と、リルドとリグレス宛ての手紙を別個に用意していると、コンコンとノック音。個人宛の手紙と、カノンの魔石を引き出しに隠してから、扉の向こうに声をかけると、リンノが入ってきた。そして、当たり前のように隣に座る。

「リンノ、リティは凄いだろ?」

笑顔で言い放つと、彼は顔をしかめつつも頷く。

「そうですね。私と目を合わせたら、すぐにリーフィが泣くその理由まで教えてくれましたから。」

「…はい?」

眉間にシワが寄る、寄る。そのリンノに淹れて間もない珈琲を差し出しながら、ハルドの首は傾げられた。

「えっと、この夏季休暇で1番下の弟に会われてますでしょう。彼、今年度からの入団でして。本当に久々の再会だったものですから、入団祝いに呑みに誘おうと駆け寄ったら、その場でガタガタ震えて泣き崩れてしまったのです。」

「相当、怖かったんだろうね。俺も出会ってすぐに震えられたし。」

早口で話し始めたリンノに、苦笑いしつつもハルドもクピアの別荘の事を思い出した。リティアに守られた未熟過ぎる青年だ。今となっては、自信が無さげな女性へと認識を改めたが。

「そう!怖かったらしいんです!この顔が!リティアもこの顔が怖くて、長らく私が虐めていたと思っていたようでして!」

「…え、いつもしかめて、いつもため息を吐いて、いつも一言多い君は、他人を見下しているんだろ?」

ダン!と机を叩くリンノを、少し引きながら見てしまうハルド。

「違います!そう、リティアにも似たような事を言われました!何故、彼女のお披露目会時にもう成人して1年経った大人が、幼子を虐める理由がありましょうか!」

「できた大人ばかりではないよ。」

流石は付き合い辛い人間の代表格。リティアを虐める理由がないと断言してくれるのは良いが、石みたいに頭が硬い。そんな人間ばかりではないんだよ、と優しく教えてやれば、

「そうですね!ハルド殿みたいに、一族の掟を破る人もいますが!」

ハルドにきつい眼差しを向けてきて、まるで敵対しているようだ。だが、これがリンノの顔と言われればそうなのかもしれない。

「それが一言多いんだって。」

最早、苦笑い以外に何ができるだろうか。ヘナヘナと背中を丸め、

「この話をしに来たのではなくて、いえ、きたのかもしれませんが。」

「じれったいだろ。何だい?」

はっきりとしないリンノの頭をポンポンと叩くと、

「リーフィに手紙を書いて誤解を解きたいんです!手伝ってくれませんか!」

机の上に涙の池を作っていた。リーフィは、愛されているようで大変結構だ。しかし、酒の席のリンノを扱う事は、リーフィにはかなりきついはず。

「リーフィって趣味があって、夜は部屋に籠もりたいみたいだから、まずはランチにしてみた方が良いよー。」

「そうなんですね!そんな話すらできないんですよ!教えて下さり、ありがとうございます!」

ハルドの助言を大きく頷きながら聞くリンノに、

「本当に悪気はないんだね…」

「はい!リティアが笑顔で、さらっとつく嘘の方が問題かと思います。」

ハルドの眉が下がると、リティアへと矛先が向けられた。

「上手く切り抜けてもらっておいて、それはないだろう。お前がリティにするのは、謝罪と感謝!攻撃はするな!」

ビシッと叱ると、リンノが丸い目になった。瞬きが止まらない。

「そうなんですね…」

「そうなんだよ。リーフィの好きな食べ物を教えてあげるから、覚えなさい。歩み寄ろうと思うならまずそこから。」

愛のこもった手紙の書き方をきっちりと指南していけば、兄弟に向ける手紙というよりは恋文みたいだった。リンノとしては良い出来らしく、誇らしげだ。癖があるこの兄の弟が、もうあれなら仕方ないかと諦めがつくし、妹がその2人に怯えて育った事も分かる気がする。

「それで、魔法士団本部の何処に送れば、リーフィの手に渡りますかね?」

「まあ、君の父親経由はやめといた方が良いから、リルやリグとの仲が悪くなければそっちで良いのではないかな?」

本人宛に送るにも、まずは隊長格の手元に届く手紙だ。下手をすると開けられて中身が確認される。そうであれば、身内の中でも信用できる人間が良い筈だ。ハルドが頭を掻きながら答えると、

「なるほど!父は、破りそうですもんね。では、リルド様にお願いしましょう。これをきっかけに文通ができると良いんですが。」

「頑張りなー。」

自分の父親についてよく分かっていらっしゃる。嬉々として封を閉めるリンノに、ハルドは気のない返事を返しながら報告書の続きを書くと、

「はい。ずっと寂しい思いをさせてきたから、今度こそは向き合わないと。」

兄弟想いの良い兄としての顔を見せてきた。どこまでが本心で、どこまでが芝居なのか、ハルドは見極める必要がありそうだ。

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