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328,少年は仲直りする

 喫茶スインキーに移動して、皆が思い思いに時間を過ごす。1番悲しいのはシャーリーである筈なのに、リティアと一緒に厨房で何やら料理をしていた。ハルドは、壁側の席で助けたもう1人の少年と話し込んでいる。遅れてやってきたラドとリンノの後ろには、ケルベロスとスズラン。この街の中、よく魔獣が闊歩できるな…と感心するソラ。誰よりも遅く帰ってきたのは、リファラルだけ。

「デーティさんは?」

スズランを抱きしめるセイリンに聞かれたリファラルが、

「彼女でしたら、しっかりと仕事をこなして帰られましたよ。」

「お礼くらいしたかったですね…」

そう答えると、しょんぼり顔のリティアがハンバーグを運んできた。ぐったりとしていたテルの瞳が生き生きとすると、彼女からテルの前へと置かれる。

「改めて、テルさん、お帰りなさい!」

「そうだぞ!テル!寂しかったんだからな!」

リティアの笑顔の後ろから、シャーリーの怒り顔。そんなシャーリーからもテルの前にホットサンドが置かれ、

「どうだ!リティアさん特製ミートホットサンドだ!」

ドヤ顔したシャーリー。要するに、作った人間と運んだ人間が交換されている。紛らわしい。

「ふへへ。ただいま!」

「温かいうちにどうぞ!」

緩んだ笑顔になったテルは、リティアに勧められてハンバーグに齧り付く。またこの2人が厨房に戻ると、それに続くようにリファラルが入り、皆分の珈琲を用意してくれた。ディオンは、ソラの後ろの席で仮眠を取っていたが、珈琲の香りに釣られて目を覚ます。ソラは、ただ美味しそうに食べるテルを眺めているだけ。これで良いと自分でも思うのだから、これ以上は求めない。そんなソラに、目の前で食べているテルの視線が向いて、

「ソラ!あーん!」

「旨いだろう、全部食べるんだ。何日ぶりの飯ってもんだろ。」

好物をフォークに刺して食べさせようとしてくるから、ソラは苦笑いするしかない。

「美味しいから、大好きなソラと味わいたい!」

「おいおい。テル、無理しないで良いんだ。」

ニィと笑顔を向けるテルのこの表情は、俺を騙す事は出来ないんだ。

「してないよ!」

「テル、俺はお前に怒られるだけの事をしたんだ。」

わざとらしく驚くテルに、ソラは首を振った。

「うん!でも、俺もした!」

「怒りよりも心配と不安が勝ったよ。」

その大袈裟な笑顔は、昔からテルがやってた。ソラは心の内を隠しつつ、今のテルがいる幸せを味わう。

「ソラ…全部盗んだんだよ?ソラが学校生活に必要な物。」

「それなら、俺もお前のところから取ったさ。決まってるだろ。背丈も変わらない双子なんだから、使えるんだよ。」

ムッと頬を膨らますテルのフォークからタレが落ちそうで、ソラが笑いながらフォークを取り上げて、皿に戻した。

「ありゃー!そこまで考えなかったなー。」

「そんな事よりもお前が消えて、本当に心配だった。ディオンと一緒に探して見つからなくて、あちらこちらの教師に怒鳴り散らしていたら、セイリンさんやカルファス様達が助けてくれたよ。」

ペチッと額を叩くテルと、真剣に向き合う為にソラは表情には気をつけた。すぐに無表情に戻る自分は、他人から見たら近寄り難いのだ。ディオン程の笑みの種類もない。リティアの百面相みたいなコロコロ変わる表情の方がやりやすそうだ。

「ごめんね…。囮が失敗してソラが死ぬかもって思ったから、俺が身代わりで死んだ方が、母さんが褒めてくれるかもって。」

「今すぐにお前を怒鳴りたい。」

テルが肩を落とすと、ソラはグッと堪えて眉をひそめるだけに留めた。

「ご、ご、ごめんなさい!」

「けれど、それはやめておく。」

それでも過剰な反応を見せる弟に、穏やかな口調で首を横に振って見せる。

「ソラ?」

「なあ、テル。両親にお前の存在意義を委ねて、どうしたい?」

いつもと違うソラの反応に動揺する弟に、敢えて優しく問いかける。

「そりゃあ、家族に愛してもらいたいから…。」「それなら、俺だけでも良いよな?あいつらがいる必要はないだろう?」

当たり前の事を答える弟に、この考えをどうにか伝えたい。あの卑劣極まりない女は、テルの人生に不要な物なのだ。

「どういう事?」

「お前を苦しめたのは御貴族様が始まりで、分かっているはずの両親は守る事なく傷つけて、俺も知らずの間にテルを身代わりにしていた。お前の恐怖の対象は家族だ。」

首を傾げたテル。これだけでは伝わらない事は、昔の俺には分からなかった。いつもテルは、先回りして気がついてくれていただけだったのに。だから、今度はしっかりと言葉を使って伝える。

「そ、そんなこと。」

「ダイロ。それが、お前の幼少期を弄んだ御貴族様の名前。」

揺れるその瞳に、更なる事実を重ねていくと、

「ダイロだって?」

「すみません、セイリンさんには後ほどで。」

スズランを抱き上げたセイリンが、ズイッと話に入ってきた。この大切な兄弟間の話の中にはいて欲しくはなくて、すぐに断る。

「う、うむ。分かった。私が今言える事があるとするならば、家族の形は血筋だけではないと思う。ディオンとは良き友であり、兄弟と思っている。」

「セイリンさん…。まあ、俺達は血が通った兄弟です。」

すぐに理解する心優しきセイリンの有り難いお言葉に、ソラはクックッと笑ってしまった。

「あはは!そうだね!双子だもん!」

「そうだな!無理な笑顔を作らないテルは、本当に素敵な表情をする。」

テルも涙を1滴溢して腹を抱えて笑うと、セイリンが彼の顔の位置までスズランを持ち上げて、スズランの手で笑窪を触らせる。

「あっ…」

「そういう事だ。俺は、もうお前の嘘笑いには見慣れてしまったよ。リティアさんも稀にやるから、分かってしまう。」

テルが丸い目で驚き、その目はしっかりとソラの目を合わせる。セイリンは分かっていてわざわざ声をかけてきたのか。スズランの手でバイバイと手を振ると、ラドの近くの椅子に腰を下ろした。

「そっか…」

「御貴族様をこちらからどうこうする事は無理だし、無意味だけど、名を知っていれば避けられる災いもある。それと。」

腑に落ちた弟は神妙な面持ちになり、ソラは脱線しかせた話を戻して、

「今まで俺を守る為に、恐い大人達から暴行を代わりに受けさせてしまって、すまなかった!」

テルに頭を下げた。ガン、と良い音でテーブルに打ち付けたが、それはどうでも良い。

「いや!謝らないでよ!」

「謝ってお前の傷が癒えない事くらい、俺だって分かってる。その分、どうやって返すかを考えて、一生守り抜こうと決意した矢先、ラド先生に迷惑をかけたんだ。」

慌てるテルをもう一度見つめて、実家で密かにした決意を彼に暴露する。

「大切にしてもらえてるって、伝わってきてたよ…。分かってたよ。だから、改めて話したかった。」

テルは、こんな俺を軽蔑する事も嘲笑う事もない。本当に俺には勿体ないくらい優しい弟だ。だから、もう一度やり直す機会を与えてくれる筈だ。

「テル、仲直りしてくれないか?お前と、これからは良き家族になりたいんだ。どちらかが、苦しみに堪える事のない開けた対等な関係でありたい。」

「うん!ソラとなら、いくらでも!!…こんな俺で良いんだよね?」

テルの隣に立ち、この震える手を差し出す。拒絶されるのが恐いなんて思いもしなかった。そんな不安を吹き飛ばすくらい、彼は心からの笑顔を浮かべてソラの手を握った。

「お前の不安が掻き消えるくらい、『いくらでも』言うぞ。目の前にいる『テルが良い』し、この世界何処を探しても『テルしか居ないんだ』って。」

どことなく不安そうなテルに、いつもテルが言ってそうな言葉を選んでやる。歯が痒くなりそうだけど、恥ずかしがるわけにはいかない。

「うわあああん!俺も、ソラ以外の兄弟は要らない!」

「俺以外は居ないだろー!」

大声で泣き喚くテルにツッコミを入れると、この店内の色んな所から笑顔と拍手が贈られる。歪だったこの関係をリティアは、『互いに互いを思いやっている素敵な家族』と称した。彼女にまた称されても良いくらい、今度こそ俺達は正真正銘の『家族』になったのだった。

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