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32,教師は再び向かう

 深い礼の後は、和やかなハルドもいなくなり、王国魔法士が2人。互いに同じ仮面を被っている。リティアには、見覚えのある仮面だった。ハルドが祖母宅に来ていたときにつけていたソレだ。

「その仮面は、一番隊のだったんですね。今からお仕事ですか。こちらでお待ちしてますね。」

リティアは、身近な椅子に腰掛ける。兄が仕事をしている間、よく祖母宅で留守番していたからこういう待ちには慣れている。ハルドが指先でぐいと引くような動作をすると、居座るつもりのリティアを強制的に風が持ち上げて、ハルドの近くまで浮かせる。髪と制服がふわふわと風に遊ばれている。

「リティ、申し訳ないけど、この教室は閉めるから寮に帰ってほしいんだ。」

「むむ…」

頬を膨らましながらハルドを見上げると、はいはいと軽く流され、そのまま扉まで浮遊させられる。

「むくれないの。リルもそうやってむくれるもんな…君達兄弟はよく似ているよ。」

「む…。では、寮のロビーで酔い止め持ってお待ちしてますので、お仕事が終わったら、寮の前まで来てください。」

リティアは空中で足をバタバタと動かすが、風の力に抵抗することもできず、外に出されてしまう。

「分かった。早めに戻るようにするから。今夜にでも仕留められれば、空間が回ることもなくなるからね。とりあえず、回して走り回っているのは俺じゃなくて、魔獣だから。」

頑張ってくるよーと軽く手を上げれば、パタンと扉が閉まった。リティアの体も絨毯に足がついた、

「きっとまた怪我してしまう。頑張って起きてないと…。」

酔い止めの入った小瓶を手に、図書室から帰る生徒に紛れて、女子寮に戻っていった。リティアの目線の先に見たことのある漆黒の髪を持つ女子生もスキップしながら帰路についていた。


 扉を閉めてすぐにその場に崩れ落ちるハルドは、床をダン!と力強く叩く。

「どうして、あれが魔法だって分からないんだー!」

「しかも重宝されるほどの治癒魔法のレベルだったな。あれなら、ディオンの背骨が繋がっていたのも頷ける。」

やめろと、ラドに後ろから首根っこを押さえられる。ハルドも2度目をやるほど子供ではない。ゆっくりと立ち上がり、パンパンと手を叩き、膝についた埃もはたき落とした。

「そうだな…助けに行ったときに、リティは彼の体が崩れないように抱きとめていたから…。」

リティアは無意識でも治癒魔法を発動させていてもおかしくはなかった。言ったところで、自分は魔法は使えないと否定する未来しか見えない。レッテル貼りの刷り込みは本当に彼女の人生を潰していると、ハルドは下唇を噛んだ。

「…行くか。」

《早く終わらせる。》

空間から各々の武器を取り出し、生徒が接続通路を歩いているかを飛び降りる窓から確認してから、ラドが夜の帳を下げる。これにて建物内から見る窓の外は、星空が降り注ぐ景色のみ。白いマントの落下を見ることはない。ただ、リティアには見えるだろうが。ハルドが降り、その後に続く。噴水の上部の空間が捻れて、2人は明かりのない建物の内部に立っていた。2人が別々に手の中に光体を作り上げ、空中に浮かせる。それを各々5つ作り、4方向と足元を照らすと、ぼんやりと視界が広がって白い円形の支柱が等間隔で天井を支えているのが分かる。一歩歩けば、ピチャッと水を跳ね上げた。

「昨夜は水浸しではなかったのにな。奴が動き回っている証拠か。」

床には、水に浸かった赤い絨毯が敷かれている。ラドがその上を歩けば、圧がかかった絨毯から水が滲み出した。その前を歩くハルドは、無言で天井を指さして、

《2階を這う音がする。》

と、ラドの脳内に直接話す。

「だな。ではまず1発打ち込むぞ。」

ラドの1言で、ぶわっと熱風が巻き起こる。右腕に持つ槍を中心にするように炎が渦を巻き、投擲武器のように、渦だけを投げた。渦が通過していくと、床を濡らしていた水分はすぐさま干やがるほどの熱量だ。渦は、まるで意思があるかのように直進だけではなく、右に曲がってから階段を昇っていった。そのあとを少し距離を開けてついていく。

《目標物にぶち当たるの待つだけだな。》

「ああ。…しかし、この天地がひっくり返った感覚は慣れないな…。」

ここは逆さまだった。確かに床に足をつけているが、上下関係で言うなら本当はこの床が天井になる。そうでありながら、体は落下しないし、服が重量によってめくられることもない。

《歩く感覚は、普段と何も変わらない。俺達が感じている違和感をリティも感じてしまうのだろう。》

階段に差し掛かると、ジュウウウと何かが焼ける音が聞こえてきたら、今度は魚の生焼けの強烈な匂いが漂ってくる。2人は息を潜めて壁を沿うように慎重に歩く。先に渦を発動させたおかげで水は干上がり、靴は音を立てなくなった。体を屈め、階段の踊り場から接続する通路の左右を素早く確認する。右だ。教室がいくつも並ぶ長い通路で、奴はのたうち回っている。体に広がる火を消そうと必死だ。5つ頭があるうちの1つがよじれ、こちらを捉えた。横に広がる口から暴れるホースのように水を吐き出す。それを自らの体にも引っ掛けて、更に激しく体を床に叩きつけた。かかった部分が溶けている。その下、絨毯に広がる水にも溶け込んでいく。あれを下手に触ると、昨夜の足の負傷の二の舞になる。ラドは、ゴクリとつばを飲み込む。

《自分の体をも溶かす胃酸だ、どう利用するか。》

「吐き出すまでに時間を要するようだし、吐くモーションが分かったら、奴の体に近づくか。」

《承知。では、飛龍牙にて応戦始める。》

ハルドは、ナマズの目にしかと映るように通路に躍り出た。飛龍牙をまっすぐ投げてもどこにもぶつからないほどの広さがある通路だ。ナマズの顔を目掛けて投げ込む。そして並走するようにハルドも走り出した。ラドは、ハルドと反対側に走る。ナマズが高速移動してきても、ある程度の時間が稼げるよう出来るだけ端に寄る。ラドがナマズに向かって構えながら左右を見れば、左は教室の壁、右は通路だ。この校舎は、四角が結ばれる形に建設されている。要は、追尾型の魔法を使えば、相手の頭に撃ち込める。再び槍に魔力を貯める。

「頑張ってくれよ。俺の焔龍号。」

そう呟くと、右にある暗がりの通路に向かって投擲した。いくつかの火の玉が一直線に飛んでいく。それを見送ったら、ナマズに向かって焔龍号を構え、先程のような炎の渦を撃ち込む。渦は、ナマズの顔を風の刃で切り込んでいるハルドの顔の傍をすれすれに通過し、その傷を負った頭に直撃した。すぐさま、飛龍牙を掴んで飛ぶように後退するハルド。炎の渦がハルドの起こした風を受け、ナマズの頭の上で燃え広がる。もがき苦しむ中心の頭1つと、こちらに応戦する左右4つの頭。向かって左端の1つは、燃え広がる炎に水を噴射する。かけられた頭がのたうち回らないところを見ると、胃酸ではなさそうだ。右端の頭は光線を乱射してきた。ハルドは、後退しつつも向かってくる光線のいくつかを飛龍牙の胴で弾き返す。

「駄目だ、火炎玉がどこかで消失した。」

ラドは、もう一撃を放ってからハルドに伝えると、ハルドは光線に応戦しながら脳内に響かせた。

《そちら側になにがある?》

「気配は感じないが。…こちらが袋の鼠にされてもたまらないか。暫し離脱する。」

漆黒の通路へ、灯火代わりに発動させていた光体を移動させる。壁に貼り付いたような平べったい教室の扉が続いている。ラドは、息を殺して慎重に進みながら、焔龍号を持っていない左の手のひらで光体をいくつも作り出し、点々と配置していった。ラドが近くを離れたことを確認したハルドは、暴風を作り上げ、ナマズの胴体にぶつけた。ナマズの胴体が数cmだけ浮いたところに、飛龍牙を滑らせるように投げ込むと、中2つの頭が下に気を取られた。ナマズの尾ビレが頭が下にいったことに釣られ、上に持ち上がる。

《奴の周りの水と雷を属性変換させるには、魔石生成なしには骨が折れるか。》

属性変換は、通常の魔法攻撃を妨害行為させずに直接強力な攻撃を食らわせるために行うものだ。強引に行えば魔法士の肉体にも反動がくる。体内に魔石を生成することが出来る魔法士か、強い魔石を今手元に持っている魔法士が行える技でもある。魔石の生成するにはここの精霊属性が複雑すぎた。ハルドに馴染みやすい風が極端に少ないのだ。ならば、と鋭利な風の針を出現させて、尾ビレに穴を開けにいく。これをすることで、移動しづらくなるはずだ。


ビシャッ


ハルドの風を越えるように、下を見ていなかった中の頭1つに液体が吐き出された。


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