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319,教師は毒を落とす

 今にも動きたそうにしているソラを止めさせるには、何を言えば良いか、なんてとても簡単である。

「本当は、今すぐに向かうべきだって分かっている。でもね、俺がリティ達と合流した時に闘っていたラミアの集団は、あまりにも手強くて数体残して逃げ帰ったくらいだ。2人の体力回復を優先したいんだ。」

「明日には、テルは死んでいるかもしれないと言うのにですか!?」

ハルドの提案に異議を申し立てるソラからは、珍しく涙が溢れた。呼吸も浅くなりつつあり、過呼吸になる危険性に気が付いた彼の隣に座るセイリンの腕が乱暴に伸びて、彼女が肩を貸す。

「シャーヌさんは、もう拐われて6年は経つんです。」

「なっ…飲まず食わずなのか?」

震える声で話すリティアに、ソラの瞳が揺れた。

「彼女もどうなっているのかは、分からない。けれど、リティは、会っているよね。」

「はい、シャーリーさんにとても似ておられます。」

ハルドは彼らの前で頭を抱えてみせて、話しながら弱々しい声にしていく。リティアは、小説の話から一変して冷静に答えてくれる。

「その顔なら、俺も見た事がある。声をかけられた。」

「俺達だって、早く助けたいんだ。拐われたのはテル君だけじゃない…。彼も早く心配している親御さんの元に返さないと。」

ソラの勢いが収まり、彼の顔はセイリンから離れていく。ハルドが顔を歪めると、ソラから、

「明日に備えます。」

とハルドが欲しい発言を引き出した。


 4人を早退させてから調合室で仕事をしていると、リンノの気配を感じる。風を扱って内鍵を開けると、スルッと入室してくる。そして、当たり前のように隣に座ってきて、

「あのリティアは、何ですか!彼女に何を吹き込みましたか!?」

「吹き込むだなんて、人聞きの悪い。彼女が、自ら『手当て』を覚えたんだよ。幾度もあれで助けてもらっている。」

すごい剣幕で怒鳴ってくる、この至近距離でだ。ハルドは、リンノ相手に微笑んで返答する事はない。可愛いリティアを傷つける輩に、優しさを向けるなんて労力の無駄なのだから。

「あれは、魔法なんかじゃない。自分の魔石に取り込む事なく、精霊が勝手に動いて治療をするという現象は、普通は考えられない。」

「そうかい?聖女ルナ様は、表立って力を使わず、精霊が導いていたと記憶しているけど。」

今日だけで何回見たか。リンノは、また頭を掻き毟る。苛立ちをそれで表現しているならば、あまりにも自傷的だと思いつつ、気がつかないフリをして話を進める。

「そんな伝承如きに真実が記録されているわけがないでしょう!」

ガタン、と大きな音を立てて立ち上がったリンノは、こちらを見下していた。弱虫が、強がって何してる?そう言いたくなる態度だ。

「本当にそうだろうか?現に精霊人形は、リティにお近付きになりたくて、何度もアプローチかけてきているというのに。」

彼を見上げながら、片方の口角だけ引き上げてやる。お前は俺の上には立てない。喉を鳴らすリンノに、

「ああ、アリシアだけでなく、ロゼットにもね。カノンちゃんなんて、リティが覚醒めさせたんだよ。」

そう付け足すと、

「そんなの…ただの血が目当てである筈です。」

「だったら、君でも良いよね?人形達からお熱い告白は、受けたかい?」

何とか自分を保とうとするリンノに追い討ちをかけると、いとも簡単に崩れる音がした。力が抜けるように腰掛け、その背筋すら伸ばせずに背中が丸くなる。

「おかしい…絶対に、おかしい…。ルナ様すらもリティアの事を口にしていたと報告もありましたし。」

「ねぇ?リンノ、本当に君のお父上『達』は、正しいのかい?」

疑問に思ってくれたのであれば、これは王手だ。後はこちら側に引きずり込むだけ。予想よりかなり早く事が進みそうだが、長らく信じ込まされていたモノをすぐには覆せないだろう。ハルドは口角を上げないように意識しつつ、彼の心に1滴の『疑念』という彼らにおける毒を落とす。

「な、何を言うのです?た、た、正しいに…」

「折角、彼らの居ないここで、彼女の生き様を誰の耳打ちもなく、観察できるんだ。いずれは、副団長の座に就く可能性のある君なら、視野を広げられるんじゃない?」

リンノの揺れ動く瞳を覗き込み、ゆっくりとその疑念を波紋のように広げていくと、

「い、言いたい事は?」

「結論を急ぐのは、得策ではないって話。まあ、俺はお前達が彼女に危害を加えた時点で、潰しにかかるけど。命の恩人を奪われて笑える程、辛抱強くないんでね。」

彼の関心がこちらに向いた。悪くないだろう?と微笑むと、彼の瞳はハルドに固定される。蜘蛛の巣に獲物をかけているみたいだ。

「…彼女には、嫌われています。」

「だろうね!でも、彼女は君の実力を認めて、助けを求めに来たんじゃないか?」

気不味そうに視線を逸してしまうリンノの興味をこちらに引き戻す為に、愉快そうに口を開けて笑ってみせると、該当の場面を思い出したであろうリンノの顔は、みるみるうちに真っ赤になって、その顔を本人は慌てて両手で隠す。

「あれは!…あれは何だったのでしょう?脳内会話までしてきて、何故それもできたのでしょうか。何故?」

「脳内会話は、ケルベロスからの直伝。誰もの視線をかっ攫ったあの発言が出た理由は、答えてあげるけどさ。結構笑えるよ。ハンカチを用意すると良いかも。」

不要なところは簡単に教えてから、ラドが来るまで、しっかりと時間をかける。リティアの真意を小出しにちらつかせて、最終的に彼が肩を落とす姿を楽しむのであった。


 空腹感に苛まれる。どのくらい時間が経過したのだろうか?隣でぐったりとする黄色い髪の少年と肩を寄せ合うテル。時折、頭の上を大鎌が掠めていく恐怖を味わう。これをソラにさせなくて良かったと思う反面、無力な己に打ちひしがれていた。ソラの身代わりとして彼になりきって、寮の扉を勝手に開いたその隙間から見えた土色の少女の三日月みたいに引き上がった口元。何も理解できないまま腕を引っ張られて、鏡のようにテルを映し出す板の中に引き込まれた。ルナと出会った鏡の中に連れ込まれたのかと思ったが、どうも違った。薄暗い部屋、人骨が転がる床が見える。アレが足を動かせば、簡単にテルをぺちゃんこにされそうなくらい大きさの灰色の大鎌切の足元に転がされて、黒い髪を三つ編みにした少女に手足を縄で結ばれた。

「シャーリーちゃんのお姉さん…」

「…」

彼女は返事をしてくれなかった。しかし、ボディチェックしてローブの裏からスティックを抜き取って大鎌切に見せていたが、テルがズボンのポケットに忍ばている魔石に手が当たったというのに、彼女の唇の前で人差し指を立てるだけでその場を離れていったのだ。そして、今に至る。大鎌切は大きく動く事はなく、今すぐに殺されるわけではなさそうだ。ただ、いつ来るか分からない死の恐怖と隣り合わせである。

「休める時に休みなよ。今は体力温存の時間だ。」

「でも、怖いじゃないですか…」

ぐったりとしていた相手が薄目を開けて小さな声で話しかけてきた。大鎌切に聞こえないようにヒソヒソ話をする。転がされたその時もこうやって声をかけてきた名前の知らない少年。

「勿論、怖いよ。けどね、少しでも生存率は上げるものだ。それに、彼女はこちらの味方だ。君が来る前、ずっと励ましてくれていたよ。」

大鎌切の前に立ち、テルから奪ったスティックに笑顔で頬擦りをするシャーヌへと視線を動かす。テルの瞳が映し出す彼女は、制服から出ている手足が老人のように骨と皮しかなく、その身体もふらふらとしていた。

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