315,少女は火を吹く
リティアの指差した先を見て首を傾げるディオンに、今度はリティアの血の気が引いた。精霊が見えない人に、何て事を言ってしまったのだろうか。
「虹色に光る床ですか?」
彼から出た言葉に驚いて振り向くと、その彼の手に金剛剣が握られていた。
「いつでも戦えます。」
「い、いつの間に剣を持ってきたのですか!?」
ニコッと笑顔を向ける彼に、リティアは前のめりになった。
「心の中で呼ぶと、こうやって来てくれる事をリーズ殿が教えてくれました。」
「そうなんですね。クラゲさん、来て頂けませんか…?」
大切そうに剣を撫でるディオンに教えてもらい、リティアも淡い期待を込めて日傘を呼んでみると、精霊がリティアの手の上で踊り始めて、日傘をここに移動させたのだ。歓喜の声を上げると、ディオンは目を細めていた。
「ハルさん達が後から助けてくれるでしょうから、私達はテルさんのところへ!」
急く心のままに身体を水に降ろそうとしたら、水が踊り始める。水の精霊達が2人の周りで渦巻き、硬い床に物凄い力で引きずり込まれていった。咄嗟にディオンの手を取ったが、身体が床に当たる衝撃はなく、視界がぐるんと回転して、見た事があるロビーに自分達は立っている。
「ここは…何ですか?」
「以前、魂喰いセイレーンと戦かわれていた場所にも繋がるかと…」
ディオンに聞かれて、ガアことラドと共に謎解きをした時の事を思い出しながら話すと、
「接続通路ですか?」
「いえ、あれより前ですね。ラド先生が亡くなったって、テルさん達が泣いていた時です。」
ディオンが言っているのは、魂喰いセイレーンが人形を作って襲ってきた時の事だろう。リティアは、首を横に振ってからロビーを見渡す。
「あ、ありましたね…。あの時、リティアさんはどちらから帰られたのですか?」
「あの時は、このロビーに降りてきました。」
ディオンも剣を構えて周りを警戒し、リティアも日傘を握り締めて、ロビーから長い通路へ向かった。いくつも教室らしき部屋があり、慎重に開けてテルが居るかを確認していくと、
「チチチチっ!?」
炎の渦が飛び出してきた。一瞬にしてディオンがリティアを引き寄せ、炎の渦に剣を向けると、炎の渦がくねくねと曲がる。
「チチチ?チチ、チ??」
ふわふわとリティア達の周りを飛ぶ炎の渦。不思議な動きをする炎に、リティアはディオンの腕の中から声をかける。
「あ、あの、私達に危害を加えるおつもりがないのでしたら、床に足をつけて下さいますか?」
目を見開くディオンではなく、炎を見据えると、
「チチチチ。」
リティアの言葉を理解したらしく、炎が床に降りてくる。
「ですって、ディオンさん。悪い方ではなさそうです!」
「油断させてから、襲う可能性だってありますよ。」
ディオンにニコッと笑顔を向けると、彼は眉をひそめてしまう。
「炎さん、友達が拐われたんです。何処にいるかご存知でしたら、案内お願い致します。」
「チチ…!チッチ!」
ガアの時のように声をかければ、こちらの言葉を理解している素振りを見せて、少し前に進んでは止まり、更に進んでは止まり、とまるでこちらを誘っている。ディオンと顔を見合わせてから炎の渦を追いかけて、階段を昇って行った。
全く気配を感じなかった旧校舎内で、突然飛龍の断片が気配の発生して、ラドを先に現校舎に戻して、ハルドは必死にその気配を探す。上からも下からも感じる気配は、双子達が別行動でいるのかと考えつつ、今居る2階から位置的に近い1階へと降りていくと、見たくもない輩と目が合った。
「何をしているんだい?学校に居ろって、あれ程口酸っぱく言ったよね?」
「勿論、聞いておりますが、あのリティアが私に怒って自分でここに降りた為、仕方ないので彼女を迎えに来ました…」
ハルドがわざとらしくため息を吐くと、リンノが肩を竦めた。
「リティが…自分からだって?」
《上からの気配は彼女という事か。彼女が動いたという事は、友人の誰かが拐われたのだろう。》
ハルドが眉をひそめると、飛龍の声が聞こえてきた。リティアの事だ、セイリンのようには突っ走らない。
「まあ、ソラだと思うんだよね。」
「いえ、彼は学校に居ましたよ。テル殿が、ソラ殿の変装をして消えたようです。」
飛龍の気配を近くで感じつつ呟くと、リンノが首を横に振る。
「そう、情報をありがとう。じゃあ、君とは別行動だ。リティが心配だけど、君に任せるのも不安なんだよね。」
「でしょうね。しかし、昨日も説明しましたが、彼女に危害を加えるつもりはございません。」
目の前の嫌いな男に、ニッコリと笑顔を見せてから飛龍牙を構えると、リンノの脚に重甲なソルレットが装着される。リンノの攻撃スタイルは、連続で繰り出す脚技だ。それなりに長い脚で、テンポよく蹴り続ける事ができる。
「…加えたらすぐに消すからね。」
「肝に銘じます。それでは。」
これ以降顔を合わせる事なく、リンノは階段を駆け上がり、ハルドは気配を探す。ロビーを見渡しても瞳には映らないが、飛龍を構成する精霊がうっすら気配を漏らしている。ハルドは瞼を閉じて、そのあるべき気配を先入観なしに追いかけた。
教師達は口を揃えて言う。
「教室に戻りなさい。」
と。ハルドに言われた通り、目立つ事は得策ではない。だが、居なくなった弟を捜しているこちらとしては、役に立たない教師達の話を聞くつもりはない。こいつらが、
「ハルド先生や、ラド先生が対応してくれますから。」
「そのお二人は、今どちらにいらっしゃるのですか!!この事態をお伝えすべく、走り回っているのですよ!先生方は先程から、この事態に動いてすら下さらないではないですか!」
そう言ってくると、セイリンはその響く強き声で空気を震わせていて、生徒が教室からこちらを伺うくらいだった。そして、ここは3階。カルファス達の耳にも届き、彼らはセイリンの後ろに控えるように立った。セイリンの鋭い睨みに、穏やかな笑みを浮かべるカルファスよりも先に、
「先生方は、どうぞ御自分達の仕事にお戻り下さい。戦闘経験の少ない方には、難しい事でしょうから。」
セセリが、ソラの前に踏み出した。彼の瞳は氷のような冷たさで、教師の喉が微かに動く。元々、物静かな人間である彼からの突き放して蔑む発言は、教師に効果的だったようだ。
「教師の足止めはこちらで引き受けるから、先生方を探して欲しい。しかし、リンノ先生、走り去ったリティを追いかけるように居なくなったって言うから…既に事は動いていそうだね。」
カルファスがエスコートする形で、教師達から離れて実習棟へ移動する。
「リティは何処に!?」
「…まあ、魔獣の住処だよね。大方、予想がついたんだろう。」
セイリンがギョッとすると、カルファスが肩を竦めた。
「お二人が見つからなくて、リンノ先生に声をかけたのでしたら、本当に勇気のある行動ですね。」
マドンが目頭を押さえる姿を用心深く観察しながら、
「やはり、リンノ先生はリティアさんの親戚ですか。腕が立つ先生方は、どうも彼女やお兄さんの知り合いですよね?」
ソラが思った事を口にすると、
「…ソラ君、今はその疑問は仕舞おうか。最優先事項があるだろう?」
カルファスに圧力をかけられた。彼らは知っていながら隠すのか、と下唇を噛んだが、確かに好奇心よりも先にテルの救出が先である。
「あ!!セイリンさん!」
「ミィリ先生…」
バタバタと体育教師のミィリが階段を昇ってきて、セイリンの顔が引きつった。ここでも足止めか、とカルファスが前に出ようとした時、
「ラド先生!こちらですよ!」
ミィリが階段を駆け降りて声を張り上げる。ハイ、と下の階から静かなラドの声がして、
「まさか、連れてきて下さったのですか!?」
彼にやっと出会えて喜ぶセイリンが、ミィリの手を取る。
「はい!体育備品倉庫にいらっしゃいましたよ!」
彼女達が、まるで友のように手を取り合ったまま笑顔になると、
「セイリン君、どうしたのですか?暴れ回っていると聞きましたが。」
「あ、ば、れ、て、ない!!」
教師としてのツラをしたラドの発言で、セイリンの瞳が火を吹き、ラドを睨んだ。