302,一番隊隊員は投げる
今日のリルドは、覇気がない。彼を心配するリグレスには理由を説明した上で、リガはいつも通りの鍛錬に励んでいた。遠くの方で、リーフィがリゾンドに怒鳴られる声が響いてきて、また慰めてやらないと、とぼんやりと思っていると、
「戦えないお父さんには、言われたくありません!」
まさかのリーフィの言い返す声が、バフィンと鍔迫り合いをしているこちらまで届いた。これには、心ここにあらずであるリルドも驚いてそちらを向いた程である。親子喧嘩になりそうな空気に、全体を監督していたリデッキが、
「両者!武器を納めよ!魔法士団内で、私闘は禁止しているはずだ!」
ドスの効いた低音を響かせ、リルドが騒ぎの中心に駆け出した。バフィンの手が緩み、リガも距離を取ってから、頭を掻くバフィン。
「あー。隊長曰く、ハルの話をずっとしてたっていう子?ハルに何か吹き込まれたかねー?」
「昨夜は、そんな事は言っていなかったのですが…。ただ、仲良くしてもらったようですね。慕っている感じがありました。」
互いに顔の汗をシャツで拭き取りながら、騒ぎが収まるまで小休止を挟む。ケーフィスとサキも、手を止めていて、サキがこちらにニィッと笑いかけ、
「リガ、寂しいのかー?」
「いえ。しかし、あのハルドに手懐けられて可哀相だと思います。」
からかってくるサキに、リガは呆れながら首を横に振った。バフィンの大きな手が、リガへ急に伸びてきて肩を捕まれ、その痛みに小さな悲鳴が出る。バフィンは、狩りをしている獣のようなギラギラとした瞳を向けてきて、
「おいおい、そこまでハルは悪者じゃないだろっ!?お前、本当にハルが嫌いな!?」
「嫌いとは言ってません。得意ではないだけです。」
圧力をかけてくるが、リガは訂正はしない。バフィンもハルドも、年下の人間から見たら、面倒見の良い兄貴分だ。そして、ハルドを本当の弟のように可愛がっているのがバフィンであり、そんな彼からしたら、リガがハルドを快く思わない事を聞かなかった事にしたいらしい。この話題が出ると、それなりに訂正を求められていた。
「あれだけバチバチと睨み合っていて…?」
ボソリとケーフィスの呟きが耳に入り、この談笑を静かに見守るリグレスの視線がこちらへ向き、ため息1つ。
「一番隊が率先して休んで、どうするのですか…。リガ殿、すぐそうやって休んでいると体力がつきませんよ。」
バレている。リガは、騒ぎが収まらないのを良い事に息を整えていただけでなく、ステップを踏む事をやめて体力温存していたのだ。鍛錬ばかりしている他の隊員とは異なり、他の用事で忙しいリガは、体力的にかなり劣っていた。
「このケシオン率いる二番隊が、リーフィ・サンニィール殿を預かりましょう!親子というものは、少し距離を置いた方が良い事もあるのです!」
ケシオンの高らかに上がった声に、ケーフィスが苦い顔して額を押さえると、リルドの声も上がり、
「いえ、ここは是非一番隊に!此度、一番隊から依頼を受けた任務を見事遂行し、それだけではなく、魔獣侵略戦争時の海の化け物大型クラーケンも退治したのです!これほどの」
対抗し始めたようで、この体力馬鹿の団員に囲まれて、顔を青くするリーフィの姿が容易に想像できる。といえど、
「お前達もやめないか!!散れ!後程、隊長のみ収集をかけるから、持ち場に戻るんだ!」
リデッキが許すわけはない。彼が手を叩くと、その場の人間の背筋が伸び、誰もが打ち合っている相手へと再び向き合った。勿論、リガもバフィンと向き合えば、練習用の剣から鎖鎌に変わっている。斜め前にいるケーフィスも短弓を装備し、サキもブーメランを両手に持っていた。リガは、少し遅れて三節棍をベルトから取り出して、組み立ててから棍棒を振り回す。
「一番隊の十八番の乱闘と行きまっか!」
「隊長が帰ってくるまでですよ。」
バフィンが声を張り上げると、リグレスもグローブを装着してこちらへ飛び込んできた。リガが氷を付着させた棍棒をグルンと1回転させると、氷の礫が四方八方に飛び出し、リグレスの水の盾が発動する。バフィンの鎖鎌も飛んできて、ケーフィスの光の矢、サキのブーメランまでリガに集中する。
「兄の名に泥を塗りたくありませんからね!まとめてお受けしましょう!」
相手がリルドでなければ、どれだけ怪我させても許される。リガは、内なる闘争心に身を任せて乱闘の中心で舞い踊った。
昼休憩は、いつも通りに自室に籠る。バフィンの鎖鎌の鎖が掠った脛が痛み、リグレスの盾でバッシュされた肩に青痣ができていた。ケーフィスの矢は、当たると重症になりかねない。他の攻撃に当たってもあれだけは避けたかった。サキのトリッキーなブーメランの軌道を読みながら矢の雨を避けるのは、骨が折れる。リルドの咳払いで、短時間の乱闘は終わりを告げて、バフィンは残念そうにはしていたが。昨夜貰った服の手直しをしていると、香ばしい肉の香りが鼻を掠め、
「リガさーん…」
扉の向こうで、か細いリーフィの声がした。開けてみると、グリルチキンが挟まったサンドイッチを籠いっぱいに持ってきていた。
「これ、どうしたんだ?」
作業を一旦止めて、珍しく昼飯を口に運ぶリガ。
「ここ最近、ずっと大量の肉料理を作っていたので…今日も気がついたら作ってました。」
リーフィは、もじもじとしている。1ヶ月近く子ども達の飯を作っていたのであれば、無意識でやってしまったのか。
「ラドさんが、本当によくお食べになって…」
リーフィの発言に、リガがむせて咳き込む。迷惑をかけたのは、一番隊か!
「お疲れ様…。」
「いえいえ!父と一緒にいる時よりも、リラックスして過ごせましたし、何よりお二人共、本当にお強くて…。ハルドさんは、子どもの稽古があるにも関わらず、僕に個別で指導までして下さいました。僕が女性の格好になって、ティアちゃんと遊びに行く事も許して下さいましたし、本当に夢のような日々を過ごせました。」
労いの言葉をかけると、瞳を輝かせるリーフィが早口で話し続けた。
「それはよかったね。それで、どの隊に異動になりそうなんだ?」
「気持ち悪がらないんですか?僕が所謂女装したんですよ?」
サンドイッチを平らげてから微笑むと、きょとんとするリーフィ。
「リーフィは、気持ち悪がってほしいの?生憎、お前の性格を知っている俺からしたら、そんな要素はないだろ。」
リガからしたら、リーフィは昔から可愛い物が好きだ。大きくなってから同じ生地店でばったり再会したのだから、何を今更と思ってしまう。
「リガさん…。大好きです!」
「この話の流れで、ぶち込むな。それで異動先は?」
感極まって泣き始めるリーフィに、リガは顔をしかめた。
「え?」
目を丸くして首を傾げるリーフィは、何度か瞬きしてから、
「あっ!いえ!このまま四番隊にいます!ここでやりたい事があるので!」
ニコニコと笑顔を向けてくる。
「折角の良い機会なのにどうした?」
「ふふっ。秘密です。ところで、足りましたか?」
リガの眉間にシワが寄ると、女性みたいに口元を押さえて笑いながら話題を変えてくるリーフィ。
「ああ。ありがとう、ご馳走さま。」
「明日からも色々作ります。その、食べて下さいますか?」
この後は、腹が満たされて眠くなるだろう、と思う。素直に礼を言うと、リーフィが頬を染めて、見上げてきた。明日から…?こちらは、この後は…
「あー。そうだった。ほら。」
「これは?」
ベッド脇に掛けてある鍵をリーフィに投げると、彼は光に反射させてまた首を傾げる。
「俺は、明日から遠征に行くから。それ、この部屋の鍵。作業するなら、ここが良いだろう。」
リガの瞳に映るリーフィは、小刻みに震えてポロリと涙を流した。




