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3,少女は捕らえられる

 リティアの予定では、寮室に戻ったら本を読んで、夕食時間まで過ごすはずだった。そうなるはずだったのに何故。と思いながらも、目の前に覆い被さる女子生徒からの提案を首を横に振りながら拒否し続ける。

「ほ、本当に出来ませんので。」

「大丈夫よ、しっかりお給与も払うから。そうしたら、色々欲しい物買えるようになるわよ。」

「兄も祖母も充分すぎるくらいの経済支援してくれておりますので、大丈夫です…。」

「そうなのね、親御さんも色々と支援してくれているのでしょう?楽させてあげられるのよ?」

「ひっ…」

どんどん顔が近づいてくる。極限まで見開かれた藤色の瞳には、輪郭が歪んで映るほどだ。グレーの髪が頬に触れてくる。ゾワゾワと鳥肌が立つ。やめてやめてやめて、私を見ないで。唇が青くなり血流がどんどん悪くなる気がし始める。

「そこのご令嬢さん?人様の学友に手を出そうなんて、なかなかの猛者かな?」

背後からの声に、ヒュッ!と、急速に息を吸い込む音を立てたのは、グレーの髪の女子生徒だ。蛇に睨まれた蛙の如く、震え上がる。圧をかけてくる声には、リティアも聞き覚えがあった。

「貴女のようなご令嬢がこの学校に入学出来たことは一族としても素晴らしいものでしょうよ。けれど、同じ身分の相手に詰め寄るのは如何なものかしら?」

「ええ!?あ、あの、失礼いたしました!」

女子生徒は自らの失態の指摘され、慌てて姿勢を戻し、大きく頭を下げ階段を駆け上がっていった。階段で座り込む形にされていたリティアの視界が、突然明るくなったと思えば、目の前にはセイリンが仁王立ちしている。今度は漆黒の瞳に捕らえられていると肌がピリピリする。

「セイリンさん、ありがとうございます。わざわざ嘘までつかせてしまって申し訳ありません。」

座ったままでは悪いと思い、立ち上がってぺこりと礼をする。

「嘘…?まぁ、いいか。」

セイリンが眉をひそめて首をひねるが、気を取り直して言葉を続けた。

「貴女は窮屈かもしれないけど、寮内は一緒に行動するから。その方が今みたいなこと起きないでしょうし。寮室内までは守ってあげられないけども。」

さあ、行きましょうと、セイリンが階段を1段先に昇り、ゆっくり振り返って手を差し伸べ、エスコートする。まるで絵本の王子様のような振る舞いだ。リティアは、その差し出された手に軽く触れるくらいに乗せさせてもらう。

「寮室は2人部屋ですが、1人での使用なので大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます。」

「…それじゃあ、隠せてないでしょうが。」

「??何をですか?」

いえ、こちらの話よとセイリンは自ら話を切った。セイリンは貴族令嬢でありながらも、庶民達と6人部屋を希望した。カーテン越しといえど、私物を最小限に抑えて迷惑をかけないように気をつけたつもりだ。

「貴女が構わなければ、寮室まで行ってよい?本借りたいのだけど。」

「大丈夫ですよ。何もないので、お茶出しも出来ないのですが。」

リティアが、少し眉を下げて微笑む。これはあの従者に好まれる娘だなと勝手に憶測し、出会ってそれほど経たない相手に少し踏み込んでみる。

「私は、この学校で魔術を使いこなせるようになりたいと思っている。卒業したら魔術が使える騎士になりたいんだ。貴女は何をしたいの?」

「…に……したいっ…です。」

「ん?」

先程まで聞き取れる声量だったが、この質問にはか細すぎる声で何かを言ったようだ。話を振ったセイリンには聞き取れず、1段下を昇ってくるリティアの顔に視線を向ける。小さい顔に不釣り合いなほどのボロボロと大粒の涙を流し、しゃくりあげるような呼吸に変わっていく。

「…泣きたいだけ泣くといい。」

セイリンは、エスコートに使っていた右手をリティアの頭に添えて自分の肩へ寄せ、ローブの下のブラウスで涙を拭う。彼女が落ち着くまで、添えた手を離さず、何も言わず涙が溢れ終わるまで待ち続けた。密かに心の中で何が絡みつく感覚に襲われながら…。


 国中の照明器具は、蝋燭のランプが90%以上の割合を占めているが、この学校や寮は特殊で、魔石が入ったランプが普及していた。ソラがいる6人部屋も例外なく片手サイズくらいのランプが多数ある。1人1人のベッドにも設置されているベッドサイドのランプは、魔石近くに魔術陣が掘られており、魔術士の卵達が触れれば発動するようになっている。ソラはそのランプを付けながら、ベッドの上に本を積み、最初に手に取った古びた参考書を開く。ページの文字を追うように左から右へ視線を動かせば、隣のカーテンからも光が漏れてきている。

「テル、起きてるのか?」

「んー。」

「寝ろよ。」

「ソラが寝たらね。」

「…。」

この生返事では何をしているか聞いたところで答えないだろうなと、双子であるテルのことは理解している。それ以降の会話をやめて、参考書のページをめくっていく。項目には「魔石の発生条件」「魔石の利用価値」「魔石の代替品」などが並ぶ。授業でどこまで教われるかは未知だが、気になるところは自分で学ぼうと、昼休みに図書室から借りてきた。ここでしか触れられない本が多い為、卒業までにどこまで読めるかが勝負である。1冊読み終えると、小休止を取らずにもう1冊と手を伸ばす。この本は、魔石の種類について書かれている図鑑だ。魔石は、基本的に魔獣の体内から手に入れることが出来るが、稀に洞窟や、鉱山を掘り進めると発掘されるらしい。品質の良いものは高値で取引される為、一攫千金を狙ってトレジャーハンターになる人間も多い。魔法士のトレジャーハンターはかなり良質な魔石を持ち込むらしく、国お抱えもそれなりにいるようだ。ソラは、自分がトレジャーになれるとは思っていない。それとは関係なく、魔石における知識を欲していた。余すことなく図鑑に載っている知識を取り入れるため、何度もページを進めては戻してを繰り返した。図鑑の裏表紙までいったことを確認すると、もう1冊…と手を伸ばす。伸ばし終わる前に手首をガシッと掴まれる。

「ソラ、もう寝よう。俺も寝るから。」

いつの間にか、テルがカーテンをめくり上げてこちらを見ていた。瓜二つの瞳が鋭い刃になってソラを突き刺す。

「わ、分かった。」

力なく同意すると、掴まれていた手首は開放された。テルが代わりにランプを消す。暗闇にならず、白い光がうっすら感じるくらいの時間が経っていた。日の出から逃げるように枕に顔を押し付け、目を瞑ることにする。ぐるぐると、読んだ内容が頭の中を駆け回る感覚を覚えながら深い眠りについた。


 従者の朝は早い。お嬢様の昼食の用意をしなくては1日は始まらない。寮内には、生徒自ら食事を作ることができるように食堂の隣に小さな共同キッチンがあり、キッチンにある食材はどれでも使ってよく、全て学校の経費から出ている。ディオンは、サンドイッチ用の具材として、ボウルの中でゆで卵をフォークで潰したり、レタスを千切って水に浸したり、トマトをスライスしたり、手際よく準備していく。フランスパンを同じ厚さに切って具材を挟めば、最後は紙袋に一つ一つ丁寧に入れていく。お嬢様は、入学前に自ら昼食は用意すると意気込んでいたが、彼女の性格から考えると三日坊主で終わるのが目に見えていた。凝った食事も好まず、身内でのパーティーでは、一口でも口に運べばよい方だ。屋敷での食事でもそれは変わらず、ご令嬢ともあろう方が、トマトを丸かじりすることも日常茶飯事であった。そんな食生活でありながらも、目上の相手との食事はテーブルマナーを守り、しっかり味わって食すのだが。

「まぁ、食事を用意する時間が、他の貴族様のところより短いのは有難いですけどね。」

彼女の好物のミニトマトを籠の隙間に詰めていく。自分が仕え始めた頃には既に、領地内の農園へ頻繁に足を運び、生産者に近況を聞きに行くようなお方だった。あのくらいが領民も話しやすいのかもしれない。あれこれと考えながら詰めていけば、周りの誰よりも早く片付く。6:30からの朝食まであと1時間はあった。セイリンと同じようにディオンも6人部屋である。他の生徒を下手に起こすようなことはしたくはない為、バッグも既に足元に置いてある。作りたての弁当とバッグを持って、共同スペースである自習室へ向かった。この時間に使っている生徒は居ないようだが、扉を開けてすぐに目につく場所を避け、隅の机に荷物を置く。

「まずはスクワット、その次は腕立て伏せ、逆立ち、腿上げダッシュと。素振りもやりたいですが、休日までは我慢しましょう。」

騎士貴族の従者として、日々の鍛錬は怠らない。お嬢様と共に騎士として生きると、貴女に救い出されたあの日に誓ったのだから。バタバタと生徒達が階段を降りる音が聞こえるまで、声を殺しながら自主練を行っていた。


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